カテゴリー別アーカイブ: 05.詩・メッセージ

人間関係の本質

人間関係の本質は、静謐な愛と神聖さ、力強いやさしさだ。

それを信じられないのは、あなたがそれを忘れたからだ。

あまりに強い恐怖と不安、欠乏感と飢餓の雲があなたを取り巻き、長年にわたって光がさえぎられてしまったから、太陽なんて存在しないと勘違いしているのだ。

太陽は、あなたの思惑のいかんを問わず、いつも必ずそこにある。

もしあなたが、太陽の無さを恨み、怒り、報復したとしたら、その言動は、他人に連鎖的に影響を与え、時を経てパワーを増してあなたに戻ってくるだろう。

もしあなたが、自分よりも光を見失った人の怒りや苦しみを悪とみなし、攻撃をしたならば、相手は喜んであなたの暴力に対抗し、大義名分を得てますます意気盛んとなり、あなたを攻撃するだろう。

そうしてあなたの前に、対立と不信、怒りと悲しみの複雑な世界が立ち現れてくるのだ。

もしあなたが、光の無さは自分の問題と気づき、太陽の存在を信じて、かすかな光を愛し感謝したならば、その言動は、他人に連鎖的に影響を与え、時を経てパワーを増してあなたに戻ってくるだろう。

もしあなたが、自分よりも光を見失った人の怒りや苦しみを理解し、自分の中にある痛みを鏡の中に見るように見て、その痛みが癒されるように祈れば、相手とあなたの“が(我)”が癒され、力を失い“”かがみかみとなるだろう。

どう生きるかは、太陽や雲が決めるのではない。

それは、あなたが決めるのだ。

あなたの認識と意志が、あなたの未来を作る。

そう、あなたには未来を作る偉大なる力がまどろんでいる。

あなたは文字通り、未来を作る創造主なのだ。

自動反応として沸き起こってくる怒り、恐怖、不安のままに生きてはいけない。

自分を信じて気高くいきなさい。

意識的に自分の本質である愛と感謝と喜びを感じ、表現しながらあなたらしく生きなさい。

 

生き方を選択すると、一瞬で奇跡が起こる。

ふりまわされていた人生から軸の通った生き方になる。

されるがままの人生から自ら舵を切る人生になる。

脇役の人生から主人公の人生になる。

そもそもあなたはあなたの人生の中の王様であり王女様なのだ。

どんなに苦しいからと言って、その玉座を明け渡してはいけない。

被害者として嘆き、恨み、絶望するのではなく、勇者として自分の中のドラゴンに立ち向かい、勝利して未来を拓こう。

なぜなら、あなたはもともと勇者なのだから。

 

人を批判するということ

批判をする人は、80億分の一の出会いを台無しにしていることに気づいていない。

せっかくご縁があって、豊かな信頼関係を育めれば、思いもよらない良い仕事ができる、奇跡が起こる可能性があるのに、

自分の狭い了見、私の役に立つとか立たないとか、使えるとか使えないとか、そうした次元の低い物差しでさばいて、

距離を置いて見下すことによって、自ら豊かな可能性、未来を閉ざしていることに気づいていない。

批判をする人には、批判した相手に、想像を遥かに越える壮大な可能性、偉大なる価値があることが分からないのだ。

今の感受性では、たとえお釈迦様と隣り合わせになっても、そうとは気づかないだろう。

 

愚かなことに、そのようなふるまいを正義だと思い込んでいる。

自分の内面で、自分をコントロールするための方法として、自分をさばき、おどし、操作的にかかわることを成長だと思い込んでいる。

その成長の方法を他者に向けて、他者を成長させていると思い込んでいる。

愚かな虐待を正義だと思い込んでいるので、自分の態度を一向に反省することなく、罪を作り続けている。

 

裁くものは裁かれるのだ。

ご縁を大事にして、相手を受け入れ、未来を拓く代わりに、

未熟なものさしで人を裁き、それが正しいと思いこんで他人を操作しようとする態度を続ける者は、自分の振るった力と同じ力で責められるだろう。

 

他人に完璧を期待して、文句ばかり言ってはいけない。

あなたの文句は、自分の欠点の投影なのだ。

だから、変えなければならないのは、相手ではなくあなただ。

 

狭い了見で、天の采配を無視してはいけない。

ご縁は、1㎜のずれもなく起こっている

あなたがその人に出会ったのは、単なる偶然ではない。

そこから、癒し、成長、創造、貢献、関係を通して新しい奇跡を起こすことを期待されているのだ。

 

あなたは、自分で想像している以上の偉大なる存在だ。

だから、自分を他者から押し付けられた愚かな物差しで裁いてはいけない。

だから、他者をみにくい物差しで裁いて、距離を置いて見下してはいけない。

天からのプレゼント、80億分の一の奇跡、出会いを大切にして、相手を受け入れ、積極的に関心を持ち、信頼を育むべきだ。

あなたが、自分の出会いと真摯に向き合い、誠実にかかわろうとしたとき、その一瞬から人生は変わるだろう。

真の謙虚さこそが、あなたの本当のすばらしさ、美しさ、偉大なる可能性を引き出す。

偉大なる自分への一歩を踏み出してみよう。

時代を導くリーダーとなる

人には、全く性質の異なる2つの動機がある。
一つは、『自分には、何かが欠けている。欠けているものを手に入れなければ苦痛であり、恐怖であり危機である。 だから何としてでも獲得しなければならない。』と言う信念に基づく欲求だ。
それは、不安と恐怖にたきつけられる渇望であり、欠乏動機と呼ばれる。

もう一つは、『自分には充分な力と価値がある。自分の素晴らしさを表現したい。未知なることに挑戦したい。』 と言う信念に基づく欲求だ。
恐怖の束縛から自由となった人に訪れる情熱であり、人本来のまさに魂の欲求、実存動機と呼ばれる。

多くのマネジメントは欠乏動機を利用してきた。
欠乏動機による管理とは、あめとムチによる管理とも言える。
恐怖心に働きかけるリーダーシップは、やろうと思えばだれにでもできる簡単な方法であり、
一旦行い始めると確実に効くこと、安定的であり将来の予測を立てやすいと言う強みがある。
しかし、反面、メンバーのモチベーションは低下し、
防衛的かつ攻撃的風土を助長するので、官僚主義が跋扈し、生産性や成長性は、必ず頭打ちとなる。

多くのリーダーは、厳しい競争にさらされており、不安と恐怖の中にいる。
強力な圧力が常にかけられており、心無い攻撃により、心身ともに満身創痍だ。
だから、その多くが、自尊心の糸が切れると、いとも簡単に恐怖心に首を垂れることになる。
『自分は、みじめで孤独な力ないダメ人間だ。自分もそうであるように、他人もそうだ。 自分は被害者であり、こんなに苦しんでいるのだから自分を守るためなら、人を傷つけても許される』 と信じ込み、恫喝を使うことに躊躇がなくなる。
自らが恐怖の代理人となるのだ。
あめとムチを使い始めた当初は、目覚ましい効果が出るので、どんどんその傾向を強めるが、 遅かれ早かれ、必ず頭打ちとなり、結果的には、自ら奮った力によって滅ぼされることになる。

しかし、その困難を乗り越えて、実存動機を哲学とするリーダーも存在する。
実存動機によるリーダーシップとは、人を大切にして、人の持っている素晴らしい潜在性と可能性を信じ、 引き出そうとするリーダーシップだ。

実存動機を哲学とするリーダーの歩む道は平坦ではない。
人を大切にしたからと言って、相手がそれに応えてくれる保証はない。
そうしたからと言って、誰にも褒められるわけでも応援されるわけでもない。
むしろ、皮肉屋から冷笑されることもあるだろう。
実存のリーダーには、そんな痛み、不信感を乗り越える勇気が必要だ。

また、人の心からのやる気と能力は、本質的に不安定だ。
良い時は奇跡的な成果を出すが、悪い時は、永く無力だ。
実存のリーダーには、そんな浮き沈みをものともしない強い忍耐力と信念が必要だ。

さらに、人の可能性にかけるということは、将来の見通しも立ちづらいと言うことだ。
実存動機による成長は、まさにイノベーションによる成長だ。
まったく新しい商品の開発、新しい顧客との出会いによる、ある意味で奇跡による成長だ。
しかし、奇跡は、コントロールはできない。
奇跡を、事前に予測することはできない。
だから、未来の計画を立てることができない。
本質的に、実存動機は、管理とは相性が合わないのだ。

しかし、ひとたび実存動機が機能し始めた組織には、奇跡が起こる。
メンバーのハートは鼓動し始め、目の輝きが明らかに変わる。
分離感が癒され、心が開かれ、情熱と叡智が交流を始める。
現状の課題と問題点が、偏見によるゆがみを経ることなく、その真実が分かり、対処される。
今までは想像もしなかったような全く新しいアイデアや工夫が、 日常のあらゆる仕事の場面で創造され、実践されて、あっという間に現実が変わっていく。
結果的に、生産性と創造性は、想像を超えて高まり、奇跡的な成長を遂げていくことになる。

今、時代は大きく変わろうとしている。
むき出しのエゴイズムは、消費者から嫌われ、高い意識の経営が評価され、株価を上げる時代となっている。
強欲な資本主義から、高い意識の資本主義へと、静かに、ゆっくりと変わろうとしている。

そのような中で、求められるリーダーシップは、まさに、実存動機を哲学とするリーダーシップだ。
しかし、あめとムチによる欠乏動機のリーダーシップではなく、人間本来の可能性を引き出す実存動機のリーダーシップ という理想を担える存在は、そう多くはない。

その数少ない存在の中の一人は、あなただ。

被害者意識に甘えて、強い分離感に身を任せてはいけない。
勝つべきものは、相手ではなく、自分自身なのだ。

皆がそうだからと言って、絶望に身を染めてはいけない。
一隅を照らす光となるのだ。

あなたには、泥沼に落ちようとしている仲間を救い出す責任がある。
知っているなら、あきらめても手を緩めてもいけない。
真に仲間を守る戦士になるのだ。

あなたは、断じて欠点だらけの無力な存在ではない。
あなたの潜在性と可能性は、今の想像をはるかに超えて大きい。
その可能性を信じてみよう。
自分にするように、仲間の可能性も信じてみよう。
奇跡への一歩はそこから始まるのだから。

少しの勇気が人生を変える

自分らしく幸せに生きるために必要なこと、
輝いて生きるために必要なこと、
それは、お金でも、体力でも、頭のよさでもない。
決定的な要因は、勇気だ。
ほんの少しの勇気が、人生を大きく変える。

リスクから逃げまどうだけの人生が、最も危険な生き方である。
私たちは、天国に生きているわけではない。
この世には、危険がつきものであり、逃げ切れることなどできないのだ。

大それた蛮勇など必要ではない。
ちょっとした勇気を大切にしよう。

未知に一歩踏み出す挑戦の勇気、
失敗の恐怖を乗り越える勇気、
不安を押して人と関わる勇気、
愛しているという勇気、

そんな勇気を大切にしよう。
あなたなら大丈夫、
あなたには、今は想像もできないくらい大きな可能性がまどろんでいるのだから。
あなたは、勇者だ。
そんな大きな可能性に挑戦しよう。

いま現在 とは

「アミ 小さな宇宙人」エンリケバリオス著 徳間書店 より抜粋

 

「なんてきれいな街灯なんだろう。

絵に描いてみたくなるほどだ・・・。

見てごらん。

月の光に照らされ、星いっぱいの夜空にシルエットのように、くっきりと浮かび上がったアンテナを・・・。

ペドゥリート、人生はこれらを健全に満喫する以外に目的はない。

人生が提供してくれたすべてのものに注意の目を向けるようにつとめてごらん。

たえずいろんなすばらしさを発見するだろう。

頭ばかりで考えるかわりに、感じるように知覚するようにつとめてみてごらん。

人生の深い意味は思考のもっと向こう側にあるんだ・・・

人生は現実のおとぎ話のようなものなんだ・・・

神がきみにささげた美しい贈りものなんだよ・・・

なぜなら神はきみを愛しているからね・・・」

理想を生きる

人の脳は、3歳までに、ほぼ80%が成長を遂げるという。

それに伴って、人は、ほぼ3歳までに自分の生き方を決めるという。

分かち合う生き方、

平和な生き方、

愛の生き方、

戦いの生き方、

自己犠牲の生き方、

孤独の生き方、

報復の生き方、

自分らしく輝く生き方を選択したとしたら、それは幸いだ。

しかし、多くの場合、そうではない。

しかし、例えその生き方が本意ではなくとも、

いったん決めてしまった生き方は、変えようとするまでは決して変わらない。

例え忘れてしまった遠い過去でも、例え今の意識に昇ってこなくとも、

幼いころに決めてしまった生き方は、今でも心と生き方を支配している。

そうして、人は、忘れてしまった遠い過去の痛みを一生ひきずって生きることになる。

今の事実に基づかずに、過去の亡霊に基づいて生きることになる。

今の理想に従わずに、過去の恐怖に従って生きることになる。

今とは何の関係もない過去に縛られて生きることになる。

それは、決して自分らしい生き方ではない。

それは、決して輝かしい生き方ではない。

それは、決して幸せな生き方ではない。

人は、生き方を見直すことができる。

人は過去を乗り越えられる。

過去の痛みを癒し、憎しみを許し、過去の束縛から自由になれる。

本当に幸せな生き方をしよう。あなたには、そう生きるための十分な力がある。

高い理想を生きよう。

忠実であるべきものは、過去の痛みでは断じてない。

忠実であるべきものは、あなたの大志なのだ。

夜明けは近い

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 夜明け前が、最も暗いことを忘れてはいけない。

 今がつらく、苦しいとしたら、それは、単に夜明け前だということなのだ。

 人の苦しみや思いとは無関係に、天の計らいは淡々と進行する。

 日は沈み、そしてまた昇る。

 明けない夜は、存在しない。

 もし今が、とても悲しく、苦しく、希望がなく、憎悪の極みだとしたならば、

 それは、絶望への入り口ではなく、
闇の終わりだということ。

 そう、夜明けは近い。

完璧を求めてはいけない

失敗したからと言って自分を責めてはいけない。

残念ながら、あなたも私も完璧ではない。

もし完璧だとしたら、こんなに地球を汚すだろうか。

こんなにお互いに傷つけあうだろうか。

こんなに餓死する人たちを見捨てるだろうか。

残念ながら、私たちには、まだ多くの欠点がある。

まだまだ克服しなければならない課題がある。

私たちは、発展途上であり、悲しいけれども、痛みを通して学ぶ必要がある。

だから、完璧であろうとしてはいけない。

だから、完璧であるふりをしてはいけない。

だから、人に完璧を求めてはいけない。

大切はことは、失敗を恐れずに挑戦する勇気、

         失敗してもくじけないしぶとさ、

         失敗から学ぶ謙虚さだ。

背伸びをせず、等身大であることを受け入れよう。

痛みを怖がらずに、立ち向かっていこう。

人生という成長の冒険を楽しもう。

完璧じゃないからと言って自分を責めてはいけない。

欠点をもちながら、苦悩の中にありながらも一生懸命に生きるあなたが美しいのだ。

光に向かって(鞍馬寺)

      光に向かって

               鞍馬寺

天を覆う雲は厚くとも、太陽は常に大空に在る。

風が来て雲を払えば、黄金の光が燦然と輝く。

人の心に吹きすさぶ八雲を、苦悩の雲を吹く払う風として、

真実を観る智慧の光を迎えよう。

 

智慧の光が輝くとき、宇宙生命(尊天)に生かされている万象を観る。

あなたも私も、花も鳥も、みな共に生かされているこの世界。

万象が織りなすいのちの相、

宇宙に懸る金色のいのちの羅網、

遠い昔から受け継いできたいのちの絆、

私もその中の一つのいのち、

たがいに手をつなぎ響き合ういのち、

あなたも私も、樹も水も、

みな共に厳然と生かされている。

 

慈愛の温もりに抱かれ、

智慧の光に照らされ、

豊かな活力に満たされて、

今ここに生かされていることの嬉しさと有難さ、

この喜びと感謝の輪を広げよう。

あなたも私も、あの人もこの人も、

たがいに光り合い照らし合う、

明るい未来を信じ希いながら、

一日々々を宝石のように大切に生きよう。

 

すべては尊天にてまします