襟川陽一氏は、1950年10月生まれの栃木県出身です。実家は、栃木県足利市で染料の問屋を営んでいました。大学卒業後、襟川氏は、大阪の染料販売会社に就職し、将来経営を継ぐ者として、修行に励んだのでした。
しかし、4年半にわたる大阪での修行を終えて実家の家業を継ぐべく、帰省したところ、襟川の入社3ヵ月後に廃業へと追い込まれてしまったのでした。
染料業界は、構造不況業種であり、しかも競争が激しく、父親の奮闘むなしく、会社をたたまざるを得なくなってしまったのです。襟川が父親に呼び戻されたのは、その残務整理のためでした。
一通りの手続きを終え、襟川は、新たな一歩を踏み出すべく、会社を設立することになります。しかし、その会社は、何と、廃業した会社と同じ染料を販売する会社だったのです。襟川としては、見通しや勝算があったわけではありませんが、父親の弔い合戦をしたかったのでした。
創業後、襟川は、一生懸命になって営業活動を展開し、様々な研究をして経営にエネルギーをつぎ込んでいったけれども、如何せん、構造不況業種だけあって、なかなか思い通りにはいきません。そのうちに、家族の生活費に事欠くようになり、また、取引先の倒産、手形の回収不能、貸し倒れなどが起こり、事態はどんどん悪くなっていきました。
奥さんの遺産相続資産を処分しながら運転資金を調達し、何とか経営を維持しながら苦闘している間、その苦しみの中で、様々な経営書、哲学書を読むようになり、そんな中から、現状の問題が明確に浮き彫りになってきたのでした。その問題とは、存在意義ということ、現在の染料の仕事には、もはや現代においては価値は少なく、もっと存在意義のある仕事に鞍替えしなければならないと言うことだったのです。
しかしながら、そんなに都合よく簡単に存在意義のある儲かる仕事に商売換えできるはずがありません。襟川は、悶々としながら苦しい経営を続けていったのです。
2年後、将来への希望を持てず、目標も無く、生きる張り合いも無い中で、30歳の誕生日を迎えた襟川は、奥さんから、誕生日のプレゼントにシャープ製のパソコンをプレゼントされます。
襟川は、パソコンにとっても興味を持っており、かねてからのどから手が出るほどほしかったのでした。深刻に落ち込んでいる襟川を心配した奥さんが、へそくりをはたいて買ってくれたのでした。
その後、襟川は、うまく行かない会社経営の欝憤をはらすかのように、パソコンに没頭していくことになります。もともと大好きなパソコンでしたので、上達は速く、まもなく独学で、会社の在庫管理や販売管理のプログラムを作ってしまいました。それだけに飽き足らない襟川は、台頭し始めたゲームを作ろうと思い立ったのです。
本来であれば、会社経営を立て直すために工夫したり、対策を真剣に考えていかなければならなかったのですが、ある意味で現実逃避ともいえる、1銭の得にもならないゲーム作成に熱中するようになってしまったのです。
本業がままならない中、ゲーム作成に取り組み始めて1年後、襟川は、「川中島の合戦」と「投資ゲーム」を作り上げることになります。川中島の合戦は、歴史が好きな自分自身のために、投資ゲームは、幼いころに父親の遺産を相続した奥さんのために作ったものでした。
しかし、せっかく作ったゲームでもあり、家族だけで楽しむだけではなく、食費のたしにでもならないだろうかと思い、雑誌『マイコン』に、5万円で小さな広告を出したところ、お客さんから大きな反響があり、手紙や電話が殺到し、郵便局から山盛の現金書留が配達されるようになりました。
何と、そのつもりもなく作り上げたゲームが、予想外の大きなヒットをもたらしたのです。本業で苦労に苦労を重ねながらも結果が出なかった時代が続いていた襟川にとって、このヒットと忙しさは、何よりの喜び、生きがいとなりました。
早速、染料の販売会社からゲームソフトメーカーへの転進を図り、徹夜で作り上げた新作が『信長の野望』であり、記録的な大ヒット商品となりました。
このシミュレーションゲームのヒットをきっかけに、染料販売会社光栄は、ゲームメーカー光栄へと大きな飛躍を遂げ、全国に名をとどろかせることになりました。
光栄は、その後、「青き狼と白き牡鹿」「三国志」「三国無双」など大ヒット商品を次々と発表し、いまや代表的なゲームメーカーとして活躍しています。
勝利の女神は意外なところで微笑むものです。しかし、これも、悪戦苦闘時代にあっても決してあきらめずに、絶望の中でも経営を続けていったこと、その苦しみの中で、経営について、人生について、深く考え、探求していったこと、そして、普通では体験できないような苦労を体験したことが見事に糧になって、成功につながっているのだろうと思いました。
数限りない敗北のあとにこそ勝利の女神がやってくること、意味のない苦労などないということ、意味のない出会いなどないということ、チャンスは意外なところにあるということ、やっぱり好きなことにこそビックチャンスが潜んでいることなど、襟川さんの事例は大切なことを教えてくれているような気がしました。(旧ブログより転載)
参照文献 「どん底から這い上がった男たち」すばる舎出版 鈴田孝史著