月別アーカイブ: 2015年7月

大学授業前期終了(2015)

 先日、大学の前期の授業「プレゼン・ディスカッションスキル演習」が終了しました。就職活動に櫃よなプレゼンテーションとディスカッションのスキルを体得することをテーマに、全14講の授業を展開してまいりました。

 授業に参加してくれた学生たちの協力を得て、とても充実した、集中力のある、楽しくパワフルな学びの場となりました。当授業を取ってくれた学生諸君、本当にありがとうございました。私自身も素晴らしいメンバーと共に学べて、とても楽しかったし、私自身の気づき、学びにもなりました。本当にありがとうございました。

 それから、当授業は、第一回目の講座で、労働組合の全国組織の副委員長をお勤めのSさんにもお越しいただいて、ありがたい講義をいただいております。Sさんは、以前人事の採用を担当されていたことがあり、その実体験を交えて、就活に向かう心構え、誠実さの重要性、前向きに道を開くことの重要性についてお話しいただき、学生たちを勇気づけていただきました。

 Sさん、おかげさまで、学生たちは、その後も真剣に授業に向き合ってくれて、本当に良い教室になりました。こころから感謝申し上げます。ありがとうございました。

 今どきの若者は、・・・・。などといろいろと若者たちの覇気のなさなどが嘆かれておりますが、実際に彼ら彼女らと関わってみると、全くそんなことはない。学生たちは、私どもの熱いメッセージをしっかりと受け止めて、響きあえる、気のおけない、明るく元気で情熱を持ったさわやかなすばらしい若者たちです。

 彼ら彼女らでしたら、きっと自分らしく力強く未来を開き、困難にも簡単にはめげることなくたくましく生きていくことでしょう。そんな学生たちの人生に心からエールを送りたいと思います!

アトランティックプロジェクト説明会(20150716)

 先日、アトランティックプロジェクトの体験説明会を無事に終了しました。結構多くの方々にお申し込みをいただいたのですが、今年は、採用関係のスケジュール変更で、人事教育ご担当の方々は、いろいろと変動が激しくて大変でいらっしゃるようで、キャンセルも多く、一時はどうなることかと心配しておりましたが、何とか無事に終了することができました。

 説明会とは言え、実際のご体験を交えてのプログラムであり、さまざまなドラマが展開するのが、この説明会の面白さです。今回も、とてもドラマティックな展開が起こって、私自身、とてもハラハラドキドキ、ちょっと感動も致しました。

 楽しくやわらかで、充実した場となったのも、ひとえに素敵な参加者のみなさん、そして志を共にする仲間のおかげ、心から感謝申し上げます。

 こうした説明会の呼びかけに、最近は、しだいしだいにお応えいただける企業さんが増えてきましたね。弊社のコンセプトである自尊心の重要性やチャレンジ精神、粘り強さ、前向きなハートを体験学習を通して育むという考え方を受け止めてくださる企業さんが増えてきていると解釈しており、とてもありがたいことと考えております。

 自分でいうのもなんなのですが、本プログラムは、本当に良いプログラムなのです。新入社員のみなさんに、社会人として基礎知識とスキル、そして勇気を提供できる本当に良いプログラムであり、もっともっとたくさんの場所で活躍してほしいと心から願っているのです。

 今後も、積極的にどんどん売り出していきたいと思っております。

 次回説明会の日程も決定しました。今年の12月17日です。

 今度は、会場に入りきれないくらいのお客さんが申し込んでくれますように!

自尊心は自己愛(ナルシズム)ではない

ナルシストと言う言葉があり、自分を愛することがいけないことであり、自分を大切にすることに抵抗感を持っている人も多いと思いますが、それは、誤解です。

確かに、自己愛性パーソナリティ障害と言う病気があり、本人や周囲が苦しまれているケースも事実としてありますが、自己愛性パーソナリティ障害とは、自分を愛する病気ではありません。それは、むしろ、自分自身を愛せない病気なのです。

自己愛性パーソナリティ障害とは、ありのままの自分を愛することができない病です。

長所もあれば欠点もあり、おっちょこちょいでカッコ悪いところも有り、人より劣っているところもある、そんな等身大の自分自身に満足できずに、一切の欠点と劣等性を否定し、自分にはそんなものはないと思い込み、優れて特別で力ある無敵の自分という幻想を信じ執着する病であって、決して自己信頼からくるものではないのです。

自己愛性パーソナリティ障害の人たちは、心の奥底で、自分の本質が、弱弱しく、醜いものではないかと恐れています、と言うか、そういう呪いを真実だと信じ込んでしまっているのです。

しかし、そうした情けなくて醜い(と思い込んでいる)自分である限り、人からは愛されないし、受け入れられないと恐れており、常に誰かに評価されるような自分でなければいけないと思い込んでいます。

 だから、無理をしたり背伸びをしたりしてすごい自分を見せつけようとするし、逆にそうではない可能性を示すであろう自分の欠点の一切を受け入れることができません。だから、誰にでもあるような弱さや愚かさ、失敗やみじめさなどの一切を、自分には無い、もしくは自分の責任ではないと言い切り、完全無欠、ないしは無罪のふりをし、ありもしない完璧なキャラクターを演じることになります。

ですから、ナルシズムは、自信ではなく劣等感に由来するのだといえましょう。

ナルシスが愛したものは、きらきらする美しい水面に映った幻想的な外面であって、ありのままの全体ではありません。自己愛が愛しているのは幻想であって現実ではないのです。

一方で、自尊心とは、ありのままの自分を愛するということ、等身大の人間としての自分を受け入れるということ、発展途上の自分を信じるということです。

自分自身に欠点があることを知っており、それを受け入れているので、ことさら自分の弱さを人にばれないように強がる必要はありません。

自分の問題の責任を自分で引き受けており、それを人のせいにしようとはしないので、ことさら被害者ぶって自分の無罪や不幸ぶりを主張する必要もありません。

発展途上の自分を信じており、自分のありのままの姿、気高い面も愚かしい面もありのままに受け入れており、それが醜いとは思っていないので、隠したりうそをつく必要もありません。

健全な自尊心を持つことができている人は、無理して背伸びする必要もなければ、人に良く見てもらおうと意気込んで肩に力が入ることもありません。明るく正直でオープンであり、そこには暗さや病が付け入るすきはありません。

だから、自尊心は、美徳なのであり、持つべきなのだといえましょう。

 

「生まれてきてよかった。」

「何とかなる。大丈夫。」

「自分の人生も捨てたものではない。」

「道は開ける。」

そう思えるからこそ、自分らしく力強く輝かしい生き方ができるのではないでしょうか。

 

人は確かに欠点がある完璧では無い存在ですが、断じて無力ではありません。たとえ困難な人生でも生き抜く十分な力量を持っている存在であり、その可能性は、今の想像をはるかに超えて大きいのだと思います。

時に人生は過酷であり、激怒、悲嘆、絶望の極みを体験するかもしれませんが、だからと言って自分を呪う必要はありません。

勇者の人生には、ドラゴンがつきものであり、困難が過酷であればあるほど、勇者は強く偉大に成長していくものです。

そんな成長のプロセスにある自分自身を大切にして、堂々と生きることが自尊心なのだと言えましょう。

自己否定、自己嫌悪の罠に惑わされるべきではありません。完全無欠の非の打ちどころのない存在になんかなる必要もありません。あなたはあなたのままで大丈夫。欠点がありながらも一生懸命に過酷な人生に立ち向かっているあなたがカッコいいのですから。
そんな自分を信じて、自尊心をもって堂々と生きようではありませんか。

愛について

「とても単純で、素朴で、しごくあたりまえのことのようであるけれど、これを感じ体得するのは容易なことではない。だからこそ進歩が必要となってくるんだ。進歩とは、愛により近づいていくということを意味しているんだ。最も進歩したひとが、より崇高な愛を体験し、より深い愛を表現するんだ。ほんとうの人間の大きさとは、ただ、そのひとの愛の度数によって決定されるんだよ・・・」

「アミ 小さな宇宙人」エンリケバリオス著 より抜粋