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体験学習とは 10.体験学習のお勧め

10.体験学習のお勧め

 体験学習とは、本や先生から学ぶ方法ではなく、体験から学ぶ方法です。こうあるべきだというモデルから学ぶのではなく、感じたり気づいたことを通して、複雑で奥深い人間関係についての理解を深めていこうとする試みです。

 AIの時代になり、何でも分かっているような気になっていますが、人間関係は、広く深く複雑で、底知れないミステリーがまどろんでいる世界であり、そこには答えは見つかってないのです。

 もし万が一、人間関係に答えが見つかっていたとしたら、世界はこうなっていないでしょう。

 世界において、3秒に一人の子供たちが餓死する世になっているはずがありません。

 社会において、世界中で起こっている暴力や戦争で、罪のない多くの人たちが殺されている世になっているはずがありません。

 個人の日常の生活の中においても、悩みの大半は人間関係であり、関係性が生きづらさ、苦悩の原因となっているはずがないのです。

 だから、私たちは、人間関係について、実は、なにもわかってないのです。

 研究成果や発見されたテクノロジーを学ぶことは決して意義が無いことではありませんが、それを学んだからと言って、人間関係の謎は解けるわけではありません。

 だから、私たちは、謙虚であるべきです。謙虚に体験に耳を傾け、関係性の神秘を誠実に探究していくことが大切なのではないでしょうか。

 「戸を叩け、されば開かれん。」の言葉通り、真剣に探究をしようとする者には、固く閉ざされていた扉が開かれ、隠されていた秘密が気づきと共に開示されてくることでしょう。

 人やチームには、不思議な可能性があります。1+1=2 では説明しきれない何かがあると思いませんか。

 時には2以下になるし、逆に、2をはるかに超えた奇跡が起こることもあります。

 1+1=2 が真実ならば、2011年、なでしこJAPANが世界一になれるはずがありません。だって、世界の選手は、体格から体力から、日本の個人の力では、決してかなう相手ではなかったのですから。

 人やチームには、いまだわれわれでは到達できない不思議、奇跡がまどろんでいるのです。

 きく耳を持った人にしか開示されない秘密があるのです。

 その奇跡や秘密を引き出すカギこそが、私は体験学習だと思っています。

 暴力や操作のない体験学習は、人やチームの隠された偉大なる力や可能性を、主体的に、自然に、かつ楽しく引き出すことができる素晴らしい方法だと感じています。

 体験学習は、行き詰まりを感じている個人やチーム、組織の状況を乗り越えて、まったく新しい道を開く機会となるでしょう。

 また、暴力と支配、うそと痛みに満ちている世界情勢にくさびを打ち込み、まったく新しい可能性をもたらす機会ともなるかもしれません。少なくとも、私はそうこころざしてこの仕事をライフワークとしています。

 体験学習を通して得られる気づきや学びは、暗闇の中の一隅を照らす光です。

 ともに、その光を分かち合いながら、今の時代に挑戦していきましょう。

 

【体験学習とは シリーズ】

1.体験学習とは

2.体験学習の学習プロセス

3.体験学習の効果

4.体験学習の原点

5.Tグループの誕生

6.日本におけるラボラトリーメソッド

7.Tグループの実際

8.私のTグループ体験

9.体験学習の留意点とポリシー

10.体験学習のお勧め

現実を生きる

現実は、愛と慈悲に満たされた理想郷ではない。

そこには、分断と対立があり、恐怖や不安、欲や怒り、誤解、利害、制度、しがらみ…

泥の中でも立ち上がり、重い足を一歩ずつ踏み出していく。

誰かを立てれば、誰かを見捨てることになり、

正義を貫けば、別の正義の悪となり、

愛を語れば、偽善者と言われる。

誰かを守るために、誰かと戦い、

利益と理念の間で、心が引き裂かれそうになり、

それでも、ふらつきながらも立ち上がりファイティングポーズで立ち向かう。

 

現実は、最も厳しい。

時に平和であるが、時に牙をむいて容赦なく襲ってくる。

それでも愛や理想を抱いたまま、現実の泥の中を歩く人たちがいる。

愛を語ることは簡単だが、体現することは容易ではない。

希望を語ることは簡単だが、苦悩と絶望の中で夢を捨てずにいることは容易ではない。

現実は、まさに愛と理想を試される場なのだ。

 

時に疲れ切り、みじめな敗北者のように肩をすぼめ、孤独の中で涙する。

それでも愛と希望を手放さずに再び泥沼に足を踏み入れる。

それは、きれいごとではなく、勇気のかたち。

美しい勇者の生きざまだ。

 

肩を落として歩くサラリーマン、満身創痍の管理者、理不尽に立ちすくむ医者、うつろな目をした教師、修羅の道を生きる政治家、そしてそれでも決して希望を捨てない人たち・・・・

だれもが厳しい現実に立ち向かう勇者だ。

戦え、勇者たち。

決してくじけてはいけない。

蓮は泥の中で花を咲かせる。

勇者の苦闘は、例え勝利が来なくとも決して無駄にはならない。

みじめで恥ずかしくみっともない、かっこ悪い自分をうけとめ、愛し、くじけずに前に進むあなたの生き方が、かっこいいのだ。

生きよ!同志たちよ。

きっとあなたの生き方は、他人の勇気になる。一隅を照らす光となるのだから。

 

自尊心を回復することとは

 自尊心を回復するということは、別人になるということではありません。

 あすなろは檜になることはできませんし、ひまわりはバラになることはできません。

 自尊心の回復とは、特殊な努力をして別人になろうとすることではなく、もともとの自分の輝きを取り戻そうとする試みです。

 もともとの自分には、いまはまだ気づけていない想像をはるかに超えた可能性がまどろんでいます。しかし、いま認識している自分についてのイメージや思い込みが覆いとなって、それらの可能性を全く感じることはできていません。

 人は、多くの場合、自分の周囲に自分を囲い込み、封じ込める自分への呪いともいえる否定的な信念を持っているものです。

 「ダメ人間」「運が悪い人間」「必要のない人間」「何をやらせてもうまくできない人間」「人に嫌われる人間」「生まれてこなかった方が良かった人間」・・・。

 自尊心の回復とは、そうした呪いから自由になるということです。新たな信念を植え付けて自分を洗脳するということではなく、すでに植え付けられてしまっている呪い(思い込み)を解き、自由を取り戻すことを意味しています。

 自由を取り戻すことができた時に初めて、真の自己探求が可能となります。

 よく、自己探求は、潜水に例えられます。

 海でのダイビングは、潜れる世界しか見ることはできません。浅くしか潜れない人は、それが体験の全てであり、その世界が全てだと思い込んでしまいますが。海はもっともっと深いのです。海の深みには想像をはるかに超えた“静けさと、美しさが隠されています。その美しさは準備が整った人にしか開示されないミステリーなのです。

 自己探求も同じで、浅くしか体験できていない理解で自己概念を固めて、それを自分だと追い込んでいますが、実は、深くには、想像をはるかに超えた可能性がまどろんでおり、深く潜れば潜るほど見える景色が変わってくるのです。

 小さく貧しい自己イメージからの束縛から自由になった時に初めて、本格的なダイビングが可能となってきます。

 謙虚になって体験に耳を傾け、真剣に探究をしていくと、自分自身の魅力的で生命力にあふれた想像をはるかに超えた力強さと可能性、喜びに気づいていきます。

 自分は実は多層的な存在で、無限の深みが存在しています、その深みには、いまは想像もできないようなミステリーが隠されているのです。

 人は、別人になることはできませんが、自分らしい輝きを取り戻すことなら不可能ではありません。あなたは、本来のあなたでいる時こそが一番輝いている。ひまわりはひまわりとして堂々と咲いている時にこそ、一番輝くのです。

 以前の私と同様に、日本には自分のことを好きになれずに困っている人がたくさんいらっしゃると言われています。

 今困っているからこそ、起こる奇跡も大きいのだろうと思います。

 今の困難は、光の差し込まない黎明だからこその苦しみです。

 明けない夜が無いように、乗り越えられない苦悩もありません。

 光に勝る闇が無いように、真実に勝る誤解はありません。

 おそれず、あきらめずに、自分をもっともっと大切に、そして自分を探求してみませんか。

 本当の秘密は聞く耳を持った人にしかやってきません。

 戸を叩かない人には、可能性の扉は決して開かれません。

 勇気をもって奇跡への一歩を踏み出してみましょう。

アトランティックプロジェクト オンライン説明会を開催します

アトランティックプロジェクト・オンライン説明会のご案内
(経営シミュレーション教材 × 新入社員研修プログラム)

新入社員研修の新しい形を体験してみませんか?
当社の体験型プログラム「アトランティックプロジェクト」のオンライン説明会を開催します。

本説明会では、実際の研修中の写真や映像を交えながら、プログラムの内容・進行方法・教育効果などを具体的にご紹介します。

【こんな方におすすめ】

・自社の新入社員研修をアップデートしたい

・チームワーク・リーダーシップを「体験」で学ばせたい

・受講者が前のめりになるプログラムを探している

・内製化しやすい研修を検討中

【アトランティックプロジェクトとは】

経営シミュレーション型の研修プログラムとして、チームワーク・リーダーシップ・コミュニケーションを実践的に学べる新入社員研修です。
すでに200社・8,000名以上の方々が参加し、次のような評価をいただいています。

「ドラマティックな展開で夢中になれる」
「達成感があり、チームの絆が深まる」
「講師育成も容易で内製化しやすい」

研修担当者の方々からも高い支持を得ているプログラムです。

【開催概要】 

日程:

2025年11月20日(木)

2025年11月28日(金)

2025年12月4日(木)

時間:13:00~14:00(1時間)

参加費:無料

開催方法:Zoom(申込者に参加用アドレスを送付)

 お申し込み方法
下記フォームメールよりお申し込みください。
「アトランティックプロジェクトオンライン説明会申込」と明記のうえ、希望日をご記入ください。
→ オンライン説明会 申込みページはこちら

 

なお本講座は、説明会ではありますが、決して押し売りをするようなことはしません。また当社は、しつこく営業を迫るような事もしておりません。同じ志を持つ方々と、ジェントルなかかわりをしたいと願っております。ご安心してお越しくださいませ!

2025年度後期授業が始まります

 明日から担当している大学で、後期授業が始まります。後期は、キャリア関係の授業を2科目担当しています。うち一科目が2コマあるので、全体で3コマ、月火と2日間が授業日となります。

 今期も、たくさんの学生たちが受講してくれています。すでに他の授業を受けてくれていた懐かしい面々いれば、私の授業には初めて参加してくれている生徒もたくさんいます。講座は、1年生向けと2年生向けとなっていますが、3年生も結構多く、意外なのが4年生も少なからず受講してくれています。みんな夏休みの就活の状況はどうだったのでしょうか。多くはすでに内定をいくつか得ているとは思いますが、これからと言う学生もいるかもしれません。

 担当する授業は、1科目目は、就活準備と言うよりは、生き方講座であり、長い人生を自分らしく幸せに生きるための知識、スキルを学ぶ講座です。就活には直接結びつかないとはいえ、これはこれで、とても大切なことであり、生き方の基盤をしっかりと固めていける授業にしていきたいと思っています。

 もう1科目は、業界や企業研究がテーマとなっている授業で、マーケティングの視点から企業研究をすると同時に、業界の人事担当者をお呼びする講座でもあり、就活とも直結する授業でもあります。実際に過去の授業の参加者から、ゲストスピーカーの会社に内定を得て活躍している先輩もいます。受講するメンバーにとって、貴重な体験やチャンスとなる講座だと思います。特にまだ就活が終わってない4年生にとっては、絶好のチャンスでもあります。彼ら彼女らの就活の少しでもお役に立てるようにしっかりとがんばっていきたいと思っています。

 今期も、充実した楽しく意義深い授業になりますように!

ポリヴェーガル理論に基づく新しい人間観

 ポリヴェーガル理論とは、米脳生理学者、ステファン・ポージェス博士が1994年に発表した理論であり、従来の自律神経についての常識を覆す考え方を提示してくれています。

 従来の考え方では、自律神経は交感神経と副交感神経があると考えられており、それぞれが相互に興奮と鎮静の機能を補完し合っていると考えられていました。

 しかしポージェス博士は、副交感神経が大半を占める迷走神経には2種類があることに気づき、それぞれ、神経細胞も機能も全く異なるシステムであることを発見したのです。

 ポージェス博士によると、人は、系統進化的に3種類の自律神経ネットワークを宿しており、

①背側迷走神経(魚類など古代の迷走神経系、消化、睡眠、排泄、生殖機能、身体の回復などを司どる。リラックスと休息モード:危機状態においては絶体絶命モード)

②交感神経(爬虫類以降に進化した交感神経系、感情、身体を活発に覚醒、行動させる。アクティブモード:危機状態においては闘争・逃走モード)

③腹側迷走神経(哺乳類以降に進化した社会交流システムとしての迷走神経系、呼吸、心臓、表情、発声、聞き取りを司る。社会交流モード)

 以上の3種類のモードが時と場合に応じて機能すると考えられています。

 人は、健康な場合は社会交流モードの人間関係の中で人として生きていきますが、ストレスがかかり、もはや人間関係の中では問題解決ができない危機的状況に追い込まれると、動物的な興奮モード、魚類爬虫類的な凍り付きモードになるのです。

 こうした反応は、ニューロセプション(神経認知)によって変容が起こるとされており、人の思考や意志の力では直接コントロールできないと考えられています。社会的には、常軌を逸した興奮、不活性や無感覚は、受け入れられづらく非難の対象となりがちですが、ポリヴェーガル理論の視点からは、人が進化してきた過程で学んできた危機対応のノウハウであり、深い深いわけがあるのです。だから、ポージェス博士は、人間の都合で裁かれるものではなく、むしろ誇りに思うべき叡智であると主張されています。

 ここでは、ポリヴェーガル理論の立場に立った人間観について、いくつかご紹介したいと思います。

【ポリヴェーガル理論の人間観】

1.人は、複合的な存在

 人には、人間としての自分だけではなく、動物的自分、魚類(爬虫類)的自分が存在し、決して一つだけの人格で生きている存在ではない。例え社会的に評価されない問題行動を起こしたとしても、それは、その人そのものが問題なのではなく、その人の複合的な要素に由来する可能性がある。その反応は、例え社会的には受け入れられないものであったとしても、顕在意識の外側で動物的、魚類爬虫類的な自分のそれぞれが生き残るために懸命に努力した結果であるかもしれない。たとえ的外れであったとしても、それは生き残りをかけて必死に頑張ってくれている内的システムのなせる業なのだ。だから、簡単に他人の所業をさばいてはいけないし、自分自身の社会的に不都合な反応を嘆き、自分自身を恥じたり責めたりしてもいけない。

 従来の“怠けてる”、“だらしない”などの非難は浅薄な人間観による冷たい的外れな見解からくるものであって、真実の視点からは、むしろ進化の叡智のなせる業と言える。もっともっと深い人間理解が必要。

2.自尊心を持つ

 自尊心とは、ありのままの自分を受け入れ、愛することができる健全な心。社会的に評価される優れた自分のみならず、失敗し、かっこ悪くみじめな自分も決して見捨てることなく、排除することなく、認め、受け入れ、時には反省し、より成長していける度量を自尊心と言う。

 ポリヴェーガル理論では、人は人間としての自分だけではなく、魚類的、動物的自分も存在する。私たちは、しばしストレス反応として起こる動物的反応(闘争、逃走モード)や魚類爬虫類的反応(シャットダウンモード)を社会的都合で裁き、恥じて否定し抑圧するが、こうした態度は、決して健全で正しい態度とは言えない。こうした反応はポリヴェーガル理論の視点では進化の叡智の結晶。都合が悪いからと言って嘆くのではなく、受け入れ、むしろ尊重し、感謝すべき。

 攻撃、排除するのではなく、全てを見捨てずに受け入れ、癒し、成長につなげることこそ人間としての使命と言える。

3.人として成長する

 私の中心は人間存在。主体を失わずに意識的に成長を目指すことが大切。

 自分の中に人以前の進化状態の存在があることを決して否定するべきではないが、だからと言って獣的自分や魚類・爬虫類的自分に人生を乗っ取られてよいというわけではない。人の主体は人。人としてセルフリーダーシップを発揮することが大切。

 人には、魚類・爬虫類的自分や動物的自分もいるが、人間的な自分も存在する。そして人間的自分の後ろ盾となる腹側迷走神経は発展途上であり、無限の可能性を持っている。人は、断じて欠点だらけの無力な存在ではない。その潜在性は人の想像をはるかに超えて偉大だ。自分を信じて、大きな志をもって、人として前向きに生きよう。

 

ポジティブ心理学 4.前向きに生きるヒント(最終回)

・自分と言う存在は、広い地球にたった一人。

 永遠の宇宙の歴史で、たった一回。

 それは、とてつもなくかけがえがない。

 そんな自分の存在を大切にしよう。

 

・あなたには、元気と勇気と力がたくさんある。

 問題を打開する可能性は、そこかしこにある。

 心配に思うのは、それに気づいてないから。

 

・敵の強大さは信じるくせに自分や仲間の力を信じられないメンタリティを何とかしよう。

 

・不平、不満、愚痴、など、問題を人のせいにしているうちは成長はない。

 前向きな意思をもってたくましく自分らしく生きよう。

 

・完璧になど、ならなくとも良い。発展途上の自分を信頼しよう。

 

・光は傷口から入ってくる。

 人生における試練は、不幸ではない。学び成長する絶好のチャンス。

 

・勇者の人生には、ドラゴンはつきもの。

 “なんで自分ばっかり!” それはあなたが勇者だからだ。

 困難や苦痛は避けられないが、

 乗り越えられない壁もなければ、意味のない苦労もない。

 明るく元気に前向きに自分らしく堂々と生きよう!

ポジティブ心理学 3.楽観主義と悲観主義

①ものの見方、考え方が生き方を決める

 その後も”無力感とその回復”をテーマとする研究と実験は、繰り返されていきます。

 セリグマンの影響を受けたドナルド・ヒロト氏は、人間に対して、学習性無力感がどう働くのかを実験しました。

 実験は、大きく2段階で構成されています。

 第1ステップでは、まず、実験に参加してくれた人たちを3つのグループに分けます。

 第一のグループの人たちを部屋に入れ、不快な大きなノイズ音を流して、彼らに音を止める方法を発見させようとしました。彼らは、パネルのボタンを様々な組み合わせで押しましたが、不快な音を止めることは出来ません。なぜなら、どう操作しても絶対に音は止まらないように仕組まれていたからです。

 第二のグループの人たちは、部屋に入り、同様に音を止めようとしましたが、第一のグループとは異なり、ボタンの押し方によって音が止まるように操作されており、彼らは正しい止め方を発見し、ついに音を止めました。

 第三のグループの人たちは、騒音を聞かせることなく、何もしないグループです。

 さて、実験は、第2段階に入ります。第2段階では、それぞれのグループの人を実験室に入れ、不快な音を流しますが、その音を止めるための仕掛けが部屋の中にあり、その仕掛けを発見し、音を止めることが出来るかどうかが試されるのです。

 第2、第3のグループは、いとも簡単に仕掛けを発見し、音を止めることが出来ましたが、第1のグループは、自分には音を止める力がないと悟ってしまったかのように、実験室で座り込み、時間も場所も仕掛けも違うのに、やってみようともしなかったのです。

 この実験では、無力感は、動物だけではなく、人間も同様に起こることが証明されました。

 しかし、この実験の中では、実験の意図とは別に面白いことが発見されたのです。

 無力感の状態にしようとされた第1のグループの人たちの中でも、3人に1人は屈服しないで、あきらめない人が出てきたのです。

 また、何もしなかった第1のグループや、やれば出来ることを学習できた第2のグループの人の中でも、10人に1人は、不快な音を止めようとはしなかったのです。

 人によって、逆境の中でもあきらめない人と、恵まれた環境の中でも無力状態になってしまう人と、大きな違いが出てしまったのです。

 一体何が人をして、このような違いを生み出すのでしょうか?

 セリグマンは、この違いに挑戦し、様々な研究者との協力や研究を経て、この違いを生み出す原因は、出来事を自分自身にどう説明するかの“説明スタイル”、つまり、人のものの見方、考え方にあると結論付けたのです。

②楽観主義と悲観主義

 マーティン・セリグマンによると、説明スタイルには、楽観主義と悲観主義の2種類があるとされています。以下に2つの立場の感じ方、認知の仕方を見ていきましょう。

記事のコンテンツ

 いかがでしょうか、悲観傾向の感じ方は、いやなことが起こったら、それは自分のせいで、今後もずっと続くし、そう思う必要のない部分も含めて全てがダークであると感じることが分かります。

 逆に、楽観傾向の感じ方は、つらい出来事であっても、安易に自罰的にならず、問題は限定的で、十分に回復可能であると前向きに認識する傾向であることが分かります。

 この発見後、セリグマンは、楽観傾向を持った人と、悲観傾向を持った人との、仕事、健康、人生における様々な違いや傾向を調査し、分析していきました。その結果、楽観傾向を持った人と悲観傾向を持った人とでは、人生における出会い、仕事、業績、健康、結果に、はっきりとした大きな格差が起こっていたことがわかったのです。

 以下に「オプティミストはなぜ成功するか」講談社文庫(マーティン セリグマン著)に記載されている事例の抜粋をいくつかご紹介しましょう。

⑴米国陸軍士官学校はじめ、組織をやめた人は、悲観主義者が多かった。

⑵米国メトロ生命が、楽観傾向の強い営業員の採用を増やしたところ、個人向け保険のマーケット・シェアーを50%近く伸ばした。

⑶ハーバード大学の卒業生の追跡調査をしたところ、60歳の健康状態は、25歳の時の楽観度に深い関係があることがわかった。悲観的な人は、楽観的な人よりも若い年齢でしかも重い成人病にかかり始め、45歳から後の20年間の健康を決定する要因として、楽観度が最も重要である事が分かった。

 いかがでしょうか?物の見方がどうであるかによって、仕事や成功だけでなく、健康や寿命にまで驚くほど大きな影響を及ぼすことが分かります。

 まさに、ものの見方が、人生を変えるのです。

 勘違いしてはいけないことは、この理論では、悲観主義を否定してはいません。むしろ悲観主義は生きていく上では必要です。我々は、天使に囲まれ天国に生きているわけではありません。人生の中では、思わぬ危険や落とし穴が決して少なくなく、注意深さや慎重さも必要です。悲観主義は注意深さの源泉ともなるマインドであり、悲観主義が無ければ、我々は長生きできないでしょう。

 しかし、身の回りに危険があるからと言って、過度に悲観し、引きこもり扉をしめ切って防衛と攻撃に徹するという生き方もいかがなものでしょうか。我々は、そういう心を閉ざした生き方をしたいがために生まれてきたわけではないのです。

 豊かな関係性を築き、心を開いて生き生きと生きられるものならば、危険を乗り越えて、そう生きようと挑戦することもできる。そうした、チャレンジを導くものこそが楽観主義なのだろうと思います。

 人は、断じて欠点だらけの無力な存在ではありません。本気を出せば、途方も無い大きな仕事をやってのけるものです。

 成功への第一歩は、特別なテクニックや能力を身につけることと言うよりはむしろ、自分を信じること、人生や未来の可能性を信じることが最も重要な要素であると言えましょう。

③Be→Do→Haveの原則

 成功哲学において、Be→Do→Haveの原則という考え方があります。

 Beとは、あり方、信念を意味しており、信念やあり方が行動(Do)を決定し、最終的な結果や所有(Have)をもたらすという考え方です。

 ですから、この原則によると「自分にはできる」「自分は成功する」という考え方が、その人の前向きな行動を促し、結果として成功をもたらすのであって、能力や環境といった所有(Have)が、結果をもたらすわけではないということになります。

 逆に、どんなに恵まれた環境を持っていたとしても、「私にはできっこない」「私には力がない」「そんなこと絶対に無理」という考えを持っていたとしたら、たとえそれに挑戦したとしても、行動は腰砕けになりやすく、迫力やねばり強さがないので、困難を克服することができずに、結局当初の信念どおり、不成功に終わってしまうのです。

 考える力は、クリエイティブでパワフルです。皆さんは、普段心の中でどんな事を考えていますか? 皆さんが、心の中ではぐくんでいる出来事が、行動(時)を経て、現実になって現れるのです。もし、心の中の様子が、不安や恐怖、戦いと憎しみにあふれていたら、時を経て現れる現実は、そのようになるでしょう。

 逆に、心の中の様子が、折れない志と夢、調和と感謝に満ちていたら、時を経て現れる現実は、そのようになるでしょう。

 人生は、栄光も悲劇も自分自身で作ることができるのです。あなたは、あなたの人生の主人公であり、王様、王女様なのです。自分の人生の主人として、自分でどのような人生を創りたいかを考え、そのように生きてみませんか。

ポジティブ心理学 2.学習性無力感

①きっかけとなった心理実験

 セリグマンが大学院に入学した時に目撃した大学院の諸先輩方の実験は、3段階で構成されていました。

 まず、第一段階では、”高い音”をならした直後に電気ショックを与えることを繰り返し、犬が、なんでもない音と、不快なショックを結びつけるようにして、後で、犬が音を聞いただけでショックを受けたときと同じように恐れて反応することを学習させると言った条件付けを行ないます。

 第二段階として、犬は、シャトルボックスに入れられます。シャトルボックスは、2区画に仕切られ、間に低い仕切り板があり、犬が望めば、飛び越えることが出来る高さとなっています。第二段階では、シャトルボックスの片側にいる犬に対して、”電気ショックを与えるが、仕切り板を飛び越えて、隣室に入るとショックが止まる”ことを繰り返し、「電気ショックが起これば、仕切りを飛び越え、隣室に入ると、電気ショックから逃れることが出来る」ことを学ばせることが目的です。

 そして第三段階は、電気ショックを与えずに、ブザーがなれば、音だけで仕切りを飛び越えることができるかどうかを試みることが実験企画の全体の内容でした。

 セリグマンが、大学院に進学したそのときに、ちょうどこの実験が行われていたのですが、実は、実験はもくろみの通りに進んでおらず、諸先輩が、困っているところだったのでした。

 第二段階において、犬は、電気ショックを与えても、ただ鼻を鳴らしているだけで、ショックから逃げるために、シャトルを仕切る板を飛び越えようとせずに、ただ座り込んでいたのでした。

 その時、セリグマンは、犬の様子を見て、「父のうつ状態」と似ていると直観しました。彼は、この実験の犬は、どんなに逃げても、この電気ショックからは逃れられないことを理解し、無力感にさいなまれ、うつ状態になったのではないかと思ったのです。

②学習性無力感

 セリグマンのこの直観は、諸先輩からは、「罰と報酬によって学習が生み出されると言う行動主義心理学の考え方とは外れる」「動物は、そんなに高度な精神活動はしていない」と否定的な意見で共感されませんでしたが、彼は、めげずに実験を繰り返し、ついに「動物であっても、自分でコントロールできない避けがたい出来事を多く体験すると、無力感を学習し、無抵抗なうつ状態になる」ことを論文で発表しました。

 この論文は、支配的だった行動主義の考え方に強烈な一撃を加えることになり、当時の心理学会に大反響を与えることになったのです。 犬が体験したうつ状態は、後に「学習性無力感」と呼ばれ、セリグマンの考えは、広く一般に認知される心理学の理論となったのです。

③学習性無力感の教え

 学習性無力感は、ある意味、「”あめとムチ”で他者をコントロールしようとする試みは、決して教育にはつながらず、結局他者をうつ状態にしてしまうことにつながってしまう」ことを証明する理論でもあると言えましょう。

 学習によってうつ状態になるとは、なんと皮肉なことでしょう。

 放っておけば、犬は犬として、人は人として元気に生きているわけですが、教育と称して、アメとムチで操作コントロールしようとすることによって、うつを引き起こしてしまうのです。

 このことは、教育に携わる私たちにとって、とても強い警告をしてくれているような気がします。教育と称して他者を外部からコントロールしようとする試みは、決して教育にはつながらず、むしろ人の自由を奪い、主体性や元気を奪ってしまう。

 人は、外部からの刺激では決して有意義な成長をすることはできません。行動が変わったように思えても、決して心からではなく、怖いから演技や見せかけの振る舞いをしているだけであって、決して人の偉大なる可能性を引き出しているわけではありません。真に重要な変化は、常に内面から起こります。

 腹の底から絶望が解けた時、喜びとともに自己信頼の回復が起こった時、胸にあたたかい愛が流れ込んできたとき、今までは見えなかった圧倒的な輝きを体験した時、 人は本当に変わるのです。

 教育に携わる人は、人の内面にあるこうした成長の力を決して疑うべきではありません。教育と言う名の偽善で人の内なる可能性をつぶしてはいけません。人に対する愛と信頼を失った人に限って、操作やコントロールをしたがる傾向にあることを決して忘れてはいけません。コントロールして矯正したい相手の問題ではなく、そうしたがる自分が問題なのです。

 人は、自分らしく輝いているときには、想像もつかないような大きな仕事をやり遂げる力があるけれども、うつ状態に陥れば、考えられないような失敗や問題行動を起こしてしまう可能性があります。もしそのうつ状態が、人為によってつくられたとしたら、なんて罪深いことでしょう。

 厳罰によって従業員の行動を教育しようとしたJR西日本の尼崎における大事故(2005年4月)は、そのことを象徴しているようにも思えます。

 学習性無力感の理論は、私たちが、自分や人と向き合ったときにどのようなかかわり方をすべきなのかを考えるにあたって、強く気をつけなければならない教訓を示してくれているといえましょう。

ポジティブ心理学 1.ポジティブ心理学が生まれた背景

 ポジティブ心理学とは、人間の”ものの見方、考え方”にスポットを当てる心理学です。

 アメリカの心理学者、マーティンセリグマン博士が提唱し始めた理論であり、私たちの認識の在り方、ものの見方考え方が、私たちのキャリヤや生活、幸福感や健康、生き方や人生そのものに大きな影響を及ぼすと考え、より自分らしく幸せな生き方に向けての具体的な方法を提唱してくれています。人生をより充実した豊かなものにするための方法、ウエルビーングを追求する方法、より自分らしく力強い生き方を促す方法の一つとして、現代心理学の主流の理論の一つとなっています。

 ポジティブ心理学を理解する上で、まずは、セリグマン博士が、なぜ心理学を志し、なぜポジティブ心理学を生み出したのかについての背景から探求してみましょう。なお、以下の文章は、「オプティミストはなぜ成功するか」講談社文庫(マーティン セリグマン著)に基づいて書いております。

1.ポジティブ心理学が生まれた背景

①心理学を志す

 M.セリグマン(アメリカ1943~)は、13歳の時に、父が病気により体が麻痺すると同時に、うつ状態となり、不幸な晩年を送ったことを契機に、父親のような人たちの助けとなりたいと思い、心理学を志すようになりました。

 彼の父は、彼が理想とする父親像にぴったりとマッチするような父親であり、物静かで落ち着いており、公務員として仕事に従事すると同時に、ニューヨーク州の高官選挙に出馬するといった大胆な挑戦を試みる尊敬すべき人物でした。

 しかし、ちょうど選挙への出馬を決心した頃、左半身の感覚が無くなったことを皮切りに、3度にわたる発作を起こし、49歳の若さで、永久の身体麻痺の状態となってしまいました。

 身体の自由を全く奪われた状態へと急激に変化して、彼は、心理的にもうつ状態となり、選挙に出馬しようとする闘志あふれる状態、落ち着いた尊敬すべき人格者であったころの父親と比べると見る影も無いほど絶望しており、みじめな状態になってしまったのです。彼のお父さんは、セリグマン少年の勇気づけや働きかけが功を奏することなく、その後、心身の無力状態が回復せずに、苦悩の中で亡くなりました。

 そのような体験を経て、彼は、お父さんのように絶望の中にいる人の助けになりたいと志し、心理学の道に入っていったのです。

②当時の心理学会の状況

 1964年、セリグマンは、実験心理学を学ぶためにペンシルバニア大学の大学院に進学しました。その頃の、心理学は、”行動主義”と呼ばれる考え方が主流であり、行動主義に基づいたさまざまな理論や実験が展開されていました。

 行動主義とは、「おおよそ、生物は、”刺激→反応”のパターンを観察、計測し分析することで、その行動を説明し、コントロールすることが出来る。」と言う考え方に基づいた心理学の一つの考え方を言います。

 現代では、生命は、そのような単純なものではなく、”刺激→有機的存在→反応”と言う複雑なプロセスを経て主体的かつ個性的な行動をする存在であると言う考え方が主流であり、行動主義心理学は、心や意識を無視し、主体性をないがしろにしているとの理由で批判されることが多いのですが、当時は、一種の暗黙の規範のように、「”行動主義的”な考え方でなければ心理学ではない。」と言えるほどの強い権威を持った考え方だったのです。

 複雑な心の内面を謙虚に研究し、理解を深めようとするのではなく、アメとムチのような刺激を工夫することによって被験者の行動や態度をコントロールしようとする行動主義の考え方は、現在からすると、カルト的な性質があると批判されても仕方のないところがありました。

 当時、行動主義を主導していたワトソンが、幼児のアルバート君に恐怖を人為的に教える心理実験など、現在では人道に反すると批判されることが多い心理学ですが、当時は、心理学会において強烈な権威を持っており、それを是とする者しか心理学者としてキャリアを伸ばすことが困難だったのです。

 そうした、現在では不自然で操作的、侵食的と非難される立場を正当化するように、自分たちの正しさを証明するような心理実験が多数行われています。パブロフの犬は、その代表的なものの一つと言えましょう。

 セリグマンが、進学時に大学院で行われていた実験も、まさにこのような”行動主義心理学”に基づいた実験でした。