権威はあなたの中にこそある

  権威はあなたの中にこそある

あなたは、好きなように人生を選べる。

あなたには、そのような権威が授かっているのだ。

どんなに立派な人であっても

どんなに高貴な本であっても

どんなに荘厳な建物であっても

どんなに高価な黄金であっても

あなたの持つ権威に値するものはない。

外部のまばゆさ、魅力、権力、魔力に惑わされてはいけない。

忘れないでほしい。

権威は、外部のどこかにあるのではなく、

権威は、内面に、あなたの中にこそある。

選択の源、運命の源泉、決定の権威は、あなた自身にあるのだ。

あなたの人生が幸せで輝かしいものであったとしたら、

それはあなたが選んだからだ。

なぜならば、何につけ選んだのはあなただから。

あなたの人生が、苦しく、痛みで満ちあふれていたとしたら、

それはあなたが選んだからだ。

なぜならば、現実に起こる出来事は、あなたがかつて選んだ結果だから。

宇宙の中でたった一つの人生、

長い歴史の中でたった一回の人生、

とてつもなくかけがえがなく大切な人生、

そんな人生をこの上なく幸せで豊かなものにしよう。

そのために必要なことは、あなたが自分の偉大なる権威を引き受けることだ。

自分で考え、自分で選び、人生の与えてくれる全ての体験を喜びとともに味わおう。

あなたには、そのようなたくましく輝かしい生き方ができる。

なぜならば、あなたは、もともとそういう存在なのだから。

仲間とともに

   仲間とともに

自分らしく生きなさい。

決して望んでもいない人生を歩んではいけない。

自分の人生に責任を持ちなさい。

決して自分を犠牲にしたり、不当に虐待したり、見捨ててはいけない。

自分のヴィジョンを生きなさい。

決して他人のヴィジョンに支配されてはいけない。

しかし、充分自分を生きることができているならば、

自分と同様に仲間を大切にした方がよい。

歴史に名を残した最強の勇者たちは、

決して一人だけで偉大な仕事をなしたわけではない。

志を共にする仲間との信頼と友情が、偉大なる成功の基盤となったのである。

私は宣言しよう。

勝者として生き残るのは、百戦錬磨の圧倒的な強さを誇る超人ではなく、

腰が低く、仲間をいたわる、輝ける普通人である。

自分を大切にするように、仲間を気遣い、大切にしなさい。

あたりまえで誰にでもできると馬鹿にせずに、こつこつと実践してみると、

そのうちにあなたは途方も無い宝を手に入れていることが分かるだろう。

Never Give Up

      Never Give Up

あなたは、窮地にいるかもしれない。

自ら招いてしまったこととはいえ、こんな苦痛は望んでいなかった。

あらゆる手は尽くしたが、事態は改善しなかった。

むしろ悪いことは重なり、次から次へと試練は私を襲ってきた。

もはや、手は尽き、気力は萎え、友は去り、お金もなくなった。

私は孤独であり、望みはなく、暗く惨めであり、もはや誰にもこんな私を見られたくない。

あなたは、絶望の中でひざを抱え、途方にくれる。

もはや、悲劇はきわまり、万策は尽きてしまったのか…

しかし、夜明け前が一番暗いことを忘れてはいけない。

一番苦痛に満ちている瞬間が、一番の幸福への始まりの瞬間なのだ。

この世に乗り越えられない苦難などないことを忘れてはいけない。

苦難は、乗り越えられるからこそあなたの前に提供された人生の教材なのだ。

あなたは、断じて孤独で見捨てられた放浪者ではない。

どんなときもあなたを応援している心強い味方が、

いつもあなたを見守っていることを宣言しよう。

太陽が、風が、木や花が、犬や猫が、父や母の思いが、

目には見えないあなたを心配する人の愛が、

まさにあなたを見守り、心から応援しているのだ。

 

あなたは、断じて無力ではない。

あなたの中には、いまは全く想像ができない奇跡がまどろんでいる。

ひまわりの種を見て、見事なひまわりの花を想像できる人がいるだろうか。

しかし、人の目論見とは別に、ひまわりの種は、奇跡を起こし、見事な花になるのである。

Never Give Up! 決してあきらめてはいけない。

勝利の女神は、海を埋め尽くすほどの敗北のあとにやってくるのだ!

奇跡は、今ここで起こる。さあ、奇跡への第一歩を踏み出そう。

自分を見つめるということ

   自分を見つめるということ

自分から逃げてはいけない。

今の自分がたとえ完全でなくとも、

今の自分がたとえ醜く愛するに値しない存在に思えても、

今の自分がたとえみすぼらしく力ない弱虫に見えても、

それは、この広い世界の中でたった一つの存在、

それは、この長い宇宙の中でたった一回の存在、

それは、とてつもなくかけがえのない存在なのだ。

 

不思議に思ったことはないだろうか?

知らないうちに食べたものが消化されることを、

知らないうちに呼吸をしていることを、

そうしようとしなくとも血液は循環するということを、

それほど努力しなくともそうしたいときに手や足が動くことを、

ごく自然に言葉を話せることを、

 

毎日太陽が照ることを、

毎日夜がやってくることを、

輝かしい夏、さびしい秋、凍りつく冬、再生の春がめぐってくることを、

そうしようとするときに出会える他者がいつでもいることを、

話し合えることを、

けんかしあえることを、

憎み会えることを、

人と関わるまいと決意できることを、

意思に反して人恋しくなることを、

恋の気持ちがこんなに激しいことを、

こんなに人を愛することが出来ることを、

 

私たちは、私たちが思っているほど愛されていないわけではない。

私たちは私たちがそれをどう感じるかは別として、驚くほど環境に恵まれている。

環境は、何も言わず、何も求めず、何も見返りを期待しないけれども、

ただひっそりと淡々と私たちにプレゼント(現在)を提供してくれている。

そう、私たちは、驚くほど愛されているのかもしれない。

そう、私たちは、驚くほど毎日いつでも応援されているのかもしれない。

そう、環境は、私以上に私を愛してくれているのかもしれない。

そんな私を見捨ててはいけない。

そんな私を虐待してはいけない。

この上なく優しい言葉で自分をいたわってあげよう。

この上なく暖かい手で自分を抱きしめてあげよう

あなたには、自分らしく輝いて生きるための十分な力がまどろんでいる。

あなたには、自分を大切にする責任がある。

自分に自信がないからと言って他を頼りにしてはいけない。

自分を灯明としなさい。

逃げずに自分を見つめ、ありのままを観察しなさい。

醜さ、嫌悪にひるんではいけない。

目をそらさずに淡々と観察していきなさい。

その背景に、深い悲しさと愛があふれていることに気づくだろう。

自分のありのままを観察していったとき、

人は、きっと本当の自分と出会うだろう。

そして、本当の自分は、途方もないほどすばらしいことに気づくだろう。

自分のすばらしさに気づいたとき、

人は、喜びに涙して後、自分となり、

自分らしく勇気をもって生きるだろう。

肩の力を抜いてごらん

     肩の力を抜いてごらん

まずは肩の力を抜きなさい。

リラックスは、最強最善のスキルである。

リラックスは、決してだらしなく無防備なことではない。

それは自分自身に対する深い信頼と可能性への確信がもたらす自分の本当の力である。

あなたの最強の力は、訓練の果ての遠い未来にあるのではない。

あなたの最強の力は、今ここにある。

力まずに、怖がらずに、心配せずに、疑わずに、

対策を練らずに、ごまかさずに、うそをつかずに、

静かに今ここに耳を傾けることができたとき、本当のあなたが輝きだす。

そう、本当のあなたは、まばゆいばかりの輝きである。

そう、本当のあなたは、全てを聴き、理解するやさしさである。

絶望をすてて、肩の力を抜けば、本当の出会いがあなたを貫くだろう。

メッセージ

メッセージ

自分を権威として生きなさい。 なぜなら、あなたは本当に権威だから。

自分の力を信じて生きなさい。 なぜなら、あなたは本当に力だから。

自分の優しさを信じて生きなさい。 なぜなら、あなたは本当に優しさだから。

自分の勇気を信じて生きなさい。 なぜなら、あなたは本当に勇者だから。

自分を愛して生きなさい。 なぜなら、あなたは愛そのものだから。

奇跡を信じて生きなさい。 なぜなら、あなたは奇跡そのものだから。

自分の知恵を信じなさい。 なぜなら、あなたは本当に叡智だから。

自分の希望を信じなさい。 なぜなら、あなたは希望そのものだから。

自分の可能性を信じなさい。 なぜなら、あなたは可能性のみなもとだから。

自分の未来を信じなさい。 なぜなら、あなたこそが未来の創造主だから。

 

もともと、あなたの威厳は、山よりも高く、心は、空よりも広く、愛は、海よりも深い。

あなたは、断じて、欠点だらけの力ない存在ではない。

あなたは、想像を越える豊かで充分な才能と力量に恵まれている。

あなたは、奇跡的なほど魅力的で個性的で創造性に満ちている。

しっかり目を見開いて、ありのままの自分を見つめればそれがわかるはずだ。

なぜなら、あなたは、そういう存在だから。

中学校での講座の感想文

 先日、横浜のW中学校で、「自信と誇りの重要性」をテーマに講演会を実施したのですが、その際に聴講してくれた学生たちから、感想文が届きました。中学生にとって長時間の話でもあり、かつ、内容も難しいので、この企画を頂いた当初は、どうなる事かと心配もしていたのですが、感想を読ませていただくと、私どものメッセージを子どもたちはしっかりと受け止めて、自分自身に生かしてくれているようで、とっても嬉しく、感動いたしました。
 とっても感動したので、その中のいくつかの感想をご紹介したいと思います。

中学3年生 Tさん(女性)
まず、先にすべてをひっくるめて、お礼を言わせてください。
ありがとうございました。
手塚さんのおかげで、自分の中で欠けているものを思い出せたような気がします。
話を聞いている中で、たくさん心に響くものがありました。
特に一番心に残ったのが「自分を愛さずに人を愛せるか」という言葉で。聞いた瞬間、自分の前に立ちはだかり、たくさん悩まされました。「ああそうかもしれない」とか「違う、そんなわけない」と思いがぐしゃぐしゃにこんがらがって、話を最後まで聞けないかもしれないと不安になりましたが、内容を聞いて考えるうちに、題名どおり、自信と誇りの大切さがものすごくよくわかりました。
この知識を生活に、特に自分の精神につなげられたらいいなと思います。
本当にいいお話でした。お忙しいなか本当にありがとうございました。

3年M君(男性)
かがやいてやるぞ~!!
ためになる講習をどーも
ありがとう?

3年I君(男性)
今まで自分のイメージ、自分で自分のことをどう思っているかなんてどうでもいいと思っていたけれど、それが自分の方向性というものを決めているということをネズミの話などでとてもわかりやすく説明してくれたので、少し前向きな考え方ができるようになったような気がします。今までに考えたこともなかったような話が聞けてよかったです。ありがとうございました。

2年Mさん(女性)
最初あまり期待せず、「どうせつまらないものなんだろう」と思ってたけど、いざ話を聞くと、興味ある話や初めて知ったことがたくさんあって面白かったです。
話を聞いて100%自信を持てたわけじゃないけど、前よりやもてたような気がしました。
先生ありがとうございました。

3年Aさん(女性)
「前向きに明るく楽しく生きていけたら、人生は楽しくなる。」
っていうのは本当なんだなーって感心しました。
私は、あまり自分に自信を持っていないので、これから何かに挑戦するときは、「私ならできる。」と自信を持とうと思いました。
今回の講演は、自分に自信を持つ大切さを教えてもらいました。
なので、ポジティブに明るく元気よく毎日過ごすことが私の目標となりました。
私は、この講演会に参加できて、とてもうれしかったです。
本当にありがとうございました!

W中学校の生徒の皆さん、素敵な感想文を本当にありがとう。私も、中学校での講演は初めてでしたが、こうした感想を頂けると、本当にやってよかったと思っています。
本当にありがとうございました。

3月13日に、山梨のY高校で、全校生徒を対象に、今回同様「自信と誇りの重要性」と題して講演会を行う予定です。このようなチャンスを頂いて、子どもたちに、私たちの大切にしているメッセージを送れることは大変光栄なこと、さまざまな問題がある学校教育に、このような形で少しでも貢献できればと願っております。
このW中学校の感想文で、私どもも勇気と元気を頂きました。来月の山梨の高校でも頑張ってまいりたいと思います。

GMを巡って‐2

(GMを巡ってー1からの続き)
「現場で働く従業員は、単なる労働者ではなく、自ら考え、改善をする力と可能性を持った存在であり、その力を引き出すことこそ経営の重要課題」とのドラッカーの提言によって企画されたGMの職場改善プログラムでしたが、全米自動車労組(UAW)の反対によって頓挫してしまいます。UAWの反対理由は、「経営者が管理し、労働者が働く。労働者に対して管理者としての責任まで負わせると言うことは、労働者に大きな負担をもたらす」と言う理由だったそうです。

GMのコンサルタントとして一生懸命に働き、結果的に、「現場には大きな力と可能性があること」「意思決定は現場に近いほうが速く的確であること」「権限を下の階層にどんどん委譲して権力を分権化することが経営効率を高めること」「現場の労働者は、決してお金のためだけに働いているわけではなく、自ら責任を持っていい仕事をしたいと望んでいること」「だからこそ、現場の労働者の可能性や力を引き出す施策が必要であること」などの提言をしたドラッカーでしたが、GMの経営陣にその提案は拒絶され、敵視されただけでなく、当時の労働組合からも否定されてしまいました。

しかし、そのようなドラッカーの提言は、当のGMには拒絶されましたが、世界の心ある企業に強烈なインパクトを与えたのでした。当時、経営的に窮地に追い込まれていたフォードは、経営再建の教科書として、ドラッカーの『会社と言う概念』を指定し、見事に回復を遂げました。また、同様に経営不振に陥っていたGE(ゼネラルエレクトリック)も『会社と言う概念』を教科書として、ドラッカーとコンサルタント契約をして見事に経営を立て直します。さらに、GEは、ドラッカーの指導の下、ジャックウエルチがCEOとなり、奇跡的な成長を遂げて世界最強の企業となったのです。
また、労働組合から否定された職場の意識調査をもとにした「職場改善プログラム」のアイデアは、実は、トヨタ自動車に持ち込まれることになったのです。当時のトヨタ自動車は、激しい労働争議に巻き込まれて、創業者の豊田喜一郎が社長辞任に追い込まれるといった苦境にあり、その突破口として、このアイデアを持ち帰ったのです。
トヨタ自動車は、この資料や考え方をもとにして、同社の終身雇用や労務管理、労使協調政策といった施策となって生きたのでした。

こうしてみると、現在、ドラッカーの人間性に基づく提言を拒絶したGMが経営上の苦境に立たされて、それを受け入れたGEやトヨタ自動車が見事な成長を遂げたことは、運命の不思議、歴史の妙といえましょう。

日産ルノーグループとの提携が検討されているGMですが、ここで、勇気を持って、次世代を見越した、大いなる将来のヴィジョンに基づいた意思決定をしてほしいものだと思います。その決定のいかんによっては、今はまったく創造もできないような成功が将来待ち受けているかもしれません。
世界を代表する企業、組織がどう変わっていくのか?その動向は、きっと様々なところに影響を与えるのではないかと思いますが、願わくば、人に対して、より信頼のできる暖かい、前向きな方向に向かって代わっていってほしいと願った次第です。

<参考文献> 「ドラッカー20世紀を生きて」P.ドラッカー著 日本経済新聞社

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GMを巡って―1

GMを巡って―1

GMが、今週中にも日産ルノーグループとの提携に何らかの決定を下す見通しです。
ことの起こりは、GMの最近の業績の低迷にしびれを切らした大株主である米著名投資家カーク・カーコリアン氏らが、カルロス・ゴーン日産社長と面会し、GMと日産ルノーの提携を話し合ったことに端を発しております。
GMの会長リチャード・ワゴナー氏はじめ、経営陣は、この提携案に全面的に賛成をしているわけではありませんが、株主の意見に対して、むげに断るわけにもいかず、かと言って、代替案を経営陣として出さない限り、株価の更なる下落を招きかねないこともあり、態度を保留している状況で、最終的な意思決定は、今週になる見通しなのです。

GM(ゼネラルモータース)は、1908年に創業の世界最大の自動車メーカーであり、シボレーからキャデラックまで名だたる名車、ブランドを生み出してきた米国の名門企業です。
GMは、私が尊敬するピータードラッカーが始めてコンサルタントとして関わったところでもあります。
1943年、当時一世を風靡していたGMは、若きドラッカーに会社を内部から調査して、その現状と課題、将来の可能性と方向性についてまとめるようコンサルティングを依頼したのでした。当時のGMは、GM中興の祖と言われ、後に経営の名著と言われる”GMとともに”を書いたアルフレッド・スローンの引退を間近に控え、世代交代に向けて今までの経営や組織の見直しを図ろうとしていたのです。
ドラッカーは、ほぼ3年間に渡り調査と診断を進め、最終的に1946年『会社と言う概念』という本にまとめて刊行しました。
『会社と言う概念』は、現代でも通用する経営の名著であり、実質マネジメントと言う言葉を世界に広めた初めての本といえます。ところが、当時のGMは、この本の中で主張されている”分権化と権限委譲の方針”や”マネジメントを変えていく必要性”などの提言を受け入れることができずに、GMの中では、この『会社と言う概念』は「左翼からの敵対的な攻撃」と認識され、敵視されてしまうことになります。
また、ドラッカーは、そのような非難や敵視にもめげずに、更なる大規模なアメリカ産業史上初めての従業員意識調査を実施します。
ドラッカーは、会社と言う概念の中で、「責任ある労働者」という考え方を提唱しました。従来は、単なる生産手段、機械の一部とみなされていた労働者に対して、ドラッカーは、単に管理者に指示されるだけの存在ではなく、自ら問題を発見し、解決を図る力を持った責任ある存在であると認識し、そのような労働者を育成していくことが重要な経営課題のひとつであることを主張していましたが、GMの中でもスローンの後任であるチャールズ・ウイルソンが、この考えに共鳴し、「責任ある労働者」が運営する自治的な「工場共同体」を作るための施策としてこの意識調査を実施したのです。
調査の方法は、「私の仕事と私がそれを気に入っている理由」と題した作文コンテストであり、従業員が会社や上司、仕事に何を求めているかについて理解することが目的でした。
その調査によって、膨大な情報を得ることができたのですが、集計した結果、分ったことは、「従業員が欲しているのは金だけ」という通説は単なる思い込み、的外れであり、従業員が求めているものは、「会社や製品との一体感、仕事の責任」であることが分ったのでした。
この調査を受けて、ウイルソンは、現在の「QC(品質管理)サークル」である「職場改善プログラム」を実施しようとしたのでした。
しかし、この素晴らしいドラッカーの提言、アイデアも、今度は、全国自動車労組(UWA)の反対によって頓挫することになってしまうのです。

<参考文献> 「ドラッカー20世紀を生きて」P.ドラッカー著 日本経済新聞社

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GMを巡って―2

 

 

ICという働き方

日本能率協会の月刊誌「人材教育」の5月号で、ICという働き方が特集されていました。
 ICとは、Independent Contractorの頭文字をとったものであり、高い専門性を背景として、雇われることなく、自立的に企業と契約し、働く専門家を言うそうです。
 特集の中で、もう少し詳しくICの説明がなされており、その特徴をおおまかに5つに分けて説明されていました。(所由紀氏による分類)

1.雇われず、雇わない
 正規、非正規に関わらず、企業と雇用関係を結んでいないので、社員でもパートでもなく、また、独立しているからと言って、従業員を雇わないので、企業家とも異なっている。
 ICの中には、個人事業者としてではなく、法人成りして、代表取締役となっている人もいますが、従業員を雇って規模を大きくしようとする志向が弱いので、肩書きが経営者であっても起業家とは異なるタイプである。

2.複数の企業(クライアント)の仕事をする
 通常ICは、1社専属と言うよりは、同時に複数のクライアントの業務を行っている。
 複数のクライアントで仕事をするメリットとして、さまざまな組織を見ることにより、視野が広がり、スキルを高めることができるので、結果的にクライアントへのサービスのクオリティが高まることであり、逆に、デメリットとしては、企業サイドにとって、情報漏えいのリスクが高まることと言える。

3.専門性が膨張し続ける
 ICは、高い専門スキルや知識を持って仕事に当たっており、その専門性は、業務を通してどんどん進化していく。勉強してから新しい案件に取り組むと言うよりは、勉強しならがその案件に関する最善な結果を出すという行動特性を持っている。そのような業務を通して、専門性を深く探求するだけでなく、幅広く関わるさまざまなスキルや知識を身につけていくことになる。

4.自立している
 経済的、かつ精神的に自立していると言うこと。誰かの指示を待って、誰かの命令によって動くのではなく、主体的に、自分のコントロールセンターに基づいて仕事をしていくのがICである。

5.究極のカスタマイザーである
 ICは、特定の組織に属していないので、特定の組織の商品やルールに従う必要がないので、まったく顧客本意に顧客のニーズに応じて柔軟に対応し、最善のカスタマイズをすることができる。
 また、組織に縛られていないので、小回りが利き、対応のスピードも格段に早くなる。

 以上が、ICの特徴とのことです。こうしてみると、私は、まさにこのICであるように思えます。自由であり、主体的であり、好きなことを仕事とすることができるこのICと言う働き方、私は結構気に入っております。私は、以前から、私のような仕事は、組織に束縛されること無く、自らの技能で自由に生きた、いにしえの忍者の生き方のようだと思っていましたが、なるほと、ICと言われるとなんとなくそちらのほうがしっくりとくるような気がします。こうした名前ができるということは、こうしたスタイルの仕事をしている人が増えているということ、仲間が増えるということは、うれしいことです。
リスキーであり安定性にかけるワークスタイルではありますが、逆に言えば、毎日がスリリングでわくわくする生き方ができるということ、悩ましいこともいろいろあるけれども、可能性を信じて楽しく頑張っていこうと改めて思った次第です。