8.私のTグループ体験
Tグループは、構造はとってもシンプルですが、その中で起こるドラマ、気づき、学びの深さと価値の高さなど、なかなか言葉では表現しづらい非常に印象的なプログラムとなることが多い方法です。ここでは、Tグループの実際をご理解いただくひとつの参考として、私自身が体験したTグループの体験を記して行きたいと思います。あくまでも個人の体験で、一般論ではありませんが、Tグループの特徴と効果を知る手がかりとしていただければ幸いです。
実は、私は、もともとは人嫌いであり、どちらかと言うと引きこもりがちな性格でした。
「自分は、本性がばれたらきっと嫌われる」「人は、意地悪でいやなやつだ」「弱肉強食の世の中、人間関係の本質は戦いである」…
自分の本性がどんなことかも分からずに、そのような考えを心の奥深くに秘めながら、本音を隠して演技をし、強がりながら生きていたように思います。
そのような私でも、さまざまな体験を経て、心に深く根ざしていた呪いともいえるネガティブな信念が融け、少しずつ生きやすく、楽になってきたように思えます。
きっかけとなった出来事や人とのご縁、気づきは、たくさんあり、どれも大切な宝物なのですが、決定的だった体験の一つが、まさにTグループでした。
私が受けたTグループは、南山短期大学人間関係研究センターの主催するプログラムであり、1990年の夏に木曾御嶽山のふもとの大自然の中にある研修所で、5泊6日にわたって実施されました。ファシリテーターは、南山短期大学の山口真人先生他1名、参加者は、ファシリテーターやスタッフも含めて10名でした。
初日の第一回目のTセッションの際、ファシリテーターから全体のねらいと方法論がざっくりと説明されたあと、「では始めましょう」と放り出されるように開始してから、誰も何も話さず、身じろぎ一つできないような沈黙がしばらく続きました。沈黙の中で、何ともいえない不安感と恐怖を感じていたことを良く覚えています。最初のうちは、そのような懸念は、私だけではなくメンバー全員が感じていたようで、緊張しており、固くぎこちない不器用で手探りの対話が途切れ途切れでなされていました。
しかし、回を重ねていくうちに、次第に肩の力が抜け始め、落ち着いて自分の心や場に関心を向けることができるようになっていきます。それと同時に、話す話題や内容は、”今ここ”で感じていることなので、自分の内面で体験している出来事と、他のメンバー同士で話されている内容が一致するようになってきて、その場で起こっていることが、誤解無く、とても良くわかるようになってきます。
そのような状況になってからでしょうか、突如私は、「私は、今ここで、何も演技をしていないし、うそをついていない」ことに気づいたのです。今までは、「何かうそをついたり演技をしたりしないと、本当の自分がばれて、嫌われてしまう」という不思議な思い込みがあり、全くの無防備で警戒の無い本音で素の自分を出すことなど、人前ではありえなかったのですが、そのときは、何の意図も無く、何の構えも無く、自然に素の状態でいる自分を発見したのです。
ささやかなことかもしれませんが、私にとっては人生がひっくり返るような出来事でした。なぜなら、素のままの自分は、嫌なやつではなかったし、メンバーからも受け入れてもらっており、そのメンバーの気持ちにうそが無いことが本当に分かったからです。
何と、自然でありのままでいる自分は、決して捨てたものではなかったのです。
そのような気づきが起こった時、私の心の中で、暖かい感動が起こり、とってもうれしく、元気が湧き起こってくるのを実感したのです。
その回をきっかけに、私のTセッションは、とっても自由で開放的で基本的には恐怖や不安を感じない、信頼のおける楽しい場に変わっていきました。
そうこうしているうちに、不思議な体験もするようになりました。
研修も終盤になった頃、あるセッションで、それまで活発だったメンバー同士の対話が、ピタッと止まったことがありました。その後も、誰も何も話さない沈黙が続いたのです。ただ、Tグループ当初に起こった長い沈黙の緊張感や不安感とは別に、何かこう安心できる、やさしい何かに包まれて、このままでいいんだという思いがやってきたとき、どこからともなく笑い声が立ち上がり、みんな楽しそうにこの状況を笑い楽しんだのです。
私もみなと同じく、誰も何も面白い話をしていないのに、楽しく、同じように笑って全員の楽しんでいる様子を眺めていました。
その時、ある女性メンバーの笑顔を見た時、私の胸の中に、楽しい感情とは別の何かの感情が流れ込んできてその気持ちで胸がいっぱいになったのです。
最初は、その気持ちが何なのかが分からずに、「この気持ちは、なんだっけ?」と注目すると、「さびしいって気持ちだ!」と気づきました。「こんなにみんな楽しい雰囲気の中で、しかも彼女も笑ってるし、単なる勘違いだよ。」という考えが起こりましたが、その刹那「○○さん、さびしそうだね」と発言してしまいました。
私の発言の後で、チーム全員が楽しい雰囲気に水を差されたようにシーンとなってしまいました。言ってしまった後で、「何てこと口走ってしまったんだろう!」「何の根拠もないのに、単にそう勘違いしただけなのに!」。「そんなことないですよ、なんでそう思ったのですか?」って聞かれるだろうし、「この始末どうしよう・・・」などと、とても窮地に追い込まれたような気持になったことを良く覚えています。
しかし、しばしの沈黙の後で、私が名指したメンバーは、「わかりました?実は、私だけ浮いているような気がして、とても寂しかったんです。」と発言したのです。
私はとても驚きました。「そんなことない」と言われると確信していたので、彼女が本当にそういう気持ちになっていたことを知って、本当に驚いたのです。
なんと、私が胸で感じた寂しさは、勘違いではなく本当のことだったのです。
この体験は、言葉で言うと「人の気持ちが分かる」という何ともそっけない言葉になるのですが、そのときの私の心境は、衝撃的でした。人の気持ちが本当に共感できるものであることを生まれて初めて知ることができたのです。まさに、豊かな社会的感受性と言えるのでしょうか、Tグループのめざすテーマを体感した瞬間でもありました。
また、何よりも驚いたのは、そのような状況になったとき、人間関係は、戦いではなく、暖かく優しくやわらかく私を包み込んでくれるものであり、つまらなくうっとうしくわずらわしいものではなく、躍動的で生き生きとしており、この上なく興味深く、私に生きる元気を与えてくれる尊いものであると実感したことでした。
これは、今まで私の生き方をある意味規定していた否定的な信念とは完全に相容れない体験であり、世界観がひっくり返る危険な体験でもありましたが、しかし、私は、そのような信念よりも、今感じている喜びや実感のほうが、絶対的に真実に近いことを直観しておりました。理由は分かりませんが、何か、本当のこと、人間関係の真相に触れることができたと言う確信が起こり、私の心の奥深くで、世界が変わったのです。
そのような体験を経て、私自身は、現在は、コンサルタント会社を立ち上げ、ラボラトリーメソッドによる気づきや学びを支援する教育をライフワークとしています。ですから、Tグループでの体験は、今の私の原点のひとつでもあり、私の人生を導いてくれた、とても大切で価値あるものだと言えるのです。
【体験学習とは シリーズ】
1.体験学習とは
3.体験学習の効果
4.体験学習の原点
5.Tグループの誕生
7.Tグループの実際