勇者と暴君

   勇者

勇者は、本当に自分が生きたい人生を生きる。

勇者は、自分の本当の気持ちを良く知り、それを実行する。

自分の本当の感情や思考を愛し、信じているので、それをごまかしたり、拒否したりする必要はなく

ありのままに生きるので、その言葉も行動も人生も、力に満ち輝いたものとなる。

 

彼(彼女)は、りきみがなく、柔軟性に富んでおり、その反応は自然である。

彼(彼女)は、ワンパターンでプログラミングされているやり方で反応したり、「こうあるべきだ」と思込んでいる枠組みで答えを出したりしない。

彼(彼女)は、現実のありのままの自分の反応を愛し、そして表現するのである。

彼(彼女)は、自分の選ぶ道が、勝利の栄光につながっている事を確信している。

数知れない苦難や障害は、大いなる冒険につきものの乗り越えられるべき課題であり、その事で絶望するなどとは夢にも思わないのである。

従って、彼(彼女)は、勇気をもって危険に立ち向かっていく。

時には、失敗し、希望が見えない窮地に追い込まれるかもしれないが、決してあきらめたりくじけたりする事はない。

勇者は、障害や苦痛、痛みや絶望が、自分の成長のためにあることを知っている。

その不幸にとらわれて、復讐を試みたり、自分を罰したり、人の同情をかったりすることの無意味さを良く知っており、また、それは、道草であり、時間の無駄使いであり、あい路へと向かう甘い誘惑である事を知っている。

彼(彼女)は、「勝利の女神は、多くの苦難と無数の敗北の後にやってくる」ことを知っているのである。

 

勇者は、大いに笑い、そして素直に楽しむ。

自分の仕事や遊び、食事や生活、仲間との語らい、家族とのふれあい、自然のありさまや自分の創造作品を心から楽しむ事ができる。

また、彼(彼女)は、人との間に、基本的にオープンな関係を築く。

他者に対して、率直で正直であり、また、よく聴く心を持っている。

彼(彼女)は、相手が自分をどう認識しようが、まったく相手の自由であり、それをコントロールする事は本質的にできない事を知っている。

だから、ふりをしたり、うそをついたり、他者を支配しようとはしない。

相手の自由を心から受け入れ許すことができるのである。

勇者は、”今ここ”に集中しており、自分や家族、仲間や世間の出来事に深い関心を持っている。

“今ここ”で起こっている出来事のすべてを、嫌いだからと言って拒絶することなく、ありのままに観察し理解しているので、より良くしていくために打つ手は適切である。

勇者は、強い意志をもって自分や、自分の関わるすべてをよりよくしていこうと努力している。

彼(彼女)は、まさに自分の最善を尽くして愛するもののために戦う勇者なのである。

 

 

   暴君

暴君は、自分を”犠牲の子羊”であるかのように思っている。

「自分は無力であり、運が悪く、嫌われており、望みはなく、見捨てられており、死んだ方がいい」と思い込んでいる。

暴君は、自分に対する最悪の呪文を真実であると確信している。

“負け犬、罪人、みにくい、疲れきっている、死にそうだ、犠牲者、できそこない、…”

暴君は、このような言葉で、自分を投獄する檻をつくり、自分の勇気をくじき、自分をのろい、結果的に自分自身に不幸をもたらしている事に気づいていないのである。

暴君は、”苦難”が”栄光に向かうステップ”である事を忘れている。

彼(彼女)にとっての人生の目的は、”苦難に対する復讐”であり、”苦難を受けて当然であるといった自分や他人の罪深さの証明”であり、”蓄積した悲しみや怒りや憎しみの表現”である。

彼(彼女)は、終わってしまった苦悩にこだわり、過ぎ去ってしまった過去にとどまり、そこから一歩も進もうとはしない。

過去の悲劇を憎み憎悪しているにもかかわらず、過去の悲劇が彼(彼女)の人生の基盤になってしまっている。

まさに暴君は、悲劇に依存しているのである。

 

暴君は、”過去”に生きる。

彼(彼女)にとっての過去は、不幸ではあるが、危険のない居心地の良いすみかである。

そこにいれば、自分は犠牲者で悪者ではなく、自分の責任も限られており、起こる出来事も決まっているのでリスクが少なく安心していられる。

暴君は、”恐怖の未来”にも生きる。

暴君は、決して未来を信じる事はない。

彼(彼女)にとって未来は、不幸であった過去の焼き直しであり、それ以外の幸福のイメージは見えないし、見ようとしない。

また、例え大きな夢をもっていたとしても、それは、単なる過去の不幸の反動であり、それは本音の志ではないし、その実現を全く信じてはいない。

だから、暴君のビジョンは、「ひどい不幸にならないこと」であり、人生の目的は、「恐怖や不安から逃れる事」になる。

彼(彼女)の心は、心配と不安でいつも圧倒されているのだ。

病気になったらどうしよう、傷ついたらどうしよう、攻撃されたらどうしよう、

交通事故にあうかもしれない、会社をリストラされたら、見捨てられたらどうしよう…、

暴君の心は、希望の光が差し込む余地が無いほどに恐怖の亡者で満たされており、

結果として、変化を好まずに、チャンスを逃し、古い悲劇を反復するだけの人生を生きる事になるのである。

暴君の不安や恐怖は、現在をもゆがめる。

怖がり、萎縮しているので”今ここで”のありのままの出来事をじっくりとおちついて味わい、観察する事ができない。

蝶が飛ぶ美しい花畑にいても、病気のことで頭がいっぱいであり、素晴らしい香りに気づくことはない。

仲間と一緒にいても、仕事の不安に気をとられて、友達からの友情や愛に気づくことはない。

彼(彼女)は、あせっており、現実をゆがめて解釈し、打つ手のタイミングも対策も的はずれで強引なものになってしまうのだ。

暴君は、このような自分の内面に満足してないし、自信もないので、人に対して決して内面をさらすことはない。

彼(彼女)は、演技をしたり、ふりをしたり、仮面をかぶったりして人と操作的に関わる。

彼(彼女)は、自分の不幸な体験を巧妙に利用する。

「こんなに不幸なのだから同情される権利がある。」

「こんなにひどく傷つけられたのだから、やり返してもかまわない。」

「こんなに運が悪いのだから、勝利するはずはなく、またしなくてもいい。」

など、たくみに人をコントロールしたり、自分の暴力を合理化したり、責任を回避することに自分の自己イメージを利用するのだ。

暴君は、分かり合い、愛し、愛される暖かい関係を築き上げる事が苦手である。

彼(彼女)は、根強い不信感と敵意を手放す事ができないので、信頼や愛を体験した事もなければ、それを求めようともしない。

その代わりに自分の期待通りに人を巧みに操作しようと務め、また、相手の期待にそうように卑屈な奴隷となる。

結果として彼(彼女)のユニークさや潜在能力は発揮されず、その才能は開花する事はない。

逃げ惑い、自ら固く閉ざした扉で光が差し込む事はない。

こうして、暴君は、本来そうではなかった全く不本意な悲劇の人生を歩むことになるのである。

 

 

  自分を生きる勇者となるために

人生における困難、みじめな敗北、胸をふさぐ悲劇、など、

人生に訪れる事実は目を覆うばかりの出来事であることが少なくない。

しかし、この世に乗り越えられない苦難はないことを忘れてはいけない。

人の中には、人が想像する以上の途方も無い程の力がまどろんでいる。

その力を解放するキーワードは”勇気”である。

 

自分らしく輝いて生きるためには勇気がいる。

・安心できる過去の習慣から抜け出し、新しい未知の可能性に踏み出していく勇気

・他の人々と直接的に正直に関わる勇気・集団の力に対抗してでも自分の確信を選ぶ勇気

そして、もっとも大切な勇気は、”いまここ”の真実の自分を信頼し、自分にうそをつかずに、誘惑と危険に怯むことなく、真実の自分を生き抜く勇気である。

 

人には、勇者として生きるに値する途方もない可能性が眠っている。

人は、大いなるヴィジョンに向けて、肩の力を抜き、自分らしく勇気を持って生き抜こうとしたときには、想像を絶するほどの偉大なる力が発揮されるだろう。

新しい船出は、必ずしも安全が保障されているわけではない。

しかし、変化を恐れず、自分を信じて一歩踏み出せば、必ずや道は開ける。

そのときにはじめて気づくであろう、自分がもともと勇者であったことを。

いまここにあるということ

  いまここにあるということ

“今ここ”は、芸術作品だ。

それは、数多くの人の願いを種として、

数多くの人の工夫と知恵を集め、数多くの人の汗と祈りを経てこの世に姿を現した。

それはまさに数多くの人々の努力の結晶であり、あなたへの尊いプレゼントなのだ。

“今ここ”を楽しみなさい。

それは、あなたの関心にこたえてくれるだろう。

そこには汲みつくせないほどの喜びが眠っているはずだ。

もし楽しめないとしたら、あなたがよく観察してないからだ。

静かに穏やかに体験してみれば、その奥行きと深さと広さが分かるだろう。

“今ここ”を祝福しなさい。

それは、あなたの敬意にこたえてくれるだろう。

そこには途方も無いほどの可能性が眠っているはずだ。

もし祝福できないとしたら、どこをどう変えたいのかを考えなさい。

あなたの知恵が加わって、”今ここ”はさらに輝きを増すだろう。

“今ここ”を愛しなさい。

それは、あなたの愛にこたえてくれるだろう。

欠点もあり完璧とは思えないところもあるかもしれないが、

決して抵抗したり、逆らってはいけない。

どんなに受け入れがたくとも、起こってしまった後では遅すぎるのだ。

どのような出来事であっても、この時点では、できる限りの努力の結晶であり、

理由がないこと、無駄で意味のないことは何一つないのだ。

あなたが嫌わずに許し、受け入れていけば、

それは、あなた自身の栄光を身にまとうことになるだろう。

“今ここ”を創造しなさい。

それは、あなたの情熱にこたえてくれるだろう。

あなたの信念と熱い思いは、必ずや結晶化して

未来というすばらしい作品を生み出すはずだ。

もし、アイデアが起こらないとしたら、

あなたが不注意でぼんやりとしており、せっかくのヒントを取り逃がしているからだ。

“今ここ”との絆は、あなたの中のあふれんばかりの創造性を解き放つだろう。

権威はあなたの中にこそある

  権威はあなたの中にこそある

あなたは、好きなように人生を選べる。

あなたには、そのような権威が授かっているのだ。

どんなに立派な人であっても

どんなに高貴な本であっても

どんなに荘厳な建物であっても

どんなに高価な黄金であっても

あなたの持つ権威に値するものはない。

外部のまばゆさ、魅力、権力、魔力に惑わされてはいけない。

忘れないでほしい。

権威は、外部のどこかにあるのではなく、

権威は、内面に、あなたの中にこそある。

選択の源、運命の源泉、決定の権威は、あなた自身にあるのだ。

あなたの人生が幸せで輝かしいものであったとしたら、

それはあなたが選んだからだ。

なぜならば、何につけ選んだのはあなただから。

あなたの人生が、苦しく、痛みで満ちあふれていたとしたら、

それはあなたが選んだからだ。

なぜならば、現実に起こる出来事は、あなたがかつて選んだ結果だから。

宇宙の中でたった一つの人生、

長い歴史の中でたった一回の人生、

とてつもなくかけがえがなく大切な人生、

そんな人生をこの上なく幸せで豊かなものにしよう。

そのために必要なことは、あなたが自分の偉大なる権威を引き受けることだ。

自分で考え、自分で選び、人生の与えてくれる全ての体験を喜びとともに味わおう。

あなたには、そのようなたくましく輝かしい生き方ができる。

なぜならば、あなたは、もともとそういう存在なのだから。

仲間とともに

   仲間とともに

自分らしく生きなさい。

決して望んでもいない人生を歩んではいけない。

自分の人生に責任を持ちなさい。

決して自分を犠牲にしたり、不当に虐待したり、見捨ててはいけない。

自分のヴィジョンを生きなさい。

決して他人のヴィジョンに支配されてはいけない。

しかし、充分自分を生きることができているならば、

自分と同様に仲間を大切にした方がよい。

歴史に名を残した最強の勇者たちは、

決して一人だけで偉大な仕事をなしたわけではない。

志を共にする仲間との信頼と友情が、偉大なる成功の基盤となったのである。

私は宣言しよう。

勝者として生き残るのは、百戦錬磨の圧倒的な強さを誇る超人ではなく、

腰が低く、仲間をいたわる、輝ける普通人である。

自分を大切にするように、仲間を気遣い、大切にしなさい。

あたりまえで誰にでもできると馬鹿にせずに、こつこつと実践してみると、

そのうちにあなたは途方も無い宝を手に入れていることが分かるだろう。

Never Give Up

      Never Give Up

あなたは、窮地にいるかもしれない。

自ら招いてしまったこととはいえ、こんな苦痛は望んでいなかった。

あらゆる手は尽くしたが、事態は改善しなかった。

むしろ悪いことは重なり、次から次へと試練は私を襲ってきた。

もはや、手は尽き、気力は萎え、友は去り、お金もなくなった。

私は孤独であり、望みはなく、暗く惨めであり、もはや誰にもこんな私を見られたくない。

あなたは、絶望の中でひざを抱え、途方にくれる。

もはや、悲劇はきわまり、万策は尽きてしまったのか…

しかし、夜明け前が一番暗いことを忘れてはいけない。

一番苦痛に満ちている瞬間が、一番の幸福への始まりの瞬間なのだ。

この世に乗り越えられない苦難などないことを忘れてはいけない。

苦難は、乗り越えられるからこそあなたの前に提供された人生の教材なのだ。

あなたは、断じて孤独で見捨てられた放浪者ではない。

どんなときもあなたを応援している心強い味方が、

いつもあなたを見守っていることを宣言しよう。

太陽が、風が、木や花が、犬や猫が、父や母の思いが、

目には見えないあなたを心配する人の愛が、

まさにあなたを見守り、心から応援しているのだ。

 

あなたは、断じて無力ではない。

あなたの中には、いまは全く想像ができない奇跡がまどろんでいる。

ひまわりの種を見て、見事なひまわりの花を想像できる人がいるだろうか。

しかし、人の目論見とは別に、ひまわりの種は、奇跡を起こし、見事な花になるのである。

Never Give Up! 決してあきらめてはいけない。

勝利の女神は、海を埋め尽くすほどの敗北のあとにやってくるのだ!

奇跡は、今ここで起こる。さあ、奇跡への第一歩を踏み出そう。

自分を見つめるということ

   自分を見つめるということ

自分から逃げてはいけない。

今の自分がたとえ完全でなくとも、

今の自分がたとえ醜く愛するに値しない存在に思えても、

今の自分がたとえみすぼらしく力ない弱虫に見えても、

それは、この広い世界の中でたった一つの存在、

それは、この長い宇宙の中でたった一回の存在、

それは、とてつもなくかけがえのない存在なのだ。

 

不思議に思ったことはないだろうか?

知らないうちに食べたものが消化されることを、

知らないうちに呼吸をしていることを、

そうしようとしなくとも血液は循環するということを、

それほど努力しなくともそうしたいときに手や足が動くことを、

ごく自然に言葉を話せることを、

 

毎日太陽が照ることを、

毎日夜がやってくることを、

輝かしい夏、さびしい秋、凍りつく冬、再生の春がめぐってくることを、

そうしようとするときに出会える他者がいつでもいることを、

話し合えることを、

けんかしあえることを、

憎み会えることを、

人と関わるまいと決意できることを、

意思に反して人恋しくなることを、

恋の気持ちがこんなに激しいことを、

こんなに人を愛することが出来ることを、

 

私たちは、私たちが思っているほど愛されていないわけではない。

私たちは私たちがそれをどう感じるかは別として、驚くほど環境に恵まれている。

環境は、何も言わず、何も求めず、何も見返りを期待しないけれども、

ただひっそりと淡々と私たちにプレゼント(現在)を提供してくれている。

そう、私たちは、驚くほど愛されているのかもしれない。

そう、私たちは、驚くほど毎日いつでも応援されているのかもしれない。

そう、環境は、私以上に私を愛してくれているのかもしれない。

そんな私を見捨ててはいけない。

そんな私を虐待してはいけない。

この上なく優しい言葉で自分をいたわってあげよう。

この上なく暖かい手で自分を抱きしめてあげよう

あなたには、自分らしく輝いて生きるための十分な力がまどろんでいる。

あなたには、自分を大切にする責任がある。

自分に自信がないからと言って他を頼りにしてはいけない。

自分を灯明としなさい。

逃げずに自分を見つめ、ありのままを観察しなさい。

醜さ、嫌悪にひるんではいけない。

目をそらさずに淡々と観察していきなさい。

その背景に、深い悲しさと愛があふれていることに気づくだろう。

自分のありのままを観察していったとき、

人は、きっと本当の自分と出会うだろう。

そして、本当の自分は、途方もないほどすばらしいことに気づくだろう。

自分のすばらしさに気づいたとき、

人は、喜びに涙して後、自分となり、

自分らしく勇気をもって生きるだろう。

肩の力を抜いてごらん

     肩の力を抜いてごらん

まずは肩の力を抜きなさい。

リラックスは、最強最善のスキルである。

リラックスは、決してだらしなく無防備なことではない。

それは自分自身に対する深い信頼と可能性への確信がもたらす自分の本当の力である。

あなたの最強の力は、訓練の果ての遠い未来にあるのではない。

あなたの最強の力は、今ここにある。

力まずに、怖がらずに、心配せずに、疑わずに、

対策を練らずに、ごまかさずに、うそをつかずに、

静かに今ここに耳を傾けることができたとき、本当のあなたが輝きだす。

そう、本当のあなたは、まばゆいばかりの輝きである。

そう、本当のあなたは、全てを聴き、理解するやさしさである。

絶望をすてて、肩の力を抜けば、本当の出会いがあなたを貫くだろう。

メッセージ

メッセージ

自分を権威として生きなさい。 なぜなら、あなたは本当に権威だから。

自分の力を信じて生きなさい。 なぜなら、あなたは本当に力だから。

自分の優しさを信じて生きなさい。 なぜなら、あなたは本当に優しさだから。

自分の勇気を信じて生きなさい。 なぜなら、あなたは本当に勇者だから。

自分を愛して生きなさい。 なぜなら、あなたは愛そのものだから。

奇跡を信じて生きなさい。 なぜなら、あなたは奇跡そのものだから。

自分の知恵を信じなさい。 なぜなら、あなたは本当に叡智だから。

自分の希望を信じなさい。 なぜなら、あなたは希望そのものだから。

自分の可能性を信じなさい。 なぜなら、あなたは可能性のみなもとだから。

自分の未来を信じなさい。 なぜなら、あなたこそが未来の創造主だから。

 

もともと、あなたの威厳は、山よりも高く、心は、空よりも広く、愛は、海よりも深い。

あなたは、断じて、欠点だらけの力ない存在ではない。

あなたは、想像を越える豊かで充分な才能と力量に恵まれている。

あなたは、奇跡的なほど魅力的で個性的で創造性に満ちている。

しっかり目を見開いて、ありのままの自分を見つめればそれがわかるはずだ。

なぜなら、あなたは、そういう存在だから。

中学校での講座の感想文

 先日、横浜のW中学校で、「自信と誇りの重要性」をテーマに講演会を実施したのですが、その際に聴講してくれた学生たちから、感想文が届きました。中学生にとって長時間の話でもあり、かつ、内容も難しいので、この企画を頂いた当初は、どうなる事かと心配もしていたのですが、感想を読ませていただくと、私どものメッセージを子どもたちはしっかりと受け止めて、自分自身に生かしてくれているようで、とっても嬉しく、感動いたしました。
 とっても感動したので、その中のいくつかの感想をご紹介したいと思います。

中学3年生 Tさん(女性)
まず、先にすべてをひっくるめて、お礼を言わせてください。
ありがとうございました。
手塚さんのおかげで、自分の中で欠けているものを思い出せたような気がします。
話を聞いている中で、たくさん心に響くものがありました。
特に一番心に残ったのが「自分を愛さずに人を愛せるか」という言葉で。聞いた瞬間、自分の前に立ちはだかり、たくさん悩まされました。「ああそうかもしれない」とか「違う、そんなわけない」と思いがぐしゃぐしゃにこんがらがって、話を最後まで聞けないかもしれないと不安になりましたが、内容を聞いて考えるうちに、題名どおり、自信と誇りの大切さがものすごくよくわかりました。
この知識を生活に、特に自分の精神につなげられたらいいなと思います。
本当にいいお話でした。お忙しいなか本当にありがとうございました。

3年M君(男性)
かがやいてやるぞ~!!
ためになる講習をどーも
ありがとう?

3年I君(男性)
今まで自分のイメージ、自分で自分のことをどう思っているかなんてどうでもいいと思っていたけれど、それが自分の方向性というものを決めているということをネズミの話などでとてもわかりやすく説明してくれたので、少し前向きな考え方ができるようになったような気がします。今までに考えたこともなかったような話が聞けてよかったです。ありがとうございました。

2年Mさん(女性)
最初あまり期待せず、「どうせつまらないものなんだろう」と思ってたけど、いざ話を聞くと、興味ある話や初めて知ったことがたくさんあって面白かったです。
話を聞いて100%自信を持てたわけじゃないけど、前よりやもてたような気がしました。
先生ありがとうございました。

3年Aさん(女性)
「前向きに明るく楽しく生きていけたら、人生は楽しくなる。」
っていうのは本当なんだなーって感心しました。
私は、あまり自分に自信を持っていないので、これから何かに挑戦するときは、「私ならできる。」と自信を持とうと思いました。
今回の講演は、自分に自信を持つ大切さを教えてもらいました。
なので、ポジティブに明るく元気よく毎日過ごすことが私の目標となりました。
私は、この講演会に参加できて、とてもうれしかったです。
本当にありがとうございました!

W中学校の生徒の皆さん、素敵な感想文を本当にありがとう。私も、中学校での講演は初めてでしたが、こうした感想を頂けると、本当にやってよかったと思っています。
本当にありがとうございました。

3月13日に、山梨のY高校で、全校生徒を対象に、今回同様「自信と誇りの重要性」と題して講演会を行う予定です。このようなチャンスを頂いて、子どもたちに、私たちの大切にしているメッセージを送れることは大変光栄なこと、さまざまな問題がある学校教育に、このような形で少しでも貢献できればと願っております。
このW中学校の感想文で、私どもも勇気と元気を頂きました。来月の山梨の高校でも頑張ってまいりたいと思います。

GMを巡って‐2

(GMを巡ってー1からの続き)
「現場で働く従業員は、単なる労働者ではなく、自ら考え、改善をする力と可能性を持った存在であり、その力を引き出すことこそ経営の重要課題」とのドラッカーの提言によって企画されたGMの職場改善プログラムでしたが、全米自動車労組(UAW)の反対によって頓挫してしまいます。UAWの反対理由は、「経営者が管理し、労働者が働く。労働者に対して管理者としての責任まで負わせると言うことは、労働者に大きな負担をもたらす」と言う理由だったそうです。

GMのコンサルタントとして一生懸命に働き、結果的に、「現場には大きな力と可能性があること」「意思決定は現場に近いほうが速く的確であること」「権限を下の階層にどんどん委譲して権力を分権化することが経営効率を高めること」「現場の労働者は、決してお金のためだけに働いているわけではなく、自ら責任を持っていい仕事をしたいと望んでいること」「だからこそ、現場の労働者の可能性や力を引き出す施策が必要であること」などの提言をしたドラッカーでしたが、GMの経営陣にその提案は拒絶され、敵視されただけでなく、当時の労働組合からも否定されてしまいました。

しかし、そのようなドラッカーの提言は、当のGMには拒絶されましたが、世界の心ある企業に強烈なインパクトを与えたのでした。当時、経営的に窮地に追い込まれていたフォードは、経営再建の教科書として、ドラッカーの『会社と言う概念』を指定し、見事に回復を遂げました。また、同様に経営不振に陥っていたGE(ゼネラルエレクトリック)も『会社と言う概念』を教科書として、ドラッカーとコンサルタント契約をして見事に経営を立て直します。さらに、GEは、ドラッカーの指導の下、ジャックウエルチがCEOとなり、奇跡的な成長を遂げて世界最強の企業となったのです。
また、労働組合から否定された職場の意識調査をもとにした「職場改善プログラム」のアイデアは、実は、トヨタ自動車に持ち込まれることになったのです。当時のトヨタ自動車は、激しい労働争議に巻き込まれて、創業者の豊田喜一郎が社長辞任に追い込まれるといった苦境にあり、その突破口として、このアイデアを持ち帰ったのです。
トヨタ自動車は、この資料や考え方をもとにして、同社の終身雇用や労務管理、労使協調政策といった施策となって生きたのでした。

こうしてみると、現在、ドラッカーの人間性に基づく提言を拒絶したGMが経営上の苦境に立たされて、それを受け入れたGEやトヨタ自動車が見事な成長を遂げたことは、運命の不思議、歴史の妙といえましょう。

日産ルノーグループとの提携が検討されているGMですが、ここで、勇気を持って、次世代を見越した、大いなる将来のヴィジョンに基づいた意思決定をしてほしいものだと思います。その決定のいかんによっては、今はまったく創造もできないような成功が将来待ち受けているかもしれません。
世界を代表する企業、組織がどう変わっていくのか?その動向は、きっと様々なところに影響を与えるのではないかと思いますが、願わくば、人に対して、より信頼のできる暖かい、前向きな方向に向かって代わっていってほしいと願った次第です。

<参考文献> 「ドラッカー20世紀を生きて」P.ドラッカー著 日本経済新聞社

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GMを巡って―1