カテゴリー別アーカイブ: 06.人材教育の理論・情報

信頼による教育

(能力も態度も絶望視されている教室の生徒たちと、真剣に向き合い、信頼関係をはぐくみ、生徒の力強い生き方を後押しすることができた1教師の成功事例を受けて)

むろん、現場で教師をされている方々の中には「それはきわめて幸運な例に過ぎない。実際はそんなに上手く行くことなど滅多にあるものではない。」と思われる方もいらっしゃるでしょう。しかし、ここで気が付いていただきたい点は、このような意見が出てくること自体、その人の心の中に、生徒に対するぬぐい去れない不信感があることを示しており、教育に対する否定的な固定観念にとらわれているという状況があるわけです。

教師がこのような迷った心の状態で生徒に接している限り、その人の信じていることが現象化され続け、生徒を犠牲にするだけで真の教育など決して成されないことを肝に銘じておいていただきたいと思います。教師が観るべきものは、いかなる表現をする生徒の中にも必ず存在している神性であり、その働きに対する全面的な信頼なのです。

黎明 下巻 葦原瑞穂著 より引用

梅野さんの事例

 梅野さんは、高校卒業後、日産のディラーに就職するものの、3か月で退社。温泉旅館に転職したが、仕事の厳しさで半年で退職する。

 その後、福岡・滋賀・京都・大阪で料理の修業をし、かに料理専門店を創業。珍しさもあって、顧客に受け、経営的に大成功する。

 しかし、その成功を受けて、かに専門店以外に様々な業態でレストランを出店するものの、すべて失敗。料理人との確執など、さまざまなトラブルもあって、深刻なピンチに陥る。

 何とか窮地を脱出しようと、霊媒師や超能力者に頼るが、すべてうまくいかず、自ら禅寺に修行に行く。修行中、自分と向き合う中で、ふと見かけた言葉「人に感謝、物に感謝」が胸に飛び込んできた。今までは、悪いことがあれば人のせいにして、人を見れば人を利用しようとばかりしていた自分に気づき、それではいけないと生き方を反省した。利用する生き方から感謝する生き方へ、人生の基軸をシフトしようとしたのだ。

 その後、謙虚に人気店を回るなど勉強を進め、新たに健康志向の和食レストラン「梅の花」を創業する。

 梅の花は、感謝の気持ちを大切に、親切なおもてなしやお客さんを裏切らない高い品質を提供することで成長し、豆腐や湯葉のレストランとして、現在では売上高285億円を誇る一大レストランチェーンと変貌を遂げたのである。

悪を含めた環境を通して我々は成長する

映画「スピードレーサー」(マッハgogogoの実写版)の1シーン

 

スピード:(レース界にはびこる腐敗や悪を、命をかけて変えようとしたが、土壇場で裏切られて失敗し、怒り、絶望している心境のもとで)「レース界は、変わらないさ。」

 

レーサーX:「そんなことは関係ない。レースが我々を変えるんだ。」

大切なのは家族が信じあうこと

神奈川県の大学1年、仁科枝里子さん(24)は小学4年の終わりから21歳までの11年間、学校には全く行けなかったし、行かなかった。・・・・アルバイトなどしましたが、ほとんどの月日を家に引きこもるといった生活を送っていました。・・・・そんな仁科さんを支えたのは家族だった。父も母も投稿や進路について一切口を出さずに見守り続けたという。後になって、父が「枝里子は思い立ったら必ず動く子。心配しなくていい」と母に話していたと聞いた。・・・20歳を過ぎたとき、「学びたい」という気持ちが強まった。仁科さんは2歳年下の妹の勧めもあり、定時制高校に通うことを決意した。・・・・仁科さんが不登校を経験している子供やその親に伝えたいのは、<子供がいつか必ず動きだせるその時まで家族が信じあい、ともに不登校と付き合っていくのが大切>ということだ。<立ち止まったところが不登校という形であっただけ。力を蓄えるための準備期間が不登校と呼ばれてしまったりもするのだと感じています>

                        2009年11月4日(水) 朝日新聞朝刊

 

 今朝の朝日新聞朝刊からの抜粋記事です。とっても感動したので、ご紹介しました。記事中の仁科さんは、実名で投稿されているそうです。11年にもわたる不登校と引きこもりを克服したのは、家族の信頼関係だったという貴重な経験を公表してくれた仁科さんに感謝です。大切なのは、非難や脅しや操作や強制ではなく、やはり愛と信頼関係なのだろうと私は感じ入りました。

 子供が不登校になると、親は、社会から外れてしまうのではないか、未来の可能性が全く閉ざされてしまうのではないか、このままずっと引きこもるのではないか、などという不安と恐怖にさいなまれてしまい、余裕を持って子供の成長を見守ろうと思っても、なかなか気持ちが付いていかないのが現実だと思いますが、その点仁科さんのご両親は、立派だと思います。

 「枝里子は思い立ったら必ず動く子。心配しなくていい。」11年にもわたる引きこもりの中で、こんなに力強い信念と愛情に満ちた言葉はなかな言えないのではないでしょうか。

 素敵な体験をシェアーしてくれた仁科さんご一家に、ますますの幸せがありますように!

矢野さんの事例(道は開ける)

矢野氏は、中央大学の夜間部を卒業後、妻の家業のフグ養殖会社を継ぐが、2年半で倒産。数千万円の借金を残して、夜逃げをした。

生活のために百科事典の訪問販売の職に就くが、飛び込み営業が全く出来ずに、数カ月で退職する。

その後、ちり紙交換、ボーリング場など、職につくものの安定せず、転職を繰り返す。9回目の転職でビニール雑貨の雑貨商となる。

要するにバッタ屋であり、倒産した会社や倒産しそうな会社から捨て値で仕入れた商品を、移動で販売する仕事であり、固定客もつかず、かろうじて食いつなげるだけの経営を続けていた。

そんなある日、顧客から「安物買いの銭失い」と言われ、カッと来て、やけくそになって、採算度外視で良いものを全品100円均一で閉店セールと称して販売した。

すると、驚くほどお客さんが集まり、大反響となり、売り上げも増大した。それに比例して仕入れ先も拡大し、商品アイテム数も増えていき、店舗も大きくなっていった。

現在、矢野氏の雑貨商は、ダイソーとなり、年商二千億を超える一大小売りチェーン店へと変貌を遂げたのである。

(参照 「逆転バカ社長」石風社)

学習性無力感

“学習性無力感”とは、米国心理学者M.セリグマン(1943~)によって発見されたユニークな心理理論であり、教育に携わる私たちにとって、多くの教訓を示してくれる考え方だと思いますのでご紹介します。
なお、以下の文は、『オプティミストはなぜ成功するか』(M.セリグマン 講談社文庫)を参考にして、書いております。

<心理学を志す>
セリグマンは、13歳の時に、父が病気により体が麻痺すると同時に、うつ状態となり、不幸な晩年を送ったことを契機に、父親のような人たちの助けとなりたいと思い、心理学を志すようになり、1964年、ペンシルバニア大学の大学院に進学しました。
その頃の、心理学は、”行動主義”と呼ばれる考え方が主流となっておりました。
行動主義とは、「おおよそ、生物は、”刺激→反応”のパターンを観察、計測し分析することで、その行動を説明し、コントロールすることが出来る。」と言う考え方に基づいていたのです。
現代では、生命は、そのような単純なものではなく、”刺激→有機的存在→反応”と言う複雑なプロセスを経て主体的かつ個性的な行動をする存在であると言う考え方が主流であり、行動主義心理学は、心や意識を無視し、主体性をないがしろにしているとの理由で批判されることが多いのですが、当時は、一種の暗黙の規範のように、「”行動主義的”な考え方でなければ心理学ではない。」と言えるほどの強い権威を持った考え方だったのです。

<きっかけとなった心理実験>
セリグマンが、進学時に大学院で行われていた実験も、まさにこのような”行動主義心理学”に基づいた実験でした。
実験は、「パブロフの犬」に代表される条件付けの実験であり、犬に”刺激→反応”のパターンを学習させることを目的とした実験だったのです。
実験は、3段階で構成されており、まず、第一段階として、”高い音”をならした直後に電気ショックを与えることを繰り返し、犬が、高い音と不快なショックを結びつけるようにして、後で、犬が音を聞いただけでショックを受けたときと同じように恐れて反応することを学習させると言った条件付けを行ないます。
第二段階として、犬は、シャトルボックスに入れられます。シャトルボックスは、2区画に仕切られ、間に低い仕切り板があり、犬が望めば、飛び越えることが出来る高さとなっています。
実験は、シャトルボックスの片側にいる犬に、電気ショックを与えるが、仕切り板を飛び越えて、隣室に入るとショックが止まることを繰り返し、「電気ショックが起これば、仕切り板を飛び越え、隣室に入ると、ショックを止めることが出来る」ことを学ばせることです。
そして第三段階は、電気ショックを与えずに、高い音がなれば、音だけで仕切りを飛び越えることができるかどうかを試みることが実験企画の全体の内容でした。
セリグマンが、大学院に進学したそのときに、ちょうどこの実験が行われていたのですが、実は、実験はもくろみの通りに進んでおらず、諸先輩が、困っているところだったのでした。
第二段階において、犬は、電気ショックを与えても、ただ鼻を鳴らしているだけで、ショックから逃げるために、シャトルを仕切る板を飛び越えようとせずに、ただ座り込んでいたのでした。
その時、セリグマンは、犬の様子を見て、「父のうつ状態」と似ていると直観しました。
セリグマンは、この実験の犬は、どんなに逃げても、この電気ショックからは逃れられないことを理解し、無力感にさいなまれ、うつ状態になったのではないかと考えたのです。

<学習性無力感>
セリグマンのこの直観は、行動主義心理学に教化されていた諸先輩からは、「勘違いだ」「動物が、そんなに高度な精神活動はしていない」と否定されましたが、セリグマンは、めげずに、実験を繰り返し、ついに「動物であっても、自分でコントロールできない避けがたい出来事を多く体験すると、無力感を学習し、無抵抗なうつ状態になる」ことを論文で発表しました。
この論文は、支配的だった行動主義の考え方に強烈な一撃を加えることになり、当時の心理学会に大反響を与えることになったのです。
犬が体験したうつ状態は、後に「学習性無力感」と呼ばれ、このセリグマンの考えは、広く一般に認知される心理学の理論となりました。

<学習性無力感の教え>
“学習性無力感”…学習(狭義の)によって、うつとなり無力になる、とはなんと皮肉なことでしょう。
学習性無力感は、ある意味、”あめとムチ”で他者をコントロールしようとする試みは、決して教育にはつながらず、結局他者をうつ状態にしてしまうことにつながってしまうことを証明する理論でもあると言えましょう。
人は、自分らしく輝いているときには、想像もつかないような大きな仕事をやり遂げる力がありますが、うつ状態に陥れば、考えられないような失敗や問題行動を起こしてしまう可能性があります。
厳罰によって従業員の行動を管理しようとした2005年4月25日に起こったJR西日本の尼崎における大事故は、そのことを象徴しているようにも思えます。

・問題解決に必要なことは、恐怖ではなく信頼である。
・人は、不安で怖いから有能になるのではなく、自由で楽しいからこそ輝く。

学習性無力感の理論は、教育やマネジメントを考えるに当たって、私たちに、強く気をつけなければならない教訓を示してくれているといえましょう。

 

<関連書籍>

単行本『To be Yourself』より抜粋

 

<関連プログラム>

リーダーシップ研修”To be a Hero”

コミュニケーション研修”アドベンチャー トゥ エンカウンター”

体験型新入社員研修”アトランティックプロジェクト”

スーダンで医療活動する元大使館医務官

 今朝(2009年10月26日)の朝日新聞朝刊で、川原尚行さん(44)とおっしゃる医師の記事が掲載されていましたので、ご紹介します。

 川原さんは、もと外務省の職員であり、アフリカ北東部スーダンに、日本大使館医務官として赴任していました。しかし、スーダンでは、マラリアやコレラで多くの子供が亡くなっており、10人に一人が5歳まで生きられない状況だったのです。川原さんは、そんな現状を目の当たりにして、医師としていたたまれない思いだったとのことです。しかし、大使館の医務官としては、現地の人たちを診察することは許されないので、なんと、外務省を退職し、現地の医師免許を取得して医療活動を始めたのです。現地では、お金を得ることもできずに、1700万円だった所得が無収入になったとのことです。

 名誉も権威も安定した職も所得も投げうって、困っている人たちのために従事する。世俗の価値観に染まった立場から考えると、途方もない人生の意思決定です。いまどき、こんなに熱い人がいるのかと、驚いたと同時に同じ日本人として誇らしい気持ちにもなりました。

 川原さんは、NPO法人「ロシナンテス」を設立し、活動資金を寄付で賄っているとのことです。私も少しでも役に立てればとわずかではありますが、寄付をするつもりです。

 「混乱が続く国で子供たちの夢を持ってほしい。子供に必要なのは、笑顔で遊ぶこと」を志を語る川原さん。その志が実現されることを心から応援したいと思いました。