日常の中のロゴス 4.自尊心の本質

第4章 自尊心の本質

自尊心とは、ダメな自分を見捨てないと言うこと。優秀さや強さを信じることではない。
自尊心とは、ありのままの自分を受け入れ、愛し、信じることができる健全なる心。
だから、自分ができることや実績、優れたところを信じる心を自尊心とは言わない。
can do ではなく beingを尊ぶことができる心情であり、自分の存在を愛し、信じる心を自尊心と言う。

「他人より優れているから」「目標を達成したから」という条件付きの肯定は、常に外部の評価という「偶像」に首を垂れている状態であり、決して主体的な世界観ではない。
人の内面には、あらゆる社会的な都合、価値、評価をはるかに超える価値がある。

「一切の衆生、ことごとく如来の智慧・徳相を具足す(すべての人は、生まれながらにして仏と同じ素晴らしい知恵と能力を備えている)」(仏陀)

「あなたがたは皆、いと高き者の子らである。」(旧約聖書)

「はっきり言っておく。わたしを信じる者は、わたしが行う業を行い、また、それよりも大きな業を行うようになる。」(イエスキリスト)

「梵我一如(宇宙を司る神聖な力は、他ならぬあなた自身の中に流れている)」(ウパニシャッド)

古代の賢者たちは、共通して、人の中には偉大なる可能性があることを示唆してきた。
論理、文学、会計、対話の中にロゴスがあるように、人の中にもロゴスがまどろんでいるのだ。

自尊心とは、ありのままの自分がロゴスと無関係ではないことを知り、内なるロゴスの可能性を信じ、探求する勇気である。

いま、私が私だと思っている自分は、エゴと呼ばれている。
エゴは、大きくて複雑で矛盾する、途方もなく偉大で、途方もなく罪深く、つかみどころのない自分を、人間関係の枠に型どる自分だ。
だから、エゴは社会の中で戦う自分だ。
内にも外にも手におえないことばかりのなかで満身創痍になってがんばっている自分だ。

しかしエゴは、実は何も分かってない。
内にも外にもエゴには分かりようのない真実が隠されている。
真実は、あらゆる想像を越えて大きく、精妙で、いのちの奇跡に満ちている。

だからエゴは、もっと謙虚であったほうがいい。
だからエゴは、もっと肩の力をぬいたほうがいい。

自尊心とは、エゴが完璧になろうとすることではなく、内なるロゴスに対してどこまでも誠実であろうとする態度を指すのだ。

エゴこそが私であるという同一化を緩めて、内なるロゴスの可能性を探求する。

・自分の行為が、内なる真理(ロゴス)と共鳴しているか
・考えることと言うこととすることに秩序と整合性があるか
・世間的色眼鏡で見るのではなく、正見出来るか
・歓迎しない出来事や失敗、痛みの中にも理を見て学び成長することができるか
そうした問いかけが内なるロゴスを呼び起こす。

ロゴスの炎を自覚できる人は、もはやエゴのみでは生きてない。
エゴがため込んできた痛み、傷跡、悲しみ、憎悪に光が差し込み、癒やされ、もはや支配力を及ぼすことはできない。まさに、光は傷口から入るのだ。
天地自然の理を宿し、自然に生きて、自然に営む、その肉体は宇宙の秩序が通り抜ける聖なる管となり、その日常の営みが、人を癒し、前向きな創造につながる。
今ここに対して文句を言わず、受け入れ、共鳴し、天地と繋がる堂々たる紳士淑女として生きる。

もはや、彼、彼女を支配できるものはいない。すべての恐怖から自由になり、自分らしく幸せに生きる。

自分だけが特別なのではなく、他のあらゆる人たちにロゴスが存在することを信じ、尊重する。
・依存し、奴隷のように生きている人、
・うそをつき、人を操作して、狡猾に生きる人、
・暴力を振ることを厭わない人、
・傲慢な人…
あらゆる人、たとえ愚かな極みの人たちであっても、自分の中にロゴスがあることを知っているように、その中に存在するロゴスを知っており、その可能性を決して絶望しない。

ロゴスと関わることを通して、人は、より自由になり、より自分らしく輝くようになる。
一隅を照らす人になる。
一人が輝けば、周囲が変わる。
ロゴスを見出した人は、かかわる人たちが、次第に、微妙に、根本的に変わってくることに気づくだろう。

ロゴスは、決して絶望しない。
「あなたが人生に絶望しても、人生はあなたに絶望しない」フランクルの言葉の通り、
「あなたがあなたを嫌い、自分自身に絶望しても、ロゴスは決してあなたに絶望しない、決してあなたを見捨てない」のだ。

だから、ロゴスを自分の中に探求する勇気を放棄してはいけない。
あなたが意識できようとできまいと、あなたの人生にはロゴスがついてくる。
飲んだくれて暴れまわる自分、煙草をくわえてパチンコに没頭する自分にもロゴスはともにある。
ロゴスは決して裁かない。しかし、あなたの帰還を待っている。あなたが内なるロゴスに目を向けることを待っている。
あなたが一歩ロゴスに近づけば、ロゴスは百歩近づいてくれるだろう。

自尊心とは、内なるロゴスを裏切らないこと。
今こそ自尊心を取り戻す時、
文句を言って嘆いてばかりいてはいけない。
どんなに最悪な状況でも、いまここは、あなたのまいた種なのだ。
だから、いつでもどこでもそこから始めなくてはいけない。

そこにもきっとロゴスは潜んでいる。
あなたとロゴスの関係を割こうとするものの力を信じるのではなく、
自らロゴスと近づく力を信じる。
自分を見捨てないで自尊心を持って生きる。
その生き方こそが、閉塞感ある人生の突破口となるのだ。

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