不安はどこからともなくやってくる。
どれほど自信満々に生きていても、
夜の静けさの中で、それは、突然、やってくる。
この先、大丈夫だろうか
私は、これでいいのだろうか
いつか、すべてを失うのではないか
不安は不快だけれども、なくすことはできない。
また、大丈夫だよって軽々しくなだめることはできない。
不安は正直だし、ごまかしがきかないのだ。
けれど、不安と共にあることはできる。
不安は、敵ではない。
それは、自分がまだ答えを知らないということを教えてくれる。
不安は、問いなのだ。
すぐに答えを出そうとしなくていい。
答えの出ない問いと共にいる。
「今の自分には答えが出せない」ことと、「答えが存在しない」ことは違う。
今の私の認識には限界がある。
だから、今の私の力だけで答えを出そうとすれば、
結局は、既知の枠組みでしか答えは出てこない。
今は分からない。でも、分からないことを理由に絶望しなくていい。
問いを手放さず、 不安と共にあり、
分からないものを分からないまま抱えている。
するといつか、
自分では考えつかなかった答えが、
今の狭い枠組みを越えたところから、
ふっとやってくることがある。
今の知識や了見では答えの出ない問いと共にいる。
するといつか、今の自分の認識を越えたところから、 新しい智慧がやってくる。
成長とは、古い自分を手放すことであり、未知の自分へ踏み出すこと。
だから危険な道でもある。
だからこそ、成長には「信頼」が必要になる。
古い自分を手放しても、自分そのものが消えるわけではない。
放たれた問いは、プロセスを動かし、時を経て必ず答えになって戻ってくる。
だから、不安から逃げなくていい。
不安に立つのだ。
不安は、未知の智慧へ向かうための、
そして、新しい自分に向けて一歩踏み出していくための、
ありがたい道しるべなのだから。