2.ロゴスを語源とする言葉
ロゴスが、どこか遠く手の届かないところに鎮座する抽象的な権威ではなく、むしろ私たちの日常の営みの中に息づいている存在ではないか――そのことを示唆してくれるのが、ロゴスを語源とする言葉である。
実は、ロゴスを語源とする語は意外に多い。
① 理論・論理(logic、λογική)
ロジックという言葉は、日常でも頻繁に用いられている。この語は、ギリシャ語の λογική(logikē) に由来し、λόγος(ロゴス) に形容詞語尾 -ικός が付いた語で、「ロゴスに関するもの」「理に関わるもの」という意味を持つ。
私たちは「ロジックが通らない」「ロジックに合っている」と言うが、それは単なる計算的合理性の問題ではない。本来の意味に立ち返れば、それは「真理にかなっているか」「真実に沿っているか」という問いでもある。
ロジックとは、冷たい科学的手法というよりも、本来はロゴスに耳を澄ます営みなのである。
② 文学(λογοτεχνία)
ギリシャ語の λογοτεχνία(logotechnia) は、λόγος(ロゴス) と τέχνη(technē:技術・わざ) から成る語である。すなわち文学とは、「ロゴスを扱う技術」という意味を含んでいる。
古代ギリシャにおいて、言葉は単なる表現手段ではなかった。それは存在や神々とつながる媒介であり、文学とは、言葉を通してロゴスに触れ、秩序や真理に参与する営みでもあった。
一方、英語の literature はラテン語 littera(文字)に由来し、文字による表現という側面に重心が置かれている。
もちろん、ラテン語的伝統が文学を矮小化したわけではないが、ギリシャ語の持っているロマンや言葉の背景にある生命感、みずみずしさが失われてしまった。 この差異は、文学観や人生観に微妙な違いをもたらしているように感じる。
③ 学問(-logy)
現代の学問の多くは、語尾に -logy を持つ。
biology(生物学)
psychology(心理学)
theology(神学)
sociology(社会学)
これらはすべて、ギリシャ語の λόγος(ロゴス) に由来する。
たとえば biology は、βίος(生命)+ λόγος。
「生命についてのロゴス」である。
psychology は、ψυχή(魂・心)+ λόγος。
「心についてのロゴス」である。
学問とは、対象を支配することではない。
対象に潜むロゴスを丁寧に読み取ろうとする営みである。
生物学者は、生命の背後にある秩序を探る。
心理学者は、心の働きに通底する理を見つめる。
神学者は、神についてのロゴスを思索する。
学問とは、世界に意味があるという前提の上にしか成り立たない。
もし世界が完全な混沌であれば、
そこに「学」は成立しない。
私たちは無意識のうちに、
世界がロゴスに満ちていることを前提にして研究している。
④ 会計(λογισμός)
ロゴスから派生した語に、λογισμός(logismos) がある。
これは「計算」「勘定」「理性的思考」を意味する。
ここから英語の logic や logistics も生まれている。
会計とは、単なる数字の処理ではない。
そこには「整合性」という厳格な秩序がある。
貸借は必ず一致する。
数字は嘘をつかない。
そこには、見えないが確かな理が通っている。
帳簿を整えるという行為は、
混沌を秩序に変える行為である。
また、会計はその質が高ければ高いほど、現在の問題を浮き彫りにし、未来を予測する。
会計は、預言にもなりうるのだ。
それは経済活動の中にロゴスを呼び戻す営みとも言える。
⑤ 対話(διάλογος)
διάλογος(dialogos)は、
「διά(〜を通して、~の間を)+ λόγος (ロゴス)」から成る。
対話とは、「ロゴスを通して交わること」である。
それは単なる意見交換ではない。
対話とは、二人のあいだにあるロゴスを共に探る行為である。
20世紀の量子物理学者であり哲学者でもあったデヴィッド・ボームは、その著書『対話(On Dialogue)』の中で、ダイアローグの語源を「ロゴスが通り抜けていく(through)」と解釈した。
人間関係の質によっては、そこに単なる言葉だけではなく、真実や真理、神聖が流れてくると言う意味であり、アートになりうるものなのだ。
真の対話の中では、人は、その場にいるだけで癒され、自分を取り戻し、成長することができる。
人間関係の中で、正直さと安心、相互理解と共感、楽しさや喜び、思いやりと静かで穏やかな愛、関係性の中にとてつもなく精妙でパワフルなものが流れるその瞬間、ロゴスが姿を現しているのである。