学ぶということ?(最終回)

<(引き続き)体験から学ぶと言うこと>

 私たちが、内面で体験したこと、感じたことや気づいたことを信じ、大切にした上で、単に内面だけにとどめるのではなく、それを共通体験している友と分かち合うことが、真実への近道であると考えています。

 『人間関係、”今ここ”、真実』、対象はさまざまですが、分かろうとすることは、いずれにしても、途方も無く広く大きく奥行きが深いものです。自分が、それを”青”と認識しても、他人がそのように認識するとは限りません。”黄色”と見る人もいるだろうし、”緑”と見る人もいるでしょう。しかし、そのどれかが正解で、他の見解が間違えているということではありません。なぜならば、いずれも複雑なものの、ある側面を見ているわけであって、その方向や立場からは、確かにそのように見えるのです。ただ、観察する角度や場所を変えればまったく違ったものに見えることも確かであり、一見矛盾しているように思えることもありますが、その立場から見た見え方に間違いはありません。ただ単に、見方が部分的なだけなのです。

 同じ町を、東から見るのと西から見るのとでは、違った町に見えますが、実は、同じ町を見ているのです。
 同じ町を、低地から見るのと、山の上から見るのとでは、違った町に見えますが、実は、同じ街を見ているのです。

 しかし、それぞれの見え方を集めて行くと、本当の町が見えてきます。
 それぞれの認識を分かち合って行くと、どんなに広く深く大きな対象であっても、その全体像、真実に近づくことができるでしょう。

 内面の体験は、自分にとっては大切な宝物ですが、それを相手に伝えたとき、相手が宝物として扱ってくれる保障はありません。ですから、内面の体験を分かち合うことは、とっても勇気が必要であり、相互信頼が必要ではありますが、もし、本当に信頼が起こって、人と人とが、本当の体験を正直に語り合うことができたとしたら、きっと本当のことが分かってくるのではないでしょうか。
 そして、もし本当のことが分かれば、どうすればより自分らしく輝いて生きることができるのかは、おのずとわかってくるでしょう。

 信頼に値する”モデル”から学ぶことも大事ですが、日常の”体験”から学ぶことも大変価値があるものです。
 体験を大切に扱い、それを友と分かち合い、本当のことを理解して、真実に基づいて自分の人生の舵を切る。こんな生き方はいかがでしょう。

 ”体験から学ぶ”、そんな生き方、学び方をお勧めします。

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