第6章 ④職人
放浪者は、さまざまな経験を通して多くのことを学びます。
人との付き合い方。
傷ついた時の立ち直り方。
困難を切り抜ける知恵。
生き抜くための工夫。
しかし、それらはまだ断片的な知識に過ぎません。
職人は、それらを自分自身の力へと変えていく人です。
知識を技術へ。
理解を実践へ。
可能性を現実へ。
職人は、自分の才能や能力を信じ、繰り返し練習し、失敗し、改善しながら、自らの技を磨いていきます。
職人は自分と相性の合う一つの分野を見つけ、深く掘り下げる人です。
その探求の対象は、社会の中でうまく立ち回る方法と言うよりは、自分です。
「自分には何ができるのか」
「どこまで成長できるのか」
「どのような価値を生み出せるのか」
職人は、自らの可能性を形にするために修練を続ける勇者なのです。
⑴ 光の側面
職人は努力を信じています。
才能だけでなく、反復と鍛錬によって人は成長できることを知っています。
昨日より今日、今日より明日。
少しでも上達したい。
少しでも良いものを作りたい。
そんな向上心を持っています。
職人は、自分の責任を他人に押し付けません。
できなかったことを言い訳せず、自らの課題として受け止めます。
また、地道な積み重ねを厭いません。
派手な成功よりも、確かな成長を大切にします。
何度も挑戦し、何度も失敗し、その失敗から学びます。
職人は、自分の力で人生を切り開こうとする人です。
だからこそ、困難な状況の中でも諦めずに努力を続けることができます。
その誠実さと粘り強さは、職人の大きな魅力です。
⑵ 影の側面
しかし、その向上心は時として完璧主義へと変わります。
もっと上手くならなければならない。
失敗してはいけない。
常に正しくなければならない。
少しでも瑕疵があってはならない、…。
それは、自分のスキルを磨く原動力ともなりますが、
自他ともに欠点を嫌う狭量さともなり、時に頑固で、融通の利かないわからずやのレッテルを張られることもあります。
また、職人は、自分の仮説にこだわりを持っています。実際には、それらは勘違いや思い込みであることが多いのですが、一旦信じ込んだ仮説は、簡単には変えたり手放したりすることはありません。
他者から「それは違うよ」「勘違いだよ」とフィードバックされても、決して心からは納得することなく、いつまでも自分の勘違いを大切にして、逆に、過去や現実をその仮説の通りに合わせようとするのです。
それは、自分の成長が、仮説と共に在ったので、仮説を信じることは、大切なことでもあるのですが、自分が思いつくあらゆる仮説が真実とは限りません。
職人は、自分の技術やスキルを高めてきましたが、世界の複雑さや不確実性、混とんとしてよくわからない状況に対して、それを深く探求していくことを嫌い、単純で簡単にけりをつけたいという欲求が強いので、世界への理解は自分の技ほど成長していません。
だから、本当は不器用であり、社会でうまくやっていくことに関しては、実は全く自信がないのです。
そして、その自分の欠点と向き合うことが難しい。だから、社会や世界に関する自分の仮説を疑うことができずに、真実と思い込んでしまい、いろいろなトラブルや失敗につながる危険性が少なくないのです。
さらに、大きくゆがんだ世界観や宗教観を自分の信念として持ってしまった場合は、自分の高い技術やスキルが、逆にあだを為してしまいます。
勇者の道を踏み外し、自分の専門性を悪用して、偽善に仕えるマッドサイエンティストに闇落ちしてしまう危険性があるのです。
マッドサイエンテイストは、自分の狭い了見から生まれた暗い世界観や宗教観、人間観を絶対視し、それに人や現実を従わせようとします。
ゆがんだ理論を真実と偽り、専門性を生かして、数多くの実験を行って、自分の立場を証明し、正当化しようとします。
その結果、人の幸せのためではなく、自らのゆがんだ思想や理論による何らかのモンスターを作ってしまうのです。
職人にとって最大の敵は、未熟さではありません。自分の正しさへの執着=傲慢さなのです。
⑶ 恐れるもの
職人は、自分の不完全さ、失敗、愚かさ、自分の内面に存在する影を恐れています。
また、そういう自分の愚かな内面が暴露されて、人から嫌われ、見下されることを恐れているのです。
だから、安全確実で見通しがつくものにだけ手を出しますが、
自分にはできそうもないこと挑戦することを恐れます。
職人は、「分からない」「だから教えてください」ということが苦手です。
人に弱みを見られることを恐れているのです。
だから、知っているふりをします。人に聞かずに自分で何とかしてしまおうとします。
だからこそ高い探求心をもって主体的に高いスキルを体得できるのですが、その成長は、遅く、独自で、隘路にはまりがちとなります。
⑷ 課題
職人の課題は、了見の狭い自分のままで、さらにテクニックを磨くことではありません。
自分の今の限界、いまの不完全さを受け入れることです。
どれほど努力しても失敗はあります。
どれほど賢くなっても分からないことはあります。
どれほど技術を磨いても、人生を完全に制御することはできません。
だから職人には謙虚さが必要です。
自分の最善が絶対ではないこと。
自分の仮説が間違っている可能性があること。
自分のエゴの力だけでは届かない領域があること。
その事実を受け入れる勇気が必要なのです。
職人の使命は、非の打ちどころのない超人になることではありません。
肩の力を抜いて、もっと自分のありのままを受け入れること、真の意味で自分を愛することです。
そして、他人に対しても完璧を求めない。自分のルールを押し付けない。こうあるべきだという偽善から自由になって、もっと他人や社会のありのままをありのままに受け入れ、観察すること、謙虚に学ばせていただくことです。
なぜ努力しても報われないことがあるのか?
なぜ正しいことが受け入れられないのか?
その問いから逃げずに向き合った時、職人は次の旅へと歩み始めます。
技を極めようとしていた者は、やがて真理を求める者へと変わるのです。