企業と人材記事シリーズ「成功する体験学習の進め方」第3回目「体験学習が組織風土を変革する」

企業と人材記事シリーズ「成功する体験学習の進め方」第3回目「体験学習が組織風土を変革する」

2006年9月20日号より6回にわたり「成功する体験学習の進め方」をテーマに産労総合研究所出版の「企業と人材」誌に連載しました。

※以下に掲載している記事は、一部抜粋となります。

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体験学習が組織風土を変革する

産労総合研究所「企業と人材」2006年11月20日号掲載分



企業研修の目的は、まさに組織パフォーマンスを高めることであると言えます。
 その際、組織パフォーマンスを高めるためには、さまざまな考え方、方法があろうかと思いますが、そのための本質的な方法の一つとして、私は、組織風土を改善してくことが重要な要素として上げられるだろうと考えております。
 そして、体験学習による教育研修は、まさにこの組織風土の改善に資するものであり、組織に、オープンなコミュニケーション、信頼の風土、自信と誇りの回復、粘り強さとたくましさ、前向きで創造的な雰囲気、限りない可能性の開花をもたらすことができると考えております。
 以下、組織パフォーマンスと風土の関係、組織風土を改善してくための指針と考え方を記していきたいと思います。



<組織パフォーマンスと風土の関係>


組織風土と業績の関係(氷山)

組織パフォーマンスと組織風土の関係は、氷山の水面上の部分と水面下の部分の関係に例えることができます。
 氷山は、水面上に見える部分はほんの一部であり、その圧倒的多くは水面下に隠れています。組織の生産性や安全性、創造性など、はっきりと目で見ることができる組織パフォーマンスは、氷山に例えると、水面上に見えるほんの一部であり、水面下に隠れている圧倒的多数である組織風土の浮力に支えられてようやく顔をのぞかせることができると言えましょう。
 組織風土とは、コミュニケーション、リーダーシップスタイル、雰囲気、意思決定のスタイル、各種手続きとルール、共有ヴィジョンと目標、ものの見方、認知傾向、考え方、参画の程度、モチベーション、などさまざまな要素が複雑に絡み合って織り成されるひとつの意識や文化であり、目で見て手で触れるものではないし、貸借対照表に記載される要素でもありませんが、企業のブランドや特許などの知的創造性を育む源泉となるものであり、まさに無形資産の源泉と言えます。
 ちなみに、企業の市場価値総額(株式時価総額と社債との合計額)に占める無形資産の割合は、近年とても大きくなっており、Blair,et al .によると、米国企業において、1978年末時点においては、有形資産総額の市場価値総額に占める比率は83%、残りの17%が無形資産であったのに対して、1998年末時点においては、有形資産総額の占める比率は31%に低下し、逆に、無形資産は69%と上昇しているという調査結果を発表しています。


有形資産と無形資産の関係(グラフ)

 この傾向は、今後ますます強まることを考えると、21世紀の企業経営にとって、この無形資産をどのように高めていくかは、非常に大きなテーマであり、今後の企業成長のカギと言えるのではないでしょうか。
 それでは、この大切な要素である組織風土をどのように測定しマネジメントしていけばよいのでしょうか。さまざまな考え方がありますが、私は、その本質的な要素として、@自己イメージ、A組織懸念 の2つの指標を取り上げており、それぞれの現状を分析する診断ツールを使って、現状認識と問題把握、改善施策の立案、研修効果測定などに応用しております。
 私は、体験学習は、この2つの本質的指標を改善することに適しており、その改善を通して、組織風土の改善に根本的に貢献することができると考えています。
 以下、それら2つの指標について解説して行きたいと思います。


<自己イメージ>

自己イメージとは、「私は〜である。」「私は○○ができて、△△ができない。」といった、自分で「自分はどういう存在と考えているのか」といった「自分に対する概念やイメージ」をいいます。
 自己イメージは、人生におけるさまざまな経験、周囲からの期待、役割、他者とのかかわり方などの影響を受けながら自分の内面にはぐくまれていく自画像といえましょう。
 この自己イメージは、そのあり方によって、その人のヒューマンスキルはもちろん、健康、家族関係、仕事の仕方、キャリアなど、人生におけるさまざまな側面に大きな影響を及ぼしているとされています。
 近年大きな問題となっている凶悪少年犯罪、幼児虐待、自殺問題、うつなどの問題の背景には、自尊感情の欠如、過度な自己否定といった自己イメージの問題があると言われています。
 また、逆に、自尊心や自己信頼といった健全な自己イメージが、人生における窮地を乗り越え、素晴らしい栄光、偉大で輝かしい生き方のよりどころとなった事例は数限りなく報告されています。
 まさに、良くも悪くも自己イメージは、人の人生に大きな影響を及ぼしていると言えるのです。

 その際に、「それでは、自己イメージは、本当のことなのだろうか?」ということが問題となりますが、心理学的には、この自己イメージは、必ずしもリアリティを反映しているとは限らず、むしろ、誤解や思い込み、偏見などによってゆがんでしまっている可能性が大きいとされています。
 しかし、一旦信じ込んだイメージは、例えそれが勘違いであったとしても、本人に与える影響は絶大であり、その人の行動や意思決定、価値観や態度、コミュニケーションやリーダーシップ、など、人生におけるさまざまな側面に影響を与える決定的な要因となると考えられています。

 自己イメージに関するさまざまな意識調査によると、実は、日本人の自己イメージは、諸外国に比べて、とても矮小で貧弱で、自分に対して手厳しいというデータが出ております。
 一例を挙げると、財団法人日本青少年研究所「高校生の未来意識の調査(2002年)」では、日本、アメリカ、中国の高校生の比較調査がされており、設問の中で、「自分はだめな人間だと思うことがある」という質問に対して、「YES」と答えた生徒の割合が、中国の生徒36.9%、アメリカの生徒48.3%に対して、日本人の生徒は73.0%と高くなっていることが分かります。
 また、「計画を立てるときは、それをやり遂げる自信がある」という質問に対して「YES」と答えた生徒の割合が、中国の生徒73.5%、アメリカの生徒86.3%に対して、日本人の生徒は38.0%と低くなっていることが分かります。
 要するに、日本の高校生の73%が、自分はだめな人間だと思うことがあり、計画をやり遂げる自信のある生徒は38%しかいないことを示しています。
 「諸外国に比べて、日本の高校生が劣っている」ことが事実ならば、現実をありのままに見ていることになり問題は無いのですが、同じ人間として生まれて、潜在性や可能性に違いなどあるわけがありません。できないと信じているのは自分だけの思い込みであって、もともと持っている可能性に優劣などあるわけが無いのです。
 しかし、全く同じ人物であっても、一方は「必ずできる!」と信じて、もう一方は「絶対にできない」と信じて活動したとしたら、1年後、5年後、一生かけてやり遂げる結果には大きな違いができてしまうでしょう。
 色々な考え方はありますが、私どもは、「人は、決して欠点だらけの無力な存在ではない。本気を出せばどんな人でも素晴らしい仕事をすることができる。その潜在性や可能性は私たちの想像をはるかに超えて大きい」と考えております。
 ですから、基本的な態度として、自分を大切にすること、自分の力と可能性を信じることが大切で、そのように自分を尊重し、誇りを持つ生き方をお勧めしています。
 そのような自分を大切にできる個人であるからこそ、本当の意味で仲間やお客様を大切にできるのだろうし、そのような自信と誇りと満足度の高い個人が協力し合えてこそ真の顧客満足を提供できる組織となることができるのだろうと考えております。


<従業員の自信と誇りを大切にするリッツ・カールトンの事例>

従業員の自信と誇りを重要なマネジメント指標の一つとされているリッツ・カールトンの事例をご紹介します。リッツ・カールトンは、世界ホテルランキングで絶えずトップグループを保ち続ける一流の企業です。今回、この記事のために、ザ・リッツ・カールトン大阪の人事部トレーニング担当ディレクター石川依子様がインタビューに応じてくださいました。
 石川さんによると、リッツ・カールトンでは、毎年1回秋口に、全従業員を対象に従業員満足度調査を実施しており、その結果に基づいて、各部署が具体的な改善策を話し合い、日々のマネジメントや教育に生かしているとの事です。ちなみに、この調査は、「お客様にハッピーになっていただくには、従業員がハッピーにならなければならない」というリッツ・カールトンの理念の下で、全世界で実施されることになります。リッツ・カールトンでは、従業員を"内部顧客"と呼び、お客様としてお互いを理解し、尊敬してもてなすと言った考え方があり、従業員を大切にしてその満足度を高めることこそ顧客満足につながると言う経営哲学を徹底して実践しているのです。
 調査は、アンケート形式で、数10問の設問に無記名で答える形で実施されており、その設問は、ゴールド・スタンダードと呼ばれるリッツ・カールトンの経営哲学に基づいて作成されています。
 リッツ・カールトンでは、このゴールド・スタンダードをとっても大切にしており、全世界が同じ哲学を持ち、その理念が日々の従業員の仕事に生き生きと反映されています。
 その理念の中で「紳士・淑女をおもてなしする私たちも紳士・淑女である」と言うモットーがあります。このモットーは、お客様がそうであるように、従業員は自信をもった誇り高き紳士淑女であるべきだというメッセージがこめられています。石川さんは、このモットーは、とっても大切なポリシーであり、当然、アンケートの設問項目にも反映されていると仰っています。
 そして、そのような調査結果に基づいて、日々のマネジメント、従業員教育のあり方が改善、工夫されていくことになるのです。また、従業員の自信と誇りを大切に育んでいこうとする方針は、さまざまな方法で工夫されており、例えば、従業員食堂には、たくさんのお客様からの感謝の想いが書かれているサンキューメールが張り出されているとの事です。この場合、お客様とは、前述通り内部顧客(従業員)をも含みます。そこには、同僚の日々の偉業、素晴らしい仕事ぶり、努力が称えられており、従業員たちの楽しみと喜び、そして仕事への強い勇気付けとなっているとの事です。
 余談ですが、私がザ・リッツ・カールトン大阪に宿泊した際、案内をしてくれたボーイさんが、実に落ち着いており、集中しており、私をよく観察し、よく耳を傾けて実にさわやかに対応してくれたことが印象的でした。また、リッツ・カールトンの中では、「お出かけですか?」「お荷物お持ちしましょうか?」など、従業員の方からよく話しかけられます。自然に話しかけてくれるので、こちらも気楽に対応できて、不思議にそうしているうちに、昔からのなじみのホテル、なじみの街に帰ってきたような気になるのです。
 まさに見事なヒューマンスキルであり、このようなスキルはなかなか育めるものではありません。まさに、優れた理念と日々の経営努力、教育が見事に結実していることを実感した次第です。


<組織懸念>

社会心理学者J.ギブは、組織の生産性を高めるために必要な要素を研究した結果として、『四つの懸念』という理論を発表しました。
 ギブは、さまざまなチームを研究した結果として、人間関係は、可能性の創造をもたらすけれども、同時に必ず懸念(心配、疑惑)をも発生させることをつきとめました。
 あらゆる人間関係、社会的相互作用の中に、必然的に"不安、恐怖、誤解"などの総称としての懸念が必然的に発生し、またそれは、以下の4つの様態をとって現れてくるとしたのです。


四つの懸念
懸念内容
受容懸念・そもそも私は受け入れてもらえるだろうか
・相手は私を非難攻撃するだろうか?
・相手はどの程度信頼に値するだろう。
データ懸念・言葉を選ばなくては、ここではどんな話題が通用するのか?
・私はどのように振舞えばいいのだろうか。
目標懸念・ここでの目的、目標は何か?
・自分の目的や目標は競合しないか?
統制懸念・誰が仕切るのだろう?
・どのように仕切るのだろう?

J.ギブによると、数々のグループの調査分析により、グループの成長は、懸念の解消のプロセスと等しいとされています。つまり、当初グループに強くあった懸念が解消されていくにつれて、信頼関係やメンバーの自由度が増し、チームとしての生産性や創造性が開発されていくと考えたのです。

この理論では、チームのもともと持っている生産性や創造性はとても大きいのですが、懸念が足を引っ張り、チームのもともとの力を麻痺させる阻害要因となっていると考えられます。
 チームの生産性や創造性の源は、チームの外にあるのではなく、チームの中、既に今ここにまどろんでいるのですが、その懸念がチームの足を引っ張り、チーム力の発揮を阻害していると考えられるのです。
 ですから、私たちが、チームを輝かせるために必要なことは、チームの外にある新たな特別なものを捜し求めるというよりはむしろ、目の前にある懸念を解消すること、お互いに肩の力を抜き、誤解を解き、理解し合うことこそ重要な要素であると言えます。
 組織の生産性や創造性には、基本的な信頼関係が絶対に必要な要素となりますが、信頼関係は、取り繕ったり、テクニックを弄したりして作り上げるものではなく、対話を通して懸念が解消されれば自然に起こることであり、信頼関係が起これば、チームの閉ざされていた潜在能力の扉が開かれ、本来のチーム力が開花し、高いパフォーマンスを遂げることにつながっていくことになるのです。

<組織風土の4類型>

前述の「自己イメージ」と「組織懸念」を利用して、私どもは、組織風土を以下の4つのタイプに分けています。


組織風土の四類型


@危機的風土(高懸念 低自己イメージ)
自分の仕事に自信が持てないし、メンバー相互の誤解による不信感も高く、不安や恐怖感など、大変ストレスが多い。チームパフォーマンスは、創造的であるというよりは、破壊的であり、従来の価値観や秩序は崩壊していく。

A個人主義的風土(高懸念 高自己イメージ)
メンバーの自信とスキルは非常に高いが、相互不理解、誤解が多く、結果的に反感、不安に基づいた防衛的な風土となっている。
個人作業は、非常に上手にこなすことができるが、協力作業は、想像以上に困難であり、多大な労力が必要となるため、チームパフォーマンスは低く、マネジメントのありようによって、グループとして成長する可能性が大きいが、同時に崩壊に向かう可能性もある。

B組織依存的風土(低懸念 低自己イメージ)
構成メンバーは、相互に信頼し、グループに所属する喜びを感じているが、自分の仕事にもはや大きな満足を得られなくなっており、このままでいることに疑問を持っている。何がしかの問題意識や心持の悪さを感じているが、組織の安定してる強い力に依存して、現状を維持しようとする意識傾向が強くなっているため、改善や変革など、柔軟性や成長力が鈍っている。
組織パフォーマンスは、高く、安定しているが、生産性や創造性は、頭打ちである。

Cダイアローグ型風土(低懸念 高自己イメージ)
自信と信頼の風土が醸成されており、コミュニケーションがよく、メンバー相互が、必要に応じて最適な役割を状況にあわせて遂行する。グループは、エネルギーが高く集中しており、生産性はもちろんのこと、質量ともに高いアイデアが生かされ、創造性が格段に高くなる。結果、組織パフォーマンスは高く、さらに成長を見込むことが出来る。


<ダイアローグ型の組織風土を目指して>

急激な技術革新、商品のライフサイクルの短縮化、経営環境の激変など、21世紀の企業経営はまさに激動の時代です。変化に柔軟に対応し、智恵を生み出し、創造的に問題解決を図るためには、組織風土をダイアローグ型に変容していく事が極めて重要な経営課題であると言えるのではないでしょうか。
企業研修における体験学習は、自己イメージの健全化、組織懸念の解消をはじめ、チームのコミュニケーションやリーダーのヒューマンスキルの向上など様々な改善を通して、組織風土をダイアローグ型に変容する効果的な教育方法であると言えます。21世紀の経営戦略としての組織開発、風土変容のとっておきの施策として、体験学習は、頼りがいの在る力強い武器となるでしょう。


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