企業と人材記事 シリーズ「成功する体験学習の進め方」第1回目「体験学習について」
2006年9月20日号より6回にわたり「成功する体験学習の進め方」をテーマに産労総合研究所出版の「企業と人材」誌に連載しました。
※以下に掲載している記事は、一部抜粋となります。
体験学習について 〜体験学習の特徴・他の学習方法との違い・効用〜
産労総合研究所「企業と人材」9月20日号掲載分
<体験学習とは>
体験学習とは、本や理論など、既に一般化されたモデルから学ぶのではなく、自分が体験したさまざまなことを大切にして、そのような今ここの生きた体験から学ぶ学習方法です。その歴史は古く、1940年代に社会心理学者K.レヴィンによるグループダイナミックス研究の一環として開発されたトレーニング方法に端を発しています。
主に、コミュニケーションやリーダーシップと言ったヒューマンスキルトレーニングに適していると言われており、現在では、企業教育はじめ、
学校や病院、さまざまな組織におけるソーシャルスキル、ヒューマンスキルトレーニングの方法のひとつとして広く一般的に活用されています。
体験学習を深く理解していくために、ここでは、体験学習を、モデル学習との対比の中で見ていきましょう。
通常、私たちが“学ぶ”ときの学び方は、“モデル学習”といえるでしょう。モデル学習とは、既にある答えや先生の示す見本から学ぶ方法であり、私どもはそのような正解やモデルから学ぶ方法をモデル学習と呼んでいます。
モデル学習の学習プロセスは、基本的に漢字の書き取りと同じで、先生が“見本(モデル)”を示し、生徒は、それを“複写”し、何回も“練習”をして、“記憶”し、自分のものにする。そして、当初先生の示した見本が、自分のものになったときに、さらに新しく高度な“見本(モデル)”を提示してもらうと言ったサイクルを繰り返していくことになります。
そのようなプロセスを通して、学習者は、より高度な知識やスキルを体得していくことになるのです。モデル学習は、先哲の叡智や成功モデル、長い歴史から育まれてきたエッセンスを短期間で習得するための非常に効率の良い方法であり、さまざまな学習に応用が可能です。また、どんな教育機関、組織、文化でも行われている教育方法であり、汎用的で一般的であるといえましょう。
しかし、そのように効果的な方法であるモデル学習も、決して万能で完璧な方法とはいえません。実は、モデル学習は、限界があり、どんなことでもこの方法で学べるわけではないのです。
たとえば、一流のプロスポーツ選手を思い浮かべてください。彼ら彼女らは、大変パフォーマンスが高く、一流であり、モデルとするにはもってこいの人たちですが、しかし、モデル学習のように、彼ら彼女らの物まねをしたからといって、その技術を得られるわけではありません。
また、一流になればなるほど、その技術はユニークであり、一般的ではありません。有名なプロ選手の成功の秘訣は、一様に個性的であり、全く画一的ではありません。ですから、一流であるための型にはまったモデルは存在しないのです。
匠の技、というものがあります。一流の職人芸は、大変みごとであり、見習いたいスキルであります。しかし、残念ながら、見取り稽古には限界があり、同じようにやってみても、同じようにはできません。その技は、その人独自のきれをもっており、その人にしかできない独特なものだからです。
一方、教育研修の大きなテーマでもあるリーダーシップやコミュニケーションは、いかがでしょう?私どもの認識では、リーダーシップやコミュニケーションと言ったいわばヒューマンスキルは、個性の現われと考えております。その際、個性には、当然のことながらあるべきモデルや正解はありません。リーダーシップやコミュニケーションについても同様であり、すばらしいヒューマンスキルのあり方と言った場合、美しいあり方は、一輪だけではなくて、百花百様であり、個性の数だけ美しい花が咲く可能性があると言えましょう。
そのような多様な可能性のあるヒューマンスキルを学ぶ際には、画一化したモデルをもとに学ぼうとする従来のモデル学習では、効果的に機能しづらいと言えましょう。
一方、体験学習とは、従来のモデル学習とは違って、既に一般化された知識やモデルから学ぶのではなく、自分の体験を大切にし、そこから宝を導き出す学習方法です。体験するということは、生身の私が、感じ、考え、反応し、気づくということであり、過去や未来の虚構ではなく、“今ここ”のリアリティを味わうということです。ですから、それはリアルであり、作り物ではない真実味があると言えましょう。
まさに“体験”は、既に出ている過去の枯れた理論よりも、ずっとずっと生き生きとした信頼に値する、頼りになる情報と言えるのではないでしょうか。
ただし、その自分自身の体験も、本当の真実とは言えません。なぜならば、人間の認識する力は、大変優れてはいますが、完全ではないからです。人間の認識力には限界があり、ありのままの全てを理解できるわけではありません。
私たちは、とっても勘違いしやすいのです。実感では、太陽が動いているように見えますが、真実は、太陽ではなく、地球(自分)が動いているのです。
では、この個人の認識力の限界を超えて、本当のことを知り、真実に基づいてよりよい方法を学んでいくためにはどのようなことが必要なのでしょう。体験学習では、この個人の認知バイアス(偏向)を修正し、本当のことを理解して行くために、個々人の認識を“分かち合う”ことをします。
つまり、チームで共通に体験したことに対して、個々人がどのように感じたのかの内面の出来事を発表し、個々人の内面のプロセスをオープンにしていく作業を実践するのです。
内面をオープンにするためには、信頼関係が必要ですが、信頼関係がはぐくまれている中で、体験の分かち合いがなされると、隠れていた個々の内面に光が差し込み、本当のことが次第に明らかになっていくことになるのです。
人間関係は、複雑であり、広く大きく奥行きが深いものです。自分が、それを“青”と認識しても、他人がそのように認識するとは限りません。“黄色”と見る人もいるだろうし、“緑”と見る人もいるでしょう。しかし、そのどれかが正解で、他の見解が間違えているということではありません。なぜならば、いずれも複雑なものの、ある側面を見ているわけであって、立場から見た見え方に間違いが無いからです。ただ単に、見方が部分的なだけなのです。
同じ町を、東から見るのと西から見るのとでは、違った町に見えますが、実は、同じ町を見ているのです。
同じ町を、低地から見るのと、山の上から見るのとでは、違った町に見えますが、実は、同じ街を見ているのです。
しかし、それぞれの見え方を集めて行くと、本当の町が観えてきます。それぞれの認識を分かち合って行くと、どんなに広く深く大きな対象
であっても、その全体像、真実に近づくことができるでしょう。
内面の体験は、自分にとっては大切な宝物ですが、それを相手に伝えたとき、相手が宝物として扱ってくれる保障はありません。ですから、内面の体験を分かち合うことは、とっても勇気が必要であり、相互信頼が必要ではありますが、もし、本当に信頼が起こって、人と人とが、本当の体験を正直に語り合うことができたとしたら、きっと隠された真実に光が当たるのではないでしょうか。
体験学習は、以上のように、体験したことを観察し、個人で感じたこと気づいたことをチームで分かち合い、さまざまな視点から本当のことを明らかにしていくことを通して、真実の理解や、よりよいあり方の探求をしていくことができる学習方法です。
また、ありのままの現実を淡々と観察していく方法でもあり、「こうあるべき」や「こうあるべきではない」と信じ込んでいる考え方から離れ、自然で等身大の自分自身をみつめ、本来の自分らしさを探求していくことができるので、自由になる、本来のエネルギッシュで生き生きとしている
自分を取り戻す方法ともいえましょう。
技術の進歩が早く、変動の大きい時代にあって、変化に柔軟に対応し、智恵を生み出し、創造的に問題解決を図るための質の高いコミュニケーションやリーダーシップの能力育成が求められている現代では、主体性や個性を重んじて、その限りない潜在性を引き出す支援をする体験学習方法は、非常に強力な戦略的なツール、学習方法と言えるのではないでしょうか。
<体験学習の学習プロセス>
体験学習は、先生の講義や理論モデルから学ぶと言うよりは、体験から学ぶ方法であり、通常の場合、まず、チーム活動や個人ワークのような"実習(structured experiences)"と呼ばれる体験エクササイズを実施します。
各種の実習は、さまざまなレパートリーがあり、楽しく熱中して参加できるように工夫されています。
たとえばチーム活動のような実習を実施すると、チームコミュニケーションは一気に活性化し、文句なく楽しいことが多いので、メンバーの参加度合いは増し、凝集性は高まることが多いといえましょう。
しかし、ややもすると、このような刺激的な実習の側面だけをとらえて体験学習と呼ばれることが多いのですが、単に体験だけでは、本当の意味での学習にはつながらないと私どもは考えております。
体験学習は、単に体験で終わるのではなく、体験したあとに、体験プロセスをじっくりと丁寧にふり返り、観察していくことを通して、普段は隠れて見えることがない人間関係の中で起こっているさまざまなことがらに光を当てて、思い込みではなく、関係性の真相やありのままのリアリティを理解していくことを試みる学習方法なのです。ですから、どちらかと言うと、刺激的で興奮する学習方法ではなく、粛々と淡々と内面や関係性をみつめ理解を深めていく方法であり、その学習がうまく行くときは、たいていの場合、静かで穏やかな雰囲気になることが多いのです。
その具体的なプロセスは、以下のとおりです。
@体験
体験学習の場合には、まずは、体験することから学習が始まります。具体的には、グループワークやエクササイズなどの実習を体験します。
A観察
日常の生活では、体験の連続で、体験をふりかえることは、特別な場合を除いて少ないと言えますが、体験学習の場合には、丁寧に体験を観察していきます。また、忙しい日常生活の中では、あらかじめどう行動すべきか、どう考えるべきか、などといった自分なりの仮説や正解、態度をもって体験とかかわりますが、体験学習の場合には、そのような自分の中に既に構築されているメンタルモデルをひとまず保留して、体験したことを習慣となった反応パターンで解釈し、良い悪いを判断し、どうすべき(だった)かの結論を即座に下してしまうのではなく、起こった出来事や体験したことを、ありのままに丁寧に観察していくことになります。
われわれは、さまざまな知識を身につけており、いろんなことが分っているつもりでいますが、おおよそ人間関係について、より良いあり方、生き方、そうあるための方法、などについてよくよく考えてみると、本当のことは何も分っていないと言えるのではないでしょうか。体験学習では、わかったつもりになるのではなく、謙虚に現実を観察し、ありのままの姿をよく探求することを徹底的に行っていくことを通して、隠されている真相や真実を学んでいこうと試みる学習方法でもあるのです。
具体的には実習の後で、実習中に体験した様々な事柄(自分の感情、感覚、思考、など)を言語化し、紙に書いていきます。その際、体験をふりかえりやすくするために設計された一定の書式(プロセス観察シート)を使うこともあります。
B分析
観察した事柄をさらに探求し、起こった出来事の原因を分析していくステップです。
体験したことは、Aの観察を通して光が当てられて、それだけでも大変価値のあるふりかえりをすることができるのですが、ただ、人間の認識にはバイアス(偏向)がかかっており、事実をありのままに理解しているとは限りません。例えば、前述のとおり、自分の実感では「太陽が動いている」のですが、現実は、「地球が動いている」のです。特に、人間関係のような複雑な現象を理解する場合には、誤解や思い込みが多く、真実を知るためには個人だけの認識ではなく、多くの視点から観察したデータを持ち寄ることが大事となります。
ですから、本当のことを理解していくために、メンバーそれぞれが体験をふりかえった観察データを公表し分かち合います。この分かち合いを通して、ありのままの現実や本当のことを理解していく事が出来るようなるのです。
C仮説化
@〜Bまでのプロセスを経て明らかになった現実の出来事について、「なぜその様な事になったのか?」について自分なりに仮説化します。ここで統合された仮説は、間違いがない真実とは限りませんが、今の時点では体験から導き出された宝であり、価値ある叡智と言えましょう。
なお、この仮説化の一助として、一般的に認知されている理論などを解説する"小講義"がなされる場合もあります。
導き出された仮説は、次の実習で検証したり、実践してみて、更に深く探求し理解していくことが出来ます。また、より良いと思える方法を次の実習で試みて行くことができるので、実習を繰り返すうちに、個人として、チームとして成長を実感して行くことができるでしょう。
このように、実践や試みを通して学習し、成長を図ることができるので、体験学習方式による方法は、ラボラトリーメソッド(実験室メソッド)とも呼ばれています。
<体験学習のもたらすもの>
体験学習の目指すもの、そのねらいは、主に、個人の領域と集団の領域に分けることができます。
1.個人の領域
体験学習は、ありのままの現実を良く観察することを通して、本質や可能性を探究してく方法であり、個人が本来持っている自然でリアルで限りない力や可能性と出会い、本当にそう生きたい生き方や自分らしく輝いて生きる生き方を後押し、支援ができる優れた方法です。
体験学習を通して個人が学ぶことができる要素の代表として、私どもは以下の項目を考えております。
@主体性
自分自身が感じたことや気づいたことを信じ大切にして、その体験をもとに学ぶことを繰り返すことで、自分のコントロールセンターを、他者の権威に置くのではなく、自分自身でつかみとり、ついには自分の人生を自分らしく輝いて生きる主体性を獲得することにつながります。
A自己信頼と自尊心の回復
等身大で、ありのままの自分自身を探求することを通して、自分の注意すべき点に気づくと同時に、思ってもみなかったような輝かしく大きな存在としての自分自身に気づくことが多く、自分の中に深く根付いている否定的な自己概念が解かれて、よりリアルで自然で健康的で偉大な存在としての自己を回復することにつながります。
B落ち着きと集中力
ありのままを一旦受け止めてみること、現実をそのままで観察してみることを繰り返すことで、その場で起こっているありのままの現実を嫌ったり恐れたり拒絶したりすることによる内面の騒がしい反応が静まり、落ち着いてよく場や現実を観察する能力や集中力が格段に向上します。またその落ち着きと集中力は、個人の潜在化しているさまざまな能力やスキルを表に出す強烈な力となるのです。
C創造性(Creativity)
内面で起こった気づきやひらめきやアイデアを大切にして、それを書とめて、実際に表現していくことを通して、次第に個人の表現力のスキルが高まり、個人の創造性も同時に開花していくことになります。
Dチャレンジ精神
体験学習は、実践を通して学ぶ方法であり、試みる学習方法でもあります。
ですから、個々人のさまざまな挑戦や試みは、守られ奨励される風土の中で、新しい自分を発見し、その可能性に挑戦していくスキルも身につけることができます。
2.集団の領域
体験学習は、リアルに起こる人間関係のプロセスを通して、そのより効果的なあり方を探究していく方法です。ですから、人間関係(チーム、組織)のより良いあり方を学ぶと同時に、実際に場のメンバーのコミュニケーションの改善やリーダーシップスキルの向上が起こり、受講チームの生産性や創造性が大幅に高まることが多いといえます。
学習と改善が同時に起こる体験学習方式は、職場ぐるみで実施するなどを通して、実際の現場を改善していくことができる実践的な現場変容のツールともなるのです。
@コミュニケーションの改善
コミュニケーションは、安全性や生産性、創造性に大きな影響を及ぼす要素ですが、体験学習は、この職場のコミュニケーションを改善し、開放的でオープンな風土を醸成することにつながります。
Aチームビルディング
チームとして協力し、チームパフォーマンスを高めるための実践学習を通して、チームの優れた可能性を引き出すことにつながります。
B基本的な信頼関係の育成
深くて正確なコミュニケーションを通して、メンバー相互の懸念や誤解を解消し、相互理解を促進すると同時に、共に協力し合って課題を成し遂げるために必要な基本的な信頼関係を育成することができます。
C生産的、創造的な組織風土の醸成
体験学習の学習目標である、オープンなコミュニケーション、相互に信頼しあえる関係、共通のヴィジョン、自己実現に関する学習を通して、組織全体としての力、生産的で創造的な組織風土の育成につながります。