前回のブログで、従業員の「仕事の煩雑さを解消してほしい」という要望から、社内の内線電話網を拡張することを思いつき、大きなコスト削減を実現したことを書きました。他にも同じように従業員の何気ない一言、また仕事ぶりの観察を起点にして実現した改善がありますので書き留めておくことにしました。
事例1:タクシーチケットの導入
台湾の現地法人で管理部門を主管しました。経理、資金繰りから人事総務、物流、輸出入等、全ての間接業務を担いました。その中で、業務が特に煩雑でスタッフの残業が最も多かったのが「経理」でした。その原因は、システム化の遅れにありました。今となっては信じられない話ですが、私の着任時には経理ソフトが未導入で、手書き伝票をひたすらExcelで仕分けして処理していました。その様子を横で見ていて、社員が継続的に増えて会社が大きくなることも見えていましたし、このまま業務のやり方を変えずにいると遠からずパンクすると考えました。そこで、現状の人員(2名)を増やさずに業務量の増加に耐えうる方法を講ずることにしました。
まず当面策として、伝票処理の大半を占める「駐在員のタクシー代」の立替精算にメスを入れました。駐在員には、自家用車やバイクでの移動を安全面から禁止していましたので、移動に際しては毎回タクシーを利用しなければなりませんでした。駐在員25名が、平均して一日に2回タクシーを利用したとすると、月稼働22日として乗車回数1,100回になります。すると毎月1,100枚の領収書が経理に回ってきて、一件ずつ伝票に起こし、現金で精算する必要が生じます。この作業を延々と続けていました。私は、タクシー会社に、当社が独自に作成したタクシーチケットの利用を認めるように交渉しました。市中のタクシー会社3社の内、2社がこの要求を受け入れました。駐在員にタクシーチケットの利用方法を説明して導入を開始しました。当初は、タクシー会社のドライバーに新ルールが浸透しておらず、降車時にトラブルになることがありましたが、1ヶ月ほどすると定着して経費処理の工数が劇的に削減できました。
続いて、経理ソフトを導入しました。従来のExcelによる仕分け作業をなくし、更に、各部門のアシスタントに経理ソフトの機能を一部開放して部門毎に経費伝票の起票を任せて経理スタッフは入力情報のチェックと承認だけをすることにしました。その結果、経理スタッフの業務は激減し、その空いた時間を決算作業や経費の分析に充てることが出来ました。
事例2:職場レイアウトの変更
ベトナムの現地法人で人事総務を主管しました。着任して自席に座り目の前に部下がずらっと座っている姿を見て、とっさに頭に浮かんだのは「この人たちを幸せに出来るかな」という言葉でした。日常の仕事は回っているし、まずは様子を観察して、急いで対処すべきことと、じっくりと取り組むべきことを把握しようと考えました。
まず気になったのは、私の目の前にずらっとならんだキャビネットでした。人の腰の高さくらいのものが右は総務、左は人事のスタッフを分断していました。どのような意図で職場を二つに分けたのか不明でしたが、真っ先に違和感を覚えました。しばらくすると、総務のスタッフがやってきて、人事のスタッフへの不満を訴えました。職場で対応しなければならないことがあっても、人事のスタッフは見て見ぬふりで協力的でないというのです。そこで、人事のスタッフにも話しを聞いてみました。彼女たちの言い分は、総務からいろいろ言われていることは知っているけれど、人事と総務とでは仕事の内容が違うし、私たちも遊んでいるわけではないのに協力的でないと言われても納得できない、というものでした。
さて、どうしようかなと思っていた時に、ふと目を上げると前述のキャビネットが目に留まりました。以前、心理学を学んだ時に、心理的な壁を物理的に解消できる、ということを知っていたので、ひょっとすると、人事と総務を隔ているこのキャビネットの存在が対立を生じているのではないかと考えました。最初、課長にその話しをしたところ、スタッフの仲が悪いのは性格が原因でキャビネットを取り払ったからといって解消するとは信じられない。キャビネットにはたくさんの書類が格納されていて、動かそうとすると大変な作業になるので出来れば避けたい、とのことでした。しかし、私はきっとうまくいくのでやってみようと説得し休日にそれまで職場の中央に陣取っていたキャビネットを左右に移動しました。
月曜日になって出社したスタッフたちは当初少し戸惑っている様子でしたが、翌日には違和感も薄まったようでした。私は、スタッフの動きを観察していました。すると、それまでキャビネットがあったため迂回しなければならなかった職場の導線が直線になり、スタッフがお互いの席のすぐ横を通り過ぎるようになりました。やがて、誰からとなくお互いに言葉を掛け合って会話もしている様子が目に留まるようになりました。明らかにスタッフの表情が変わり職場の雰囲気が和やかになったようでした。そして、1ヵ月程経って、人事と総務のスタッフに職場の雰囲気について質問したところ「以前のような不信感とか懸念がなくなったような気がする」という返事が返ってきました。
ただ単にキャビネットを動かしただけにもかかわらず、このような成果が出るとは私もびっくりしました。そして、その時私が感じたのは「人間は本来、人と仲良くしたいと思っている。しかし、それを何かの条件が邪魔しているのではないか。楽しむことに注目するのではなく、楽しめない原因に注目した方がうまくいく」ということでした。
以上の私の経験を振り返り、私たちに合った「改善の方法」について考えてみました。
まず「改善」と「改革」という似て非なる言葉の意味について調べてみました。(出典:Wikipedia)
改善: 誤りや欠陥、ミスを是正し、より良い状態にする事、行為。日本の製造業で生まれた工場の作業者が中心となって行う活動・戦略のことである。日本国外でも通用する言葉であり、本来の意味と区別するためにカイゼン、Kaizenとも表記される。
改革: ある対象を改め、変化させること。革命とは異なり、現時点での基本的な体制を保ちつつ、内部に変化を作ることをいう。変革とも呼ばれる。
また、私は、それぞれの実行の主体と目的を以下のように理解しています。
改善: 従業員によるボトムアップ。目的は業務の部分最適化。
改革: 経営によるトップダウン。目的は複数部門にまたがる全体最適化。
これをみると、私が考える「良い改善」とは、実行の主体は、従業員によるボトムアップで、目的は全体最適という、ちょうど「改善」と「改革」の中間に位置するイメージをもっています。適切な言葉を探しましたが、ベトナムの経済・社会思想政策「ドイモイ」の日本語訳「刷新」がぴったりします。
私が考える改善(刷新)のステップは以下の通りです。
1.上司(マネージャー)は、部下(従業員)の言葉をよく聴き、仕事の様子を観察して先入観抜きで「ありのまま」に受け入れる。そして、「自分だったらどう感じるか、どうするか」を自問自答する。
2.顕在化した問題の一段上の視点から問題発生の本質を把握する。顕在化した問題の解決と同時に本質的な問題にメスが入る方法を検討する。
3.社内外を見渡し、問題解決に有効な素材を見つけて、それらを組み合わせた打ち手を講ずる。
一段上のレベルで本質的な問題に気付くと、既存の問題はおのずと問題ではなくなります。例えば、人間関係がこじれた場合、当事者と同じレベルにいては良い解決策を導くことは難しいですが、一段上のレベルに立ちそこから俯瞰すると、実は人間関係は問題ではなく、人間関係がこじれた背景と真因、そして解決策が思い浮かぶことはよくあると思います。坂本龍馬が薩長同盟を成立するために、犬猿の仲だった薩摩藩と長州藩の双方がお互いに武器と米を融通し合うことを提案したという話は有名です。
このようなステップで問題を特定すると一般的な、誤りや欠陥、ミスを是正し、より良い状態にするという「改善」より一段上の、組織に変化をもたらす「改革」レベルに近づく解決が可能となります。
また、職場の人間関係に基づいた従業員起点の発想が有効な理由があります。
1.従業員の気持ちに配慮してあぶり出した問題解決の方が、理解と協力が得られやすく、結果的に早く成果を出せるため。
2.日本人は「関係構築」を重視するため。
1.は理解しやすいと思います。一方、2.については心理学者の河合隼雄さんの言葉が参考になります。
河合さんは日本の心理学の先駆けとしてアメリカとスイスで心理療法を学び、これを日本に導入しました。しかし、欧米で効果を発揮した手法が日本では必ずしもうまくいかないことに気付き、その原因を探索する中で、日本の文化の源流(神話や宗教)をたどり始めました。そして、箱庭療法など、日本的環境や日本的心性に合った心理療法を考案しました。そんな河合さんが、日本と欧米の違いを分かりやすい例で説明しています。
日本人と欧米人が大勢の聴衆を前にしてスピーチに臨むとき、二人は異なることをすると河合さんは指摘しました。
・欧米人はジョークで場を和ませる。
これは欧米人が「自我」を第一と考え、一人一人異なる「自我」もった人間の集まりにおいては、まず自分が何者であるかを伝える事。そして、また親近感をもってもらうためにジョークを多用する。
・日本人は、開口一番うやうやしく「一段高いところから失礼します」と挨拶する。
日本人はスピーチの役割を担うことによって、自分と聴衆との関係に変化が生じることを恐れます。そして「私はこれからスピーチをするけれども、だからといって皆さん(聴衆)と私の関係はこれまで通りですよ」というアピールをする。
私達日本人が自然に共有してきた「関係構築」重視の文化は、強みであると同時に、時として弱みになることもあります。それは、日本人が、自分の意志とは別に、与えられた共同体内の人間関係を大切にする反面、自分の自由意志で、他者とつながり関係性を広げることは苦手とするからです。
環境変化の少ない安定期にあっては、身近な人との「関係性を保つ」ことは有効でしょう。何故なら、現状を継続的にメンテナンスして部分最適(改善)することは、派手さはないものの、確実だからです。
一方、環境に激変が生ずると、部分最適(改善)活動では効果が限定されます。そこで、従来にはない発想で全体最適(改革)の実行が求められます。「改革」とはある意味、人(従業員)よりも、事(打ち手)をより重視する取り組みです。企業組織を優先して、これは表現が不適切かもしれませんが、従業員の納得感を得られなくても実行することを優先するものです。
では、環境の激変期に必要とされる全体最適とは、ボトムアップでは実現できないものなのでしょうか。そこに、私たちが乗り越えていくべき課題があると思います。
私は、従業員一人一人が求めている、漠然とした情報の中にこそ、組織が最優先で取り組むべき潜在的な問題を先取りするヒントが隠されていると思っています。
「細部に神は宿る」という言葉があります。見えないところこそ念入りに掃除をしろと上司から言われたとき、併せてこの言葉を教えて頂きました。小さいことを無視したら大きな方向性を見失うよ、と。
万物の最小単位である素粒子の誕生の謎はまだ解明されていないようです。素粒子には、まるでその一つ一つが精密にプログラミングされているように仕組みが備わっていて、それは神の手によってつくられたのではないかと考える研究者さえいるようです。
このことは、我々が重視すべき基本単位が、これ以上分割できない一人一人の人間だということを示唆しています。組織視点の「あるべき論」を従業員に押し付けるのではなく、一人一人の人間が、生きるために求めていること、感じていることを決して無視すべきではないのです。
「改善」の目的は部分最適に非ず。働く私たち一人一人がお互いに、生かし生かされつつ、共に手を携えてより良い人生を実現するという、究極の「全体最適」を目的に定めるべきではないかと私は考えます。