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若者 バカ者 よそ者によるイノベーション③

真壁昭夫さんの「若者、バカ者、よそ者 イノベーションは彼らから始まる!」からヒントを得て書き進めてきたブログの最終回です。今回は「よそ者」について考えてみたいと思います。

同書のアマゾンの書評では「よそ者」を、

「組織の外にいて従来の仕組みを批判的に見る者」

と定義しています。

よそ者というと、すぐに連想するのは、外国人かと。外国人をもっと登用しないといけない、ということは国会でも話題になったようです。

多様性乏しい日本企業、西村氏「促しても…強い危機感」
(朝日新聞デジタル 2021年2月17日)

衆院予算委員会で17日午前、菅義偉首相と関係閣僚が出席する集中審議が始まった。最初に質問に立った経済産業省官僚出身でもある自民党の斎藤健衆院議員は「異次元の金融緩和をしても投資が伸びず、内部留保が積み上がっている。円安になっても輸出は伸びない。日本の産業競争力が後退を続けているように見える」と述べ、企業の多様性の乏しさにもその要因がある、と述べた。続けて、「日本の一部上場企業のトップは高齢化している。在任期間も短い。しかも、ほとんどが生え抜きで、女性や外国人もほとんどいない。同質性の高い組織で、中国やアメリカの威勢のいい企業と戦っていけるのか」とただした。今後必要なアクションを問われた西村康稔経済再生相は「様々な政策で企業に投資を促しても、なかなか思い切った意思決定ができない。強い危機感を持っている。若手、女性、外国人、多様な人材を登用していくなかで、豊かな発想でチャレンジしていくことが重要だ」と応じた。

ここで問題視されていることは、

日本企業は同質性が高い⇒しかも高齢化⇒多様な人材の登用が進まない⇒アメリカや中国の企業との競争に負け続けてしまう

という単純な関連式です。それに対して、西村大臣は、企業は投資の意思決定が鈍いから打破するために多様な人材を登用してチャレンジを促したいという、これまた現状を評論するような、本質的な問題解決とはかけはなれたコメントをするのに留まりました。

そこで、私が考える「日本で多様な人材の登用が進まない原因」として、「外国人」にスポットを当てて考えてみたいと思います。

私が考える外国人の登用が進まない真因は、私たち日本人の物事の考え方だと思っています。それは何かというと、物事の本質を考えることを無意識に避ける癖、です。そのことに気づいたのは、私自身の「よそ者体験」を思い出したからです。

小学校低学年の頃、母方の実家で、夜、爪を切ろうとした私は、叔父から、「夜爪を切ってはいけない」と叱られたことがあります。私は叔父に向かって、「どうして夜に爪を切ってはいけないの?」と質問しました。叔父は少し不機嫌になって、「ダメなものはダメだ」と言いました。私は、しぶしぶ従いましたが理由が分からないので、納得していませんでした。それから何年かして、「夜の爪切りがいけない」理由を調べてみたところ、「親の死に際に立ち会えなくなる」という迷信があることがわかりました。しかし、依然として、夜爪を切ることと、親の死に目に逢えなくなるということの関連性について、どこにも説明が見当たらず、結局今日まで分からずじまいです。

ちょっと考えると、私たちは、このような、そもそもどんな理由でずっと守られてきたのかよく分からない風習や規則に囲まれていることに気づきます。それはなぜなのでしょうか。

賴住光子さん(東京大学大学院人文社会系研究科・文学部倫理学研究室教授)によると、著名な仏教学者の中村元さんの研究で、アジア各国における仏教の広がり方というのがあり、日本には他国に見られない3つの特異性「出家を条件にしない」「厳しい戒律を重視しない」「仏教本来の教理にこだわらない」を見つけたそうです。そのような緩やかな教えによって仏教は広まっていったと。もし、仏教本来の厳しい戒律が求められたならば日本中に、ここまで広く仏教は行き渡ることはなかったはずだと頼住さんは述べています。日本人と仏教の関係性を見ると、日本人が、ルーツや本質理解にはそれほどこだわらず、良いものであれば手っ取り早く取り入れて実践してしまうという特徴が読み取れるのではないかと思います。

仏教を例にして、日本人の「ものごとの本質」に対するこだわりの薄さについて、もう少し考えてみたいと思います。最も分かりやすいのは、「神仏習合(本地垂迹説)」です。本ブログで何度も取り上げている社会学者の橋爪大三郎さんによると、西暦500年の初頭に、朝鮮半島から仏教が伝来して、当時の大和政権がどのような判断をしたのか。また現代にどのような影響を与えたのか、次のような解説をされています。

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さて、日本人にとって、宗教上の大きな問題は、神と仏の関係です。日本にはもともと神がいた。そこに仏が入ってきた。仏教と神道というべきか、もともとあった信仰との間には水と油の関係がありました。では仏とは何か。悟ったインド人で、ゴータマのことです。偉い知識青年で、日本人と関係はないのです。

では神とは何かというと、日本の自然を見て「ああ、感動した」となると、これは全部、神になります。自然には、山あり、川あり、木あり、岩ありと、いろいろなものがある。しめ縄を張るとご神体になるではないですか。つまり、日本の神道は自然崇拝であって、それを人格化した部分がある。こういうものなのです。

さて、こういうものがもともとの日本人の自然観、宗教観だとすると、仏教とつながりが悪いのです。仏教というのは、この世界のメカニズムを認識して、認識して、認識し尽くして、悟って、あまりに知識が立派であるから尊敬に値する、そういう人がブッダですということで、そうした知的活動のことです。自然現象(自然崇拝)というのは、そんな知的活動は全く行いません。ただ山は山、川は川なのです。

日本人は困った。困っていろいろ考えた。つまり、仏教と神道を何とか調和させようと思ったのですが、平安時代の末になって、お坊さんがこのような説を唱えました。「皆さん、仏教と神道をそんなに区別して考えるのはやめましょう。なぜなら同じだからです。もともとインドにいた仏様や菩薩が日本の民衆を救うために日本にやって来た。そして、あちこちに降り立って神社の神様になったのです。だから、神様の正体は仏様で、神様を拝めば仏様を拝んだことになり、仏様を拝んだら神様を拝んだことになるのです」

このような学説(本地垂迹説)は仏典のどこかに根拠があるのかと調べてみると、どこにも書いてありません。どこにも書いていないし、何の根拠もないのですが、日本社会の法則として、皆で相談して反対がなければその通りになる、というものがあります。したがって、平安時代のこの社会法則によって、この本地垂迹説は正しいことになってしまいました。このため、幕末になるまで日本人は仏と神を同じだと思っていたのです。

ところが、幕末に廃仏毀釈、神仏分離といって、仏教と神道は違うという一大キャンペーンがありました。なぜそのようなものが必要だったかというと、尊王攘夷に関係あるのです。つまり、明治維新の原動力は尊王思想です。天皇が本当の君主である。よって、武士はもちろん日本人民は全員、天皇の下に結集して、オールジャパンの政府、オールジャパンの日本国をつくって、外国と対抗しなければならない。こう説きました。幕府がオタオタしていたわけですから、この考え方は非常に説得力を持ちました。

さて、オールジャパンはいいとして、その中心になるのがなぜ天皇なのか。そうすると、国学の学者など、いろいろな人が言います。それは次のような論理です。

『古事記』『日本書紀』を読みなさい。神様、アマテラスの孫がニニギノミコトで、これを天孫降臨というのだが、高千穂峰に降り立った。そこできれいなお姉さんと結婚して、子どもが生まれ、ひ孫が神武天皇になって即位した。つまり、天皇は神の五世の孫。それが今に伝わっているわけだから、神様の子孫。だから天皇は偉い。というものです。

そうすると誰かが、「ちょっと待ってください。神様とは仏様のことではなかったのか」と意義を唱えたわけです。本地垂迹説からいえばそうなります。これはまずい。天皇の先祖がインド人になってしまうからです。

そこで、尊王思想の側は、本地垂迹説はなかったことにすると言って、なしにしてしまったわけです。そこで、天皇は純然たる神道家になり、仏教徒だったのにその証拠を隠滅し、それで東京に来て、賢所(かしこどころ)などを急造して、あたかも大昔から神道一本でやっていたかのようになったのです。日本国が天皇の下にまとまるのは天皇が神の子孫だからで、このイデオロギーのために仏教は邪魔だったのです。それで仏教を分離した。これが廃仏毀釈です。

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橋爪さんによると、日本には昔から、反対がなければ、原理が矛盾していても取り入れて使ってしまうという柔軟性があったようです。しかし、明治になって、近代国家の樹立を目指すにあたって、国民の力を結集する必要があった。そこで、1300年も続けてきた「神仏習合(本地垂迹説)」をなかったことにして、神道と天皇の結び付きを明確化した。一方、仏教は廃仏毀釈で脇に追いやり宗教性を薄めたと。つまり、外国に対して合理的な「日本」を説明するために、神道国家日本を作り上げたということのようです。やがて、太平洋戦争の敗戦で神道の正当性も否定され、そもそも日本人の原点が何か、文化と宗教、世俗との関係など、論理破綻してしまい曖昧なまま今日に至った、というのが橋爪さんの説で、私もこの考えに同意しています。

恐らく、昭和20年の敗戦を境にして、正当性をもった宗教(神道)が否定され、それまで信じていた神を失った人々の困惑と混乱を避けるために、政府は、ひたすら経済活動に専念し、物質的豊かさを手に入れることを目標に掲げることで再び国民を結束させようしたのではないでしょうか。文化とか宗教とか小難しいことを考えるのはやめて、目の前のことに真面目に取り組みましょうという態度を初等教育から徹底的に刷り込むことによって経済成長という果実がもたらされました。そういった、国民総動員の経済第一主義が、まるで昔からずっとそうであったかのように「日本イズム」とみなされるようになったのではないかと思います。

だから、今でも私たちは、目の前に何か課題を出されると、その実態や本質は何かを深く考えようとせず、すぐに着手して、手っ取り早く片づけようとしてしまうのではないでしょうか。一方、あれこれ考えて、なかなか始めようとしないような人を「理屈っぽいやつ」と決めつけて、よそ者扱いしてはいないでしょうか。このようなに、目的や意味を与えられなくても、とにかく何でもやれてしまう日本人の態度は世界的に見てまれのようです。

私の経験では、「よそ者」である「外国人」は、日本人がこだわらないような物事の本質や行為の目的を非常に気にするようです。外国人から見ると、日本社会のあらゆる場所で見聞きすることは非常に気になるはず。にもかかわらず、ほとんどの場合、日本人は、自身がそうであるように彼らの疑問(物事の本質や行為の目的)に答える必要性を深く感じませんから、きちんと答えることを面倒に感じるはずです。一方、よそ者の外国人は、疑問が晴れないと非常に気持ちが悪く、納得できないことをやらされることを嫌います。仮にしぶしぶ従ってやったとしても意欲は出ないでしょう。これが、外国人の活躍を阻害する大きな原因ではないかと思うのです。この問題を解決するためには、我々日本人が物事の本質を正しく言葉で説明することが出来るかどうかにかかっています。

社会人になって2年目、出張で来日したアメリカの現地法人でヘッドハンティングした優秀なセールス・エンジニアを対応した時のことを今でもはっきり覚えています。都心の名所を案内することにした私は、職場近辺を散歩して、まず赤坂の日枝神社を案内しました。ふと鳥居を見上げた彼は、「これは何か?どうしてこんな形をしているのか?」と私に質問しました。深く考えたこともないことだったので答えることができませんでした。次に、皇居に行きたいというので、皇居前広場に移動し、「ここは江戸城だったところで、今は天皇が住んでいる」と説明したところ、「どうしてこんなに巨大な屋敷が必要なのか?この水をためたプールは何か?」など再び質問攻めにあいました。

彼の質問は翌日会社でも続き、事業、組織、人事等、会社に関するありとあらゆることに及びました。深く考えず、納得していなくても指示に従ってとりあえず仕事をしてしまう自分とはずいぶん違うのだなと思い知らされ、反省した私は、せめて日本の文化や風習については、外国人から質問されたときに正しく答えることが出来るようにと、住友金属の人事部が、外国人に日本を網羅的に説明するために編纂した「日本」という本を購入し、肌身離さず持ち歩くようになりました。この本は、同社の社員が外国人から質問され答えることが出来ず困ったことをテーマにして、その解説を見開き左が日本語、それに対照するように右には英語で解説されていて、現在に至るまで重版を重ねる知る人ぞ知るロングセラーです。その後も様々な国の人々との交流は続き、その都度、日本に関する様々な質問を受ける度にこの本は役に立ちました。

シュンペーターは、企業者の行う不断のイノベーション(革新)が経済を変動させるという理論を構築した人です。彼は、イノベーションには次の5つの類型があるとし、①新しい財貨の生産 ②新しい生産方法の導入 ③新しい販売先の開拓 ④原料あるいは半製品の新しい供給源の獲得 ⑤新しい組織の実現(独占の形成やその打破)を提示したことで有名です。また、シュンペーターは、イノベーションの実行者を「企業者(entrepreneur)」と呼びました。この企業者とは、一定のルーチンをこなすだけの経営管理者(土地や労働を結合する)ではなく、まったく新しい組み合わせで生産要素を結合し、新たなビジネスを創造する者のことだとしました。

現代における生産要素は「知識」です。つまり、現代のイノベーションとは「知識」と「知識」との結合によって生まれるのです。グローバル化と情報技術の発達によって、遠くにある「知識」と「知識」を結びつけることも可能になりました。「知識」は、身近なものではなく、出来るだけ遠くのもの同士が結びつくことによってより革新性が生じやすいと言われます。トヨタがカンバン方式をアメリカのスーパーマーケットの商品仕入れ管理方法から学び生み出したことが象徴的です。

日本人はずっと昔から、自国にはない様々な技術や文明等の「知識」を積極的に取り入れ、習得してきました。それが今、壁にぶつかっています。「知識」は、ただ待っているだけでは向こうからやって来ません。日本人が、外国から見て「知識」を結合してイノベーションを起こしたいと思う相手とみなされるように、自分たちの社会、日本の魅力を高める努力を怠っているのではないでしょうか。

では、私たちが外国に向けて積極的にアピールすべき「知識」とはなんでしょうか。技術や方法といった表面的なことだけではなく、暗黙知と呼ばれる言葉にすることが難しい経験など、模倣が難しい、より高い価値を持つものに着目するべきです。さらに、それらの原理を一旦抽象化する、つまり形式知に変換するという、私たちが最も苦手とする言語化能力が求められていると思います。

さて、外国人の受け入れは、冒頭引用した国会でのやり取りのような、企業家だけが取り組むべき課題なのでしょうか。否、日本全体にとって非常に重大な課題、少子高齢化と人口減少による経済力の低下です。政治の場でそのことがあまり議論されていないこと自体が不自然です。

今後、確実に進行する人口減少と経済力低下の問題を解決するためには、もはや児童手当を拡充して一時的に出生率を高めるような努力をしても焼け石に水です。根本策としては、外国からの移民を受け入れるしかありません。このままだと近い将来、日本人の若者が中国に出稼ぎに行かなければならなくなるような事態になりかねません。そんな未来にならないようにするためには、私たち日本人が、ずっと昔から強みとしてきた、本質や出自にこだわらず柔軟に「知識」を習得する強みを発揮することに加えて、その「知識」を持つ生身の人間を受け入れることを避けてはいけないのです。

かつて日本人が受け入れてきた「知識」とは、人間とは切り離されたモノやコトです。それらの扱いは、こちら側、受け入れる方に委ねられコントロールが簡単です。一方、生身の人間はそうはいきません。気持ちを尊重し、様々な文化の違いに配慮し、自ら進んで「知識」を発揮してくれるように仕向けなければならないからです。しかし、そういった、異文化の人々のマネジメントが日本人の最も苦手とするところです。それは何故かというと、日本文化を共有しない人々との協働するためには、目的と目標を共有し、一丸となって取り組むように説明責任を果たし、納得感を醸成する必要があり、そのようなスキル教育が圧倒的に不足しているからです。

これからは、相手の本質を知り、自分たちの本質も探究し、両方の本質をぶつけ合って、互いが持つ「知識」を結合しイノベーションを起こす活動が絶対的に必要になります。そして、その第一歩は、私達日本人が、物事を深く掘り下げて本質を理解するという態度を身につけられるかにかかっているのです。

以上、3回に渡ってイノベーションの担い手としての「若者」「バカ者」「よそ者」について私の考えを述べてきました。ここで一旦、人事が起こすイノベーションについては筆を置きたいと思います。

若者 バカ者 よそ者によるイノベーション②(事例研究)

「空気を読まず、正論を吐き、ノイズを起こす」「女性」が、組織の中に波風を起こしてイノベーションを産む原動力になる。

その阻害要因として男性の意識と言動があるということを、社会学者の上野千鶴子さんのコメントをもとに読み解きました。

そして、「女性」の登用を進める公平な制度の運用が、国際比較で日本が非常に遅れている裏付けとして、森喜朗元首相の発言(失言)を取り上げました。

さらに、その原因として、日本特有の「平等意識」とその源流である「和の精神」が影響しているとの私の推論を、法隆寺管長の大野玄妙さんの講話内容に照らして検討しました。

最後に、「女性の登用」を促進するためには劇薬が必要で、既存の組織のルールを根こそぎひっくり返してしまうようなパワーを女性のチームに与えること。さらに、ペナルティを伴ったクオータ制を導入することの必要性を述べました。

今回は、「若者 バカ者 よそ者によるイノベーション②」の番外編として、女性の登用を進めて成果を上げている株式会社東横インの事例を取り上げます。テンミニッツTV「東横インに学ぶ「女性活躍」の秘策」で、代表執行役社長の黒田麻衣子さんが語った内容から抜粋します。

①女性登用のきっかけ

冒頭、黒田さんは、東横インが女性を積極的に登用することになったのは、祖父から電気工事会社を引き継いだ父親が、ホテル事業を始めるにあたって生じた偶然の出来事だったと語っています。

インタビュアー:支配人の方々の97パーセントが女性というように、女性を積極的に登用されたのは、なぜなのでしょうか?

黒田:それは創業期からで、まさに1号店から女性の支配人でした。その当時、父が祖父から継いだ仕事は、電気工事の会社だったものですから、男性ばかりの会社でした。そこから父はデベロップの仕事、ビルの企画をするような仕事を始めて、ひょんなきっかけからホテルをやることになったのです。ただ、電気工事の会社ですから、ホテルの仕事をできる人が誰一人いないということで、父の行きつけの飲み屋のママさんに頼んで、ホテルの1号店をオープンさせたのです。たまたまママさんが、田舎に戻ろうかなとおっしゃるタイミングで、「それだったら手伝ってください」という経緯でしたので、最初から「支配人は女性でいこう」と決めていたわけではありませんでした。

②女性活用の始まり

最初は偶然でしたが、そのあと東横インがとった方法は現在に至る女性登用の流れを決定します。女性と男性の違いを発見して、それを活かそうと考えたようです。

黒田:実際、2号店目は男性の支配人だったのですが、1号店と2号店の稼働率にかなりの差が出てきてしまったのです。「これはなぜだ?」と現場に行くと、女性が支配人をやっている方は、とてもきれいで居心地がいいのです。一方の2号店はなんとなくタバコ臭いし、暗いし汚いということで、これは女性に向いている仕事かもしれないと思ったそうです。そこで、社員は女性にしていこうとなっていきました。

③適性も意欲もある人材の採用方法

「支配人」という「リーダーシップ」を必要とする仕事の適任者を獲得するにあたり、育成する余裕がないので、最初から「支配人になりたい人」を募集、採用せざるを得なかったことが逆に功を奏したようです。つまり、リーダー的資質を備えた人を内部で抜擢するよりも、リーダーになりたいという意欲、意志がある人に役割を与えた方がスムーズだということです。

インタビュアー:支配人になる方法、道筋ですが、どういうかたちで社員登用をされているのでしょうか?

黒田:「未経験で構いません」ということで呼びかけて募集しています。まもなく創業35年になりますが、創業期には人を育てていく時間がありませんでした。ですから、最初から「支配人をやりたい人」というように採用せざるを得なかったわけですが、今となってはそれがよかったとも思っております。最初から「私がリーダーをやりたい」と言って、手を挙げる方が来てくださるからですね。逆に、もともと部下、スタッフとして入った人は、こちらが優秀だなと思って「支配人をやりませんか?」と声をかけても、「いえいえ、私はリーダーには向きません」と、リーダーに手を挙げない傾向があります。ですから、最初からリーダーをしたいと手を挙げてくださる方は、意識が違うのかなと思っています。

④女性登用の促進理由

ローカル採用で転勤がないことが、女性登用をより促進することにつながったようです。ここで好循環が生まれています。

黒田:これは女性ならではなのかもしれませんが、転勤はなかなかできないのです。家庭を持っていらっしゃる女性の方は特にそうです。ご主人に「転勤するからついてきて」と言うことは、これまでの日本ではあまりありませんでした。ですから、基本的には出張はありますが、転勤はないということで、ご自宅から通える範囲で採用しています。これは支配人だけではなく、全スタッフが現地採用ですので、本社からスタッフを派遣したりですとか、そういったことはいっさいしていません。地元を愛する方にホテルのスタッフになっていただきたいと思っています。

⑤性別による得手不得手

黒田さんの見立てによると、女性と男性にはそれぞれ得手不得手があるようです。そこで、同社では男女それぞれが活きるように仕掛けを講じているようです。

インタビュアー:女性が活躍する職場の面白さ、特徴というのは、どういうところにありますでしょうか?

黒田:社外の取締役から「女性ならではなのかもしれないけれど、横への情報の伝達が速いね」と言われたことがあります。横に情報が伝達しやすいということは、例えば支配人たちがやってよかったことを横展開できるので、その点はとてもよいと思っています。一方で、「上から下への情報伝達が下手だね」と言われたこともあります。支配人同士、うわさもひっくるめて、うわーっと情報が集まるのですが、本社が言ったことが支配人、末端のスタッフまで伝わっているかという部分に課題があります。お恥ずかしながら、お客様の方から「もうこういうサービスに変わっているよ」と教えていただくフロントもいたりするものですから。

インタビュアー:女性の能力と男性の能力の違いをどうやればうまく生かせるのか、男性中心の組織の場合と女性中心の組織の場合で、どう違うのかについては、どう思われますか?

黒田:私がいる本社の部長は男性と女性が半分ずつぐらいです。男性の部長の仕事を見ていると、緻密で一生懸命やってくださる。自分の仕事、任された仕事を集中してやっていると感じます。しかし、自分と同じように部下もやってくれるだろう、「自分の背中見て仕事をしてほしい」というところがあるため、部員に目が行き届いているかといえば、そうでもありません。一方、女性の部長は、一生懸命やっていないわけではないのですが、ともすると「遊んでいるのかな」と思われるくらいにおしゃべりが多い。ただ、実際は、そうしながら部下の様子をうかがっていたり、モチベーションを高めるようなことをしていると感じています。

男女の違いを見たときに、男性は新しいものをつくることが好きであり、その能力に長けていて、女性はゼロからつくり上げるよりも、すでにあるものを磨きあげる方が得意ですし、好きなのだろうと思います。男性の場合、磨きあげていく作業は途中で飽きてしまう、つまらなくなってしまうとも感じていますので、そこが能力の違いというか、性格の違いなのかもしれません。

インタビュアー:たしかにホテルの仕事は、どんどん磨きあげていかないといけませんね。

黒田:はい。日々、違ったお客様がいらっしゃいますので、新しいことがまったくないわけではありませんが、例えば壁を壊して部屋をつくるとかではなく、あるものをいかにうまく使うか、いかにお客様に喜んでいただけるか、今いるスタッフをどう育てていくかを常に考えていくことになります。

⑥女性のコミュニケーションの特徴

女性は、上司とのコミュニケーションの方法が率直でストレートだとの見立てをされています。これは上野千鶴子さんが「ノイズを起こす」と述べ、森元首相が「話しが長い」と失言したことと符合します。

黒田:女性の方が上司にモノを言います。ある意味、女性の方が、出世よりも今の職場の環境をよくすることに重点を置くのかもしれないですね。周りがよくなければ自分もよくならない、居心地が悪いというようなところが、あるのかもしれません。ですから、私に対しても「こうだったらいいのに」と女性は言ってきますね。

⑦組織づくりの工夫

女性のリーダーを出したければ女性だけの組織にするべき。しかし、調整役の男性の存在が必要と述べています。女性にパワーを持たせても、男性が関与することによって組織運営がスムーズにいくようです。これは、クオータ制のオプションとして参考になります。

黒田:これまでは、女性は男性に遠慮する、男性をまずは立てて女性は支える役回りを求められてきましたし、女性としてもそれを楽だと思いがちでした。ですから、女性は男性がいると、「自分がリーダーをやります」とは言わないのではないでしょうか。一方、女性しかいなければおのずとそこから女性のリーダーは出てくるものです。エリアの支配人の代表もいるのですが、そこにはあえて本社の男性の役員クラスも担当につけています。どちらかというと調整役、相談に乗る役回りです。実際、その男性については、総務部長兼どこどこエリアのエリア長としてはいるのですが、ホテル業務は素人で、ホテルのことを隅々まで知っているわけではありません。では彼らが何をするかといえば、ホテルを1つずつ任されているという意味で、ライバル関係にある支配人同士の間に立つ調整役です。もちろん支配人には出っぱってもらってもいいのですが、それでも例えば隣り合わせの店舗の価格が違うのはよくありませんし、あとは口論になったり、揉めごとがあったときに調整に入ってもらっています。女性は大きなところから見るというよりも、細かくて重箱の隅に行ってしまうこともあるので、「いやいや、そういう細かい話ではなくて」と言える男性がいることはよいことだと思います。女性の話は本当によく脱線しますから。

⑧女性登用成功の条件

女性登用に本当に必要なのは「ロールモデル」。東横インの場合、大勢の女性支配人が活躍しているのでうまくいっているようです。

黒田:(他社で)とても優秀な女性の社員がいて、「ぜひ役員になってほしい」と言っても断られてしまう、というお話はいろいろなところで聞いたことはあります。一方で、当社の場合は、女性が手を挙げて支配人になりますし、支配人の中でもさらにリーダーになる役目をお願いすると、たいていは「はい、分かりました」と受けてくださいます。やはり女性だけの中では、女性がリーダーになりやすいのではないでしょうか。あとは当社の場合、ロールモデルがいるのも大きいですね。

⑨女性のモチベーションの源泉

女性ならではのモチベーションの維持向上について「見てあげている」ことを知らせること。「個別事情への配慮」の重要性、効果について述べています。これは前回取り上げた、私の友人Uさんの「女性には母性があり戦士にはなれない」という言葉を裏付けるエピソードです。

黒田:特に女性は、「見ていてくれている」というのがとても励みになると私は思います。例えば、「このまえ、こんなことを言っていたよね」と言うだけで、「あっ、覚えていてくれたんだ」と励みになったりするものです。メールに対しても、一言でいいので返信するとか、時間が経ってからでも「このまえ、メールでこんなことを書いていたね」と言うだけで、「あっ、見ていてくれている」と思うものです。それが上手なエリア責任者は、男性でも女性でもうまくいっていますね。

全国の支配人が集まる機会が3カ月に1回あると申し上げましたが、具体的には3月、6月、9月、12月となっています。ただ、3月は卒業式シーズンですから、1年前から「会議の日が卒業式と重なっていませんか?」と全員に聞くようにしています。そして、全員が大丈夫だという日に全国支配人会議をするというのも細かいことですが、工夫しています。あとは、入社したての方の研修日と、お子さんの受験日とが重なってしまったケースが本社で起こったことがあります。研修は朝早く出張しなければいけないものでした。おそらく入ったばかりということもあり、「子どもの受験日です」と言えなかったのだと思いますが、別の先輩の社員が、そのことを知っていて部長に「受験日だと思いますよ」と言ってくれたみたいなのです。そこで部長が本人に「受験日と重なっていますか?」と聞いたら「そうなのです」となったので、「研修日をずらしましょう」という対応ができました。細かいことではありますが、そういった女性ならではの心遣い、思いやりは、すごく大事だと思っています。

⑩手間を惜しまない経営

次の非常に手間をかけた取り組みは、なかなか男性の経営者からは出てこない発想かもしれません。しかも、そこにも女性視点、男性視点の両面を反映している徹底ぶりに感心します。

黒田:賞与のときには、支配人に手書きの寸評を全スタッフに書きましょうと言っています。お給料明細とは別に寸評を書いてお渡しします。支配人にはパートスタッフまですべてに対して書くように言っています。私たち本社も、まず支配人の賞与の寸評は、エリア責任者が書いて、その後、2、3言ではありますが、私と人事部長が手分けして全員分書いて支配人たちにも渡しています。

インタビュアー:300を超える店舗があるなか、すべての支配人の皆様に社長が書いているということですか。2、3行のメッセージにはどういうことをお書きになるのでしょうか?

黒田:男性の視点で数字を押さえて、「ここ、伸ばしましたね」ということを書くケースが多いですね。私と人事部長は女性なので、数字というよりは定性評価であったり、「新人の支配人の研修をしていただき、ありがとうございます」とか「体調いかがですか」「元気になられましたか」「この対象期間中はプライベートでも大変でしたけれども、よくやってくださいました」というようなことを書いています。プライベートで大変という部分は、お子さんの受験があったり、お子さんの環境が変わったり、介護があったり、ご主人の働く環境が変わったりと、女性はプライベートも忙しいですから、そういったことに配慮しながら、一言書いたりということもあります。そうですね。その他にも、誕生日にはお花とカードが届きます。誕生日カードにも、エリア責任者が一言書いています。あとは、私が1年に1回は、支配人と20分程度の個人面談をしています。

⑪女性は「話す生き物」

手書きの寸評に加えて、頻繁にきめ細かく面談をして「会話をする」ことでさらに見えてくることがあるようです。

黒田:入社1年ほど過ぎた方とは全員面談を毎年一度しています。私にとっても貴重な機会となっています。支配人ご自身の体調であったり、プライベートで大変なことなどは、わざわざメールでお伝えくださる方は少なく、2人きりになったときに「いや、実は」とお話しになる方もいます。あとは、現場でこんなことが起こっているというのを知る機会にもなって、お客様、従業員のことを考えていくときの大きなヒントになるのです。女性は、話す生き物ですから。

インタビュアー:さきほどもおっしゃったように組織の問題点とかも、かなりズバリと言っていただけそうですね。

黒田:はい。支配人たちには、まず着任したてのときに必ず全スタッフと早いうちに面談をすることに加えて、1年に1回、あるいは半年に1回、賞与か昇級のタイミングで個人面談をするように伝えています。支配人に言っている以上、私もしなくてはと思ってするようになったのです。ですから、東横インは私だけではなく、各店舗が面談を頻繁にする会社だと思います。

⑫「インセンティブ制度」とは?

モチベーションを維持する工夫として(給与とは別途支給される)「インセンティブ」があり、社員からパートに至る様々な属性の社員の努力と成果に報いるものとして効果があるようです。

黒田:売上高ではなく、とにかくお客様を何人入れることができたか、何人のお客様にご利用いただけたかをとても大事にしています。ですから、基本給とは別に、稼働率が高くなればインセンティブが上がる稼働率連動奨励金を支給しているのです。数あるインセンティブのうちの1つですが、自分の店舗の稼働率に応じて支給するもので、同じ店舗で働くスタッフはすべて同じ率で支給しています。例えば先月、85パーセントの稼働率となった場合、ある係数を基本給にかけることになります。基本給が違うため、額としては支配人が一番大きく、パートの方は出勤の多い人が多くなるようになっていますが、係数については店舗の全スタッフ同じなのです。

⑬支給まで工夫

インセンティブは、あえて給料日と違う日に「現金」で渡しているそうです。お金は所詮、外発的な動機付けに過ぎず持続的な意欲の維持向上への効果は限定的と言われていますが、支給の方法を工夫すれば金額に関係なく従業員の心理にプラスの効果があることを教えてくれます。

黒田 スタッフ全員で店舗の稼働率を上げるという意識を高めてもらう狙いがあるため、パートの清掃スタッフから支配人まで、全員がもらえるようにしています。同じ係数で渡せるということに加えて、渡す日も工夫しています。給料日が20日なのですが、給料日と給料日の間にインセンティブを渡すようにしているのです。20日にもらえるのは普通のお給料で、ちょうどお給料がなくなってきた10日ぐらいに、あえて違う封筒に入れて現金でインセンティブをお渡しするようにしています。支配人たちから全スタッフに、「先月の稼働率はこれぐらいだったので、こういうインセンティブですよ」と渡すのです。インセンティブにはいくつか種類があって、例えばフロントは、会員を増やす役割を担っていますので、何人会員を増やせたかということもインセンティブに入っています。ですから、「あなたは先月会員を何件取ってくれたから、この金額です」と言いながらお渡ししています。インセンティブは、賞与のように給与の何カ月分も入っているわけではありません。パートの方で何千円、フロントの方でも数万円程度なのですが、お給料がなくなった頃にもらえると、ありがたみも違います。また、金額の多寡にかかわらず、先月の結果をすぐもらえるということも大きいと思っています。

⑭手間を惜しまない本当の理由

なぜ、現金支給という非常に手間がかかる方法を止めない理由は「喜んでもらうためだ」という」シンプルですが本質的な言葉を述べています。

黒田:インセンティブは給与ほどの額ではありませんから、やはり給与明細にすると味気ない。明細でお札何枚、たとえば5万円と書いてあっても、そこまではうれしくないかもしれないのですが、少額でありながら喜んでもらえる方法として、現金をその場でお渡しできるのはとてもいいと思っています。本社も本社で支配人の分を数えますので手間ではあります。店舗の支配人たちにとっても、何百円単位まで間違えてはいけませんので、大変な手間になります。ですから、支配人の働き方改革の一環として、「やめる」という議論もしたことがあります。ただ、例えば、現金でお渡ししたときに清掃スタッフから「ありがとうございます」と言われたときの顔を見るのがうれしくて、「続けていきたい」と支配人たちが言ってくれますし、やはりやめられないと思うのです。

⑮女性ならではの悩み

男性が見落としがちな女性登用の阻害要因に「周囲に頼ることを躊躇する女性の意識」があるとのこと。また、男性にも家事や育児へ関わる意識を変えて欲しいと明言されています。

黒田:私が結婚して子どもを産んだ頃は、ちょうど働いている女性と専業主婦の女性との割合が逆転した時期なのです。私の友人も、子どもを産んで働いている人と働いていない人がちょうど半分ずつぐらいでした。私の場合は、自分の実家だったり、主人の実家だったりとサポートしてくれる人がたくさんいて、それから区のサポートなどを積極的に使うことができました。ただ、そういう時代でしたので、子育ての主体はまだまだ女性であり、家庭を守るのも女性の仕事という風潮が強かった。私自身もそうでしたし、私の周りでも自分で子育てをしないといけない、自分が家庭を守らなくてはいけないという意識が強すぎて、「周囲に頼れない」と聞いたことがあります。その部分については私たち女性が変わっていかなくてはいけないと、他の女性経営者の方とも話をしています。幼い子どもをどこかに預けることに罪悪感を感じてしまうお母さんがまだ多いのではないかと、女性の経営者の方とよく話をしています。

インタビュアー:そのあたり、まさにご自身で体験しているからこそわかるのですね。

黒田:なんと言っても日本人の男性には、働く女性に対して「なぜ、家にいないのだろう」と思う気持ちを変えてもらわないといけませんね。男性のなかには、子育ての「手伝いをしている」という感覚を持っている方も多いと思うのです。今でこそ手伝ってくれる男性は増えていますが、まだまだ「手伝い」なのです。一方の女性たちは手伝っているのではなく、やっています。例えば、私も主人に子どもを見てもらって、プライベートで飲みに行くことがありますが、「空いている?」と聞かなければいけません。だけど、主人は「行ってくるからね」と言って、飲みに行きますよね。私が飲みにいくとき、主人は「行っておいで」と言ってくれるし、預かってくれますが、女性の場合は「預かってくれる?」と聞かなければいけないというのは、男性と女性の意識の大きな違いだと私は思っています。

⑯本当に必要な施策とは?

気軽に頼れる存在としてのベビーシッターの普及が有効であるとの考えを述べています。これからの日本に本当に必要なことを黒田さんは教えてくれています。

インタビュアー:これは一般論、社会全体の話ですが、女性がより活躍できる社会に向けて、どのようなことが必要だとお考えでしょうか?

黒田:気軽に頼れるベビーシッターは、日本社会に根づいていかなければいけないと思います。娘の留学先であるイギリスでは、高校生からベビーシッターのアルバイトを頻繁にするそうです。そのくらい需要があるのだなと思いました。知らない子かどうかは別として、高校生に子どもを預けるかといえば、日本では預けないと思うのですが、気軽にベビーシッターに頼れる社会になっていくと、もっと女性が活躍しやすくなると思います。当社自身、まだ保育園の補助などができていませんが、保育園とか、お子さんを預けられる設備、施設は増やしていかなければいけないと考えています。

黒田さんの、女性として、妻として、母として、そして経営者としての実践的な話は目からうろこが落ちます。

女性登用は「男性の意識改革」など掛け声だけでは到底実現しないこと。経営者が、そこにかかる手間や心遣いを、継続的に、しつこく徹底的に実行する覚悟が不可欠なのだと思いました。

日本人の半数は女性です。その力を最大限発揮せしめることが出来るかどうかが、日本の未来を左右するといっても過言ではないでしょう。

ところで、黒田さんはベビーシッター活用に言及されましたね。コロナウィルス拡散が収束したら東横インは「ベビーシッター」関連の新ビジネスを始めるかもしれません。女性が子育てを任せることへの罪悪感の払拭と、社会の許容度をどう高めるかといった難しい課題がありますが、ベビーシッターの認定資格化と育成事業への新規参入。そして、ホテル経営のノウハウを生かした託児施設の運営等など。。今後の同社の取り組みが楽しみです。

若者 バカ者 よそ者によるイノベーション②

真壁昭夫さんが著して2012年に出版された「若者、バカ者、よそ者 イノベーションは彼らから始まる!」からヒントを得て、前回は、イノベーションの担い手としての「若者」について書いてみました。今回のテーマは「バカ者」です。

同書のアマゾンの書評では「バカ者」を、

「旧来の価値観の枠組みからはみ出た人」

と定義しています。言葉を替えると「空気を読まず正論を吐く人」という人物のイメージかと。数は少ないですが、私がこれまでに出会ったそういう人々の顔が頭に浮かびました。

そこで、どんな会社、組織でも、今すぐに始められる「バカ者」によるイノベーションを考えた時に、ふと目に留まったのが、社会学者の上野千鶴子さんが日経ビジネスで語った「女性の登用」に関する記事です。以下、抜粋します。

記者:2019年末に世界経済フォーラムが発表したジェンダーギャップ指数ランキングでは日本は153カ国中、過去最低の121位となっています。

上野:ぼうぜんとしています。というのは、毎年、ジェンダーギャップ指数は下がり続けていますが、それは、日本が悪くなっているからではなく、諸外国がジェンダーギャップの解消に努力しているのに、日本は変化していないから取り残されているのです。女性や若者の登用は、ボトムアップではほとんどできません。トップダウンの方が、速く、確実に進みます。企業のトップに頭を切り替えていただかないと、なかなか変わりません。日本はこれまで、持てる力の半分、つまり女性を腐らせてきたのだから、その女性を生かすことです。

記者:クオータ制に反対する男性たちは、強引に女性を登用したら組織の秩序が乱れると懸念しそうですが。

上野:下駄を履かせてでも女性を登用すれば、ノイズが起きます。そのノイズが、活性化の原動力になるんです。

上野さんの「ノイズが活性化の原動力となる」という言葉は、女性がイノベーションを起こすことを意味しているのではないかと思います。そこで、「バカ者」を「女性」に置き換えて「空気を読まず正論を吐く人」が「女性」だとします。(決して「女性」が「バカ」という意味ではありません。)すると、多くの組織で「女性」を活かしきれない理由と解決の方法を考えるという問いが浮かんできました。

ちょうどそんなことを考えていた時、東京オリンピック・パラリンピック大会組織委員会の森喜朗会長がJOCの評議会で「女性がたくさん入っている理事会の会議は時間がかかる」と発言し波紋が広がっているというニュースが目に飛び込んできました。

JOC=日本オリンピック委員会は今年6月の役員改選で女性の理事を増やし4割以上にするという目標をかかげていることに対して、森会長は3日、JOCの臨時評議会で、「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」「女性は競争意識が強い。誰か1人が手を挙げて発言すると、自分も言わなきゃいけないと思うのだろう。それでみんな発言する」と述べました。一方で組織委員会の女性理事については「みんなわきまえておられて、非常に役立っている」としました。五輪憲章にはIOC=国際オリンピック委員会の使命として「いかなる形態の差別にも反対し、行動する」と記されていて、森会長の発言は波紋を広げています。(2021年2月4日 Yahooニュース)

森さんが「女性は競争意識が強くみんな発言する」と述べているのは、前述の上野さんのコメント、「ノイズが起きます」と一致します。森さんの価値観では、組織委員会の女性理事が「わきまえておられて」発言を控えるのが普通で、女性が積極的に発言することは気に入らないのでしょう。一方、国際団体であるIOCに直結しているJOCは女性の理事を増やして活性化を進めようとしているようです。そして、森さんのようにそのことを危惧する人たちが内部にいる。ポイントは、なぜそんなことが日本で起きるのか。本質は何なのかを私たちは正しく理解しておく必要があるということです。

まず、なぜ「女性」が、「空気を読まず、正論を吐き、ノイズを起こす」のかを考えてみたいと思います。

私の古い友人でコンサルタント、研修講師として長年、女性活躍支援に取り組んでいるUさんが、女性と男性の違いについて明言していました。

「女性は男性のように戦士にはなれない。それは母性があるからだ。母性は命を守るために理不尽なこと、不合理なことに従わない。それでも従うよう強制されると病気になる。」

Uさんは、かつてご自身が部門長として辣腕を振るったときに部下10数名から一斉に辞表を突き付けられたというトラウマ体験をしたそうです。その失敗から、やる気と活気にあふれた理想の職場を実現する、理想のマネジメントの姿を探求してこられました。そして、たどり着いた課題は、女性の能力を活かしきれないマネージャーの存在だったと。そこで、男性管理職の意識改革に取り組むようになりました。

彼女が自らの失敗を教訓にして、多くの男性マネージャーと向き合う中で、前述の「戦士になれない女性」という核心を突く言葉が生まれたのです。

つまり、女性が「空気を読まず、正論を吐き、ノイズを起こす」かというと、森さんが言っているような「競争意識が強い」からではなく、理不尽や不合理に流されない。つまり、忖度しないからなのです。だからこそ、同調圧力が強く働き、相互監視によって変化の動きを封ずるような組織においてこそ、女性が突破力となり、現状打破のきっかけをつくってくれると考えられるのです。さらに上野さんは、次のように述べています。

「ダイバーシティー(多様性)を促進した企業は利益率が上がる、というデータを多くのエコノミストが出しています。そのようなエビデンスがありながら、女性登用を進めないのであれば、日本の経営者は経済合理性では動いていないのではないかと疑いたくなります。」

ここまで分かっているのに、それでも尚、斜に構えて女性の活躍を素直に受け入れない人が、政治家や経営者など、責任ある立場の人たちの中に存在し続けるのは何故なのでしょうか。

森さんの発言を知って、私の頭にふと浮かんだのは「平等」という言葉でした。森さんを非難するネット上のコメントには「男尊女卑」「女性蔑視」等、不平等や差別の類の言葉を多く見かけましたが、私の頭には真逆の「平等」という言葉が浮かんだのです。

それは何故かというと、「平等意識」が強いと、皆同じであることが当たり前なので、違いを許容しない態度をとってしまうのではないかと思うからです。それは私たちが無意識に共有している文化であって、日本の地理的特性と歴史をたどることによって理解が深まるはずだ、という仮説を立てました。

「平等」の分かりやすい例として「大相撲」を採り上げます。「大相撲」には番付(格付)はありますが階級制度のない「平等」の典型例だからです。圧倒的な体格差がある力士同士が度々対戦し、小兵力士が多彩な技を繰り出し、圧倒的不利な条件を克服して大きな力士に勝利する姿に観客は歓声を送るのです。きちんと調べたわけではないですが「大相撲」のように階級のない格闘技は国際的に珍しいのではないでしょうか。

例えば、イギリス発祥のボクシングは、体重毎に17(最軽量のアトム級(女子のみ)を入れると18)もの階級が厳密に決められています。また、韓国の国技であるシルムにも、白頭級(105.1kg以上~160.0kg以下)、漢拏級(90.1kg以上~105.0kg以下)、金剛級(90.0kg以下)、太白級(80.0kg以下)の4階級があります。格闘技においては体重差が攻撃力に直結するためにこのような階級が設けられるのは当然なのでしょう。

一方、格闘技以外にも、ゴルフ等のように、実力的に差のある競技者も楽しめるよう、各競技者に一定の数値を与え、競技終了後、その数値をスコアより差し引いたネットスコアで勝敗を決めるというルールがあります。

格闘技もゴルフ等も、競技者間の条件の差異を埋めるために設けられたルールがあります。いわば平等(無条件に同じであること)を担保できないことをふまえて、公平(どちらかに条件が偏らないこと)を期するために「下駄を履かせる」のです。前述の女性登用にクオータ制を設けるという発想は、出産や育児と言ったライフイベントへの関与度、また体力等のフィジカル面での男女の性差を薄めるためで、女性に公平に機会を提供するのに必要不可欠であると考えられ、国際的に常識化したのではないかと思います。

一方、日本では、大相撲のように、個の違いを考慮せず、むしろ違いの克服を美徳とするような文化があり、それは、一言でいうと「平等意識」の表れではないかと私は思うのです。そういえば、日本では至るところでこの「平等意識」が議論や争いの原因になりますね。森さんも、女性登用に躊躇する経営者も、そして私たちも、日本人が普通に共有しているこの意識の正体とは一体何なのでしょうか。

「平等意識」とは、極論すれば、人は生まれながらにして皆同じ、という考え方です。この考え方に基づけば、同じであることが普通で、違いがあることは異常ということになります。かつて笹川良一さんが「世界は一家、人類は皆兄弟」と言っていましたが、まさにその発想です。しかし現実には、人間社会は決して平等ではありません。特に昨今では、コロナウィルス感染拡大によって、経済活動が停滞を余儀なくされ、多くの人が仕事を失い生活困窮者が増え続けています。そういった不平等な現実があるにもかかわらず私たちの意識のどこかには依然「平等」という感覚があります。そのために、違いがあるという事実を感覚的に受け入れがたく、森さんのように、ついつい感情的に反応してしまうのではないでしょうか。では、私たちの「平等意識」は、いったいどこまでさかのぼれば起源を特定することが出来るのでしょうか。

「聖徳太子」ゆかりの法隆寺の管長、大野玄妙さんによる、太子が唱えた「和を以て貴しとなす」と、その背景ついての講話を聞いてストンと腑に落ちました。私たちの「平等意識」は、誰かから学んだわけではなく、自然に生まれたもので、もとからここにあったというのです。(テンミニッツTV「法隆寺は聖徳太子と共にあり」より)

皆さんもよくご存知のように、聖徳太子さんといえば、「和を以って尊しとす」という和の精神を提唱し、これを広めた方です。ではその「和の精神」とは一体何か。よくご存じのように、この「和を以って尊しとす」という言葉は、実は中国の『論語』、そして『礼記』からの出典で、太子さんはこの言葉を引用したのではないかということが昔からいわれています。そこで『論語』をきちんと読んでみると、これは礼の働き、「礼の用は~」というように書かれています。つまり『論語』が述べているのは、「条件付きの和」なのです。要するに、世の中の秩序や上下関係など、そういったものが正しく機能するためには、皆で仲良くしなければならない。だから和が必要である。こういう考え方が、もともとの中国的な和の考え方です。

では聖徳太子さんの和とは、一体何か。実はこの和は、いきなり「和を以って尊しとす」と出てきます。つまりこれは、「無条件の和」です。条件がありません。そうすると、その無条件の和とは一体何か。それを考えてみるには、まず私たち日本人が、どのような生活をし、どのように現在の状況まできたかという歴史をたどる必要があるかと思います。そして、その歴史をたどる前には、聖徳太子さんよりもはるか以前から考えていかなければならないと思います。

続けて、大野さんは、日本の地理環境が「和」の精神を生んだと述べています。

それはすなわち、私たちが置かれていた環境です。これはもういうまでもなく海に囲まれていて周囲から隔離されています。当然、日本の人々は、単一の民族ではないことは誰しも分かっています。長い時間をかけて交流や混血といった形で組み合わさり、そして日本人が形成されてきたのです。その結果、日本人のものの考え方は、周囲の環境に強い影響を受けてきました。少ない資源を皆で仲良く分け合い、助け合いながら生きていかないといけない。日本はそういう社会でした。そういう環境下で何が起こったかと言えば、思いやりやいたわり、あるいは多様性、いろいろなことに対応できる能力などが培われてきたのです。狭いところで、毎日顔を合わせて生活をします。だから余計なことを言ってしまうと、次の日、気まずいのです。そのため、そういう環境で生まれてきたのは、「遠慮をする」ということでした。同時にそこで、「これは言わない方が良いだろう」という予知能力が働きます。「これを言ったらおしまいや」ということです

大野さんは日本との比較で、他国の感覚について述べています。

では、日本人以外のいわゆる大陸の人々はどうだったのでしょうか。例えばモンゴル高原ではいろいろな国が勃興します。そうすると彼らはけんかします。けんかをしたら、彼らはダーッと逃げていきます。そうすれば、お互い二度と会わなくてもよくなるからです。皆さんも歴史でご存じのように、匈奴という民族はヨーロッパまで逃げていきました。あるいは、現在のハンガリーと結びついたマジャール人です。それ以前ではアラン人など、東洋からずっと入ってきた人たちはいろいろいるわけですが、そういう人たちは、最終的にフランスを越えスペインを越えて、ジブラルタル海峡を渡って北アフリカに入り、そして国家をつくっています。ですからこれは、いったんけんかを始めたら、お互いで言いっ放しという世界です。だから当然、「言わなきゃ損」です。思いっきり言います。ダメ元で言います。そういう人々と日本人の感覚とは、かなり違う性質を持っているということです。これは当然のことでしょう。

最後に、大野さんは、このような「和の精神」が、現在の日本人にも生きていて、それが、足枷にもなっている部分があると述べて講話締めくくっています。

日本の「和の精神」、そして、それが個の違いを曖昧に、まるではじめからなかったものであるかのようにしてしまう「平等意識」の根本になっていて、不平等を克服する公平な制度の必要性を感じづらくしているとしたら。さらに、その影響で「女性登用の遅れ」という現象が表面化しているとすれば、その解決には、強固な岩盤を打ち破るように、相当強力な対策を講ずる必要がありそうです。従来の「管理職の意識変革」などといったソフトなことをやっても埒が明かないかもしれないのです。

そこで、劇薬の注入です。例えば「空気を読まず、正論を主張して、ノイズを起こす」女性の集団を、組織の中につくってしまう、というのはどうでしょうか。少人数を分散投入しても、既存勢力に排除されてしまうか、同調圧力に屈してしまうのがおちですので、大人数を、それも一斉に同じ職場に投入して既存勢力の常識とやり方を根こそぎひっくり返してしまうくらいのパワーを与えるのが有効でしょう。

さらに実行力を高めるためには、欧州など男女平等先進国で成果を上げている強制力のあるクオータ制を導入するのが不可欠でしょう。上野千鶴子さんによると、強制力のあるクオータ制なくして男女平等の社会を実現できている国はほとんどないようなのです。この現実を素直に受け入れて、従来の日本的な「平等意識」を一旦自己否定し、「公平な制度」を設けるよう仕向けるのです。

そして、クオータ制を設けたらフランスのように罰則を設けることも忘れてはなりません。女性比率50%を達成しなければ法人税率を上げるとか、各種助成金を非該当にする等、様々な方法があると思います。要は、小手先のお茶を濁すような施策ではなく、制度運用による徹底的な取り組みが必要だということです。

一方、多くの経営者はクオータ制を、「我が国の風土になじまない」と言っていることに対しても、上野千鶴子さんは一刀両断します。

「私は長年にわたって男性に下駄を履かせてきたでしょうと言い返しますよ。男というだけで無能な人でも管理職になれた。それは本人にとっても周囲にとっても幸せなことだったのかと、いくらだって反論できます。それに男だって女だって、ポストが人を育ててきたんです。有能な女性がしかるべき地位に就けない日本企業は、たくさんの女性を「おつぼねさま」と揶揄(やゆ)して、能力と意欲を腐らせてきたんです。現状を変えたくないがための言い訳にしか聞こえません。

上野さんの持論、森さんの失言、日本の地理、歴史による影響、そして制度的な対策まで述べてきました。「平等意識」が逆に「差別」と受け取られかねない言動を生むというパラドックス。平等に振る舞うほど不公平を助長するというジレンマ。私たちが陥りがちなこととその回避策を、これからもずっと考え続けたいと思います。

次回は、番外編(企業研究)として、女性登用に成果を上げている、ビジネスホテルチェーンの東横インを取り上げたいと思います。同社は、2019年末時点で310ホテル、6万6,887室、海外は、韓国に13店舗、ドイツ、フランス、フィリピン、カンボジア、モンゴルに展開しています。支配人の97パーセントが女性という同社が、どのようにして女性が持つ力を最大限発揮せしめているのか、代表執行役社長の黒田麻衣子の興味深いお話しを採り上げます。