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ベンチャー企業における人事の特徴

2018年から翌年にかけて大阪のベンチャー企業で人事総務を主管しました。大学院の同期で、この会社の顧問をされているIさんからご縁を頂いたのですが、上場を目指すベンチャー企業での人事は初めての経験だったので、日々貴重な経験をさせて頂きました。今回のブログは、私がこの会社で取り組んだ仕事について書きたいと思います。

この会社に入社を決めた理由は、入社前の面接のときに質問された「人事のお困り事」が私にとってすっきりと頭に入ってきて、解決方法までスムーズにイメージできたからです。取締役Kさんと株主から派遣されていたSさんのお困りごとは「離職の多さ」でした。「大西さんだったらだったらどのように解決しますか?」というお二人からの質問に対して、以下のように回答したことを覚えています。

1.一般的に離職原因のほとんどは「処遇面の不満」「人事評価など承認不足」「仕事の目的が不明確」の3つで、これらが複合的に絡み合って継続勤務への不信感が大きくなると思います。

2.まず従業員と会話して、これら3つの原因のうちでどれが最も大きな不満の種かを特定して打ち手を考え、複数の施策をスピーディーに実行します。

3.目に見える効果が出始めれば徐々に組織全体に良い影響を与えていき、小さな問題が自然に解決するのを見届けます。離職が減るのと同時に新しい問題が発生するので対応を仕切り直します。

KさんとSさんも同じことを考えていたようで、この時点ですでに人事の取り組み課題が決まってしまいました。

ベンチャー企業には、ルールもレールもない中で、急成長を実現することが課されています。人事がそれを支える役割を果たすためには、過去の延長線上で未来を描いているだけでは到底、株主、経営の期待に応えることは出来ません。道なき道を強力に前進し続けるための推進力は、人事が経営と目的と目標を共有してしっかりタッグを組むことです。それがこの会社でならできると私は面接の時点で確信して入社を決めました。

大阪に引っ越して真っ先に取り組んだことは「現状と経緯の把握」でした。

採用  求める人材像は明確か?外部人材の獲得に必要な手法は適切か?
配置  受入れ後のフォローアップ、成果創出までに必要な支援が行われているか?
労務  各種規程の整備と運用、適切な労働時間管理など法律を遵守しているか?
育成  環境変化に適応するために従業員の能力、意欲向上に取り組んでいるか?
また、従業員の関係を良好に保つ手立てを講じているか?
評価  従業員の働きに対して、その出来不出来を判定する基準があるか?
定期的に本人へフィードバックを行っているか?
処遇  給与、手当、賞与等、金銭的報酬は労働市場を意識して設計されているか?
昇給昇格のルールに基づいて運用されているか?

診断結果は、残念ながら全てマイナスでした。

そこで、現状とあるべき姿をすべて書き出して、1ヶ月後には経営に報告し、いつまでに、どのような状態にすると約束しました。そして、取締役会で株主に理解を求め、人事施策に必要な金銭的なサポート(予算確保)をお願いしました。

株主からは、各施策に要する費用について説明を求められました。入社前の面接で経営と問題意識を共有していましたので、施策の根拠と、それにかかる金額を合理的に説明することで、感情抜きに理解を得ることができました。しかし、企業によっては、この企業のように「離職の多さ」といったような問題が顕在化していない、若しくは正しく認知されていない場合があり、理解を得るために工夫が必要です。もし、そのような企業で私が人事を担当することになった場合どうするかですが、まずは、しっかりと経営から話しを聞き、今困っていること、そしてこれから未来の漠然とした不安感といったようなものを把握することから始めると思います。程度の差こそあれ、人に関する悩みがまったくない経営者などいないと思うからです。ただ、人によって異なるのは、その悩みの解決の糸口として「人事を生かす」と考える人もいれば、そうでない人もいるということです。前者であれば話は通じるでしょう。

この大阪のベンチャー企業では人事に期待されることが入社前にはっきりしていましたので迷いがありませんでした。しかし、その後勤務したベンチャー企業では、人に関する問題が顕在化しておらず、そもそも人事は何をするのかというコンセンサスも乏しい中で入社したため、入社後にゼロベースで問題探しをしなければならず、その結果を経営になかなか理解してもらえなかったという苦労をしました。結局、経営の主観が優先されて、人事が現場から吸い上げた課題は重要視されませんでした。これは私の深い教訓となっています。

さて、問題解決の方向性は定まりましたので、あとは前に進むだけでした。邁進する中でも一点だけ、私なりに工夫したことがあります。それは、取り組みの進捗を日時、週次、月次で報告し、都度意見を求めて経営者の「安心感を醸成」することでした。そして月一回の取締役会では、株主に対して、計画の進捗状況を報告し、質疑応答の場を提供しました。報告と質疑応答の場であると共に私が意図したのは、株主と経営に人事について理解を深めてもらう目的がありました。その甲斐あって、入社から10ヶ月を経過する頃には、人事にとって大切なこと、外せないポイントについて株主と経営間で共通認識が形成されていたと思います。

とても嬉しかったのは、取締役会の参加者でこれまで多くの企業の立ち上げや経営に携わった皆さんから「大西さんの話しを聞いて人事のことが理解できて勉強になった」とか「人事の重要性について再認識した」といったコメントを頂きました。さらに前述したSさんからは「短い期間で離職がほぼゼロになり当面目指していた成果が出たのは人事だから出来たのではなく、大西さんだから出来たのです」と言っていただいたことが特に嬉しかったです。

ところで、急成長を期待されたベンチャー企業では、同様に人事の立ち上げも最速で行わなければなりません。そのため、一つ一つの施策にじっくり取り組んでいたのではとても間に合わないため、私は、採用~配置~労務~育成~評価~処遇といった一連の「人事サイクル」の各施策に同時に取り組むことにしました。頭の中では、競走馬(仕事)が同時に疾走しているイメージです。とはいえ、一日は24時間で、寝る時間も確保する必要があるため、さらに工夫したことは、各施策に関連性を持たせて有機的な好循環を生み出すことでした。

まず、人事の大目的を定めます。次に、この目的に則って各施策の細部を設計します。そして、各施策を別々に導入、運用するのではなく、それらには一貫性があり、どれ一つとして欠かすことが出来ないものであることを明確に従業員に示します。複数の施策を一斉に導入し運用を開始すると、従業員に変化が伝わります。やがて、各施策が相互に影響を与えながら有機的に結びつき好循環が起き始めます。ここまで出来たらしめたもので、好循環さえ起きてしまえば、あとはいちいち細かいことを管理しなくても、組織が自律的に良い状態を目指して活動してくれます。但し、好循環を継続するためには、細部に目を配り、常に目的との不一致が生じていないか、また一度決めて導入した施策に機能していない部分が無いかを改めるメンテナンスが必要です。

私は、まず人事の大目的として「人材価値の向上と成果の最大化」を掲げました。そして、人材価値とは「能力」「経験」「意欲」の各項目の掛け算で決まると定めました。そして、人材価値を構成する各項目の要件をグレード毎に詳細に定義して、これを人事評価基準、採用基準、人材育成に反映しました。そして、従業員に不公平感が生じないように、信賞必罰のポリシーに基づいて、やっている人、やっていない人を明確にできる、全員が一律で守るべきルールを明確化しました。最後に、人材獲得に不利な状況を解決するために労働市場の賃金水準を調査して支払い必要人件費を給与テーブルに落とし込み、業績連動型賞与制度を導入しました。また、人件費の高騰と負担が増えないように支払い可能人件費の目安である労働分配率を決めました。

以上の取り組みの過程では、何人かの従業員の皆さんに厳しい対応をとりました。従来の仕事の仕方、勤務態度に留まろうとする人もいて、その人たちには処罰を下したり、降格や減給等の処遇変更も実施したりしました。実施する側の人事が強い意識と信念が問われる厳しい仕事を自らに課し精神的にはすこししんどかったですが、その成果もあり、徐々に守るべきルールと基準が従業員に浸透していきました。

振り返ると大阪での経験を通じて、人事という仕事には、個人の感情を丁寧に扱う「情」の部分と、全員が一律に守るべき合理的なルールを定めて順守を求める「理」のバランスが求められることを再認識しました。さらに、ベンチャー企業の急成長を支える人事機能を急速に立ち上げるためには「情」と「理」だけでは不十分で、2つの「信」が不可欠だということに気付きました。

2つの信とは「信用」「信頼」のことです。株主、経営者、そして従業員各々がお互いに生かし、生かされつつ一致協力して、企業目的の実現を目指す上で必要な概念だと思います。デジタル大辞泉によると「信用」「信頼」の意味は次のようになっています。

信用(Credit): それまでの行為・業績などから、信頼できると判断すること
信頼(Trust):  信じて頼りにすること、頼りになると信じること

つまり、

「信用」は、過去の実績や成果に基づいて、客観的であり物質的に生ずるもの         「信頼」は、信用に基づいて未来の行動を信じ期待することで、主観的であり精神的に生ずるもの

と言えます。

ベンチャー企業のように、人も組織もまだ新しく過去の実績を十分に蓄えていない場においては、不確実な未来を描くために、人と人、人と企業の間の「信頼」に重きがおかれます。ただし、「信頼」だけでは不十分で、外部から人材を招き入れたり、新たに取引きを始めたりする時には、過去の実績や力量について十分な情報を集めて「信用」に足るか否かを判断する必要があります。これが、ベンチャー企業には2つの信(信用と信頼)が求められるものの、より「信頼」が重視されると考える理由です。

私の経験から、ベンチャー企業の成否を分けるのは、経営者が従業員の無限の可能性を「信頼」することが出来るかにかかっていると思います。「信頼」された従業員は、期待に応えようと成果を最大化します(注1)。また、中国の古典「孟子」の五倫には、君主と臣下は互いに慈しみの心で結ばれなくてはならないとあります(注2)。

コロナ禍で、先が見えない今こそ「情」と「理」と共に、それを超える「信頼」がより一層重視されると感じています。企業は人の集まりです。その人々が「信頼」で結ばれているか今一度見直してもらいたいと思います。

(注1)ピグマリオン効果(ピグマリオンこうか、英: pygmalion effect)とは、教育心理学における心理的行動の1つで、教師の期待によって学習者の成績が向上することである。(Wikipediaより抜粋)

(注2)五倫(ごりん)は、儒教における5つの道徳法則、および徳目。主として孟子によって提唱された。「仁義礼智信」の「五常」とともに儒教倫理説の根本となる教義であり、「五教」「五典」と称する場合がある。(Wikipediaより抜粋)

仲間たちとの有意義な時間

コロナウィルスの感染が拡大しています。どうやら6月に東京で変異した型が全国に拡散したようですが、ウィルスは一般的に徐々に弱毒化する特徴があるようですね。変異した型に感染して重症化するケースは抑えられているので騒ぐべきではない、と言う人がいたり、PCR検査をどんどん増やすべきだという人がいたり、何が正しい打ち手なのか結果が出るまでもう少し時間がかかりそうです。ただ、そうこうしているうちにも、コロナウィルスは私たちの生活を大きく変えてしまいました。その中でも働く人にもたらした最も大きな変化は「在宅勤務」だったのではないでしょうか。

2010年の秋から2年間、社会人大学院に通い「人と組織」について学びを深めました。当時勤務していた会社で「次世代事業責任者育成プログラム」をつくることになって、圧倒的に知見が不足していた私は、前職の先輩から、ご自身が修了生である大学院への進学を勧められました。結果としてこの判断はとても正しかったと思います。そして、大学院進学によって得られた果実の中で最も大きかったのは、気持ちを一つにする6人の仲間との出会いでした。大学院入学から10年が経過した今年、コロナウィルス感染拡大による社会の激変は、この間の出来事をすべて吹き飛ばすくらいのインパクトがありました。激変の真っただ中にいる今だからこそ一旦立ち止まり、学びを深めたあの頃を振り返る意味があるのではないか。そして、過去の延長線上にはない未来を展望するのは今をおいてほかにないのではないか、との思いが湧いてきました。そこで、10年目の節目にZoom同窓会で久しぶり再会した仲間たちに提案しまして、勉強会を始めることになりました。

8月8日に行った第一回の勉強会のテーマは「在宅勤務」でした。「人と組織」への興味関心が人一倍強い私たちメンバーにとって、コロナウィルス感染の影響で、多くの日本人が満員電車に揺られて通勤するという生活が根底から変わることへの期待感、また、同時に生じる弊害や運用上の課題について深堀りする価値があると考えてこのテーマを選択しました。勉強会に先立ち、事前課題として東洋経済ON LINEの記事「「永久在宅勤務」が日本で主流の働き方になる日」を各自読んで、読後の感想を述べ合い、更にその感想に対してディスカッションしました。

この東洋経済ON LINEの記事のポイントは以下の通りです。

1、「在宅勤務」には適した人、職種があり全員には適用できないと考える経営者が多い

2、一方「在宅勤務」は当然のように会社が講ずるべき対応と考える社員が増えている

3、退職理由や再就職先の条件として「在宅勤務」が挙げられ、企業側もこれを無視できない状況になりつつある

また、勉強会終了後にはロンドン・ビジネススクールのリンダ・グラットン教授(世界的ベストセラー「ライフ・シフト」の著者)による、「在宅勤務」が働き方に与える影響について述べた、以下の日経ビジネスの記事をメンバー間で共有しました。

1、社内のヒエラルキーが薄まり本質的な「信頼関係」が重要となっているようだ

2、また、ヒエラルキーが薄まった会社において「信頼」を得られるのは、明確な目的を掲げ、高いスキルを持ち、嘘偽りのない人となるだろう

3、遠隔地で勤務が可能になり、地方へ移住する人が増えるだろう

以上を見る限りでは「在宅勤務」の広がりは不可避のように見えます。しかし、経営者の中には依然「在宅勤務」を一時的な措置と考えていて、コロナウィルス感染が沈静化するのを見計らって「在社勤務」に戻す動きも出てくるのではないかと予想します。

私は、コロナウィルス感染がひと段落した後も「在宅勤務」をどんどん広げて、大多数の人が当たり前だと思う状態にすることが理想だと考えています。その理由は、ライフイベント(出産、育児、介護、病気療養等)に際して多様な働き方をすることが出来るようになることで、仕方なく退職しなければならなかったような事例は減っていくと思うからです。また、地震等、広域災害発生時に出勤できない状況に陥っても「在宅勤務」の環境さえ整っていれば、事業継続の確実性を高めることが出来るので経営者の視点からもメリットは大きいはずです。

さらに、もっと本質的な意味では、私たちが理想の働き方を獲得するきっかけになるかもしれないと考えています。「在宅勤務」が普及し、新しい働き方の選択肢が出来たことで、自ら理想とする働き方を選択できるんだという意識が芽生えます。そして、働く人の視点に立たない企業はおのずと選別され、徐々に淘汰されていくので、社会が根底から変化するきっかけになるかもしれません。

私が、前述の考えに至ったのは、NHKの番組で立命館アジア太平洋大学の学長「出口治明さん」による学生に向けた講義を偶然目にしたからです。出口さんは、日本経済低迷の実態、背景、原因について以下の持論を展開しておられました。

【低迷の実態】
・コロナウィルス感染拡大前の経済成長率(予想)
中国6% 米国3% EU2% 日本1%
・平成の30年間で日本が世界GDPシェアに占める割合は9%から4%に低下
・平成元年に世界トップ企業50社に占める日本企業は20社あったが現在は0社
・一人当たりGDPは世界26位にまで降下

【低迷の背景】
・日本ではGAFAのようなユニコーン企業が生まれなかった
・GAFAはサービス企業であり、サービス企業の顧客の70%は女性
・日本企業は依然として男性優位(文化的、制度的(配偶者控除、年金制度等)背景から)
・50代、60代の男性が重職を占め意思決定している企業が多い
・そのような企業は若い女性が求めるサービスを産み出せないでいる

【低迷の原因】
・日本は、女性の社会的地位が153カ国中121位 先進国で女性の社会進出の低さで突出
・ダイバーシティ(多様性)が乏しい職場環境でイノベーションが生まれにくい
・慢性的長時間労働(日本2,000時間 欧州1,500時間)で学び直し(大学院進学等)にかける時間が不足

私は、直近の数年間、ベンチャー企業で採用を担当した経験から、規模の小さい会社の経営者は、出産・育児で職場を離れる可能性がある「女性」をキャリア採用するのを避ける傾向があると感じました。結果として、時間に関係なく猛烈に働くという昭和的な労働観が残ってしまうのではないかと思ったのです。そして、仕事に張り付く時間が長い男性は、それを言い訳にしているケースもあるかとも思いますが、家事や育児への参画意欲が高まらないという悪循環が生じているのかもしれません。

尚、勉強会の場では、女性と男性の仕事上での役割の性差が縮まらないのは、家庭における役割の固定化が原因ではないか、との意見も出ました。つまり、童話「桃太郎」の冒頭の有名な出だし、

「昔むかしあるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。おじいさんは山へ柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました。」

という男女の役割分担のイメージが、私たちの無意識にすりこまれているのかもしれない、ということにも気付かされました。女性の立場からすれば、従来の「川へ洗濯」に加えて社会進出という「山へ柴刈り」の役割がアドオンされ、家庭の内と外の二重の役割を担わされることになった訳ですからたまったものではありません。とはいえ前述したように、外で昭和的労働を担う男性には家事や育児への協力はあまり期待できませんので解決の糸口がなかなか見つからないのです。尚、大企業を中心に男性社員の育児休業取得を促進する動きも加速していますので、前述の「悪循環」は一例であり、必ずしも一般化できるものではないことをお断りしておきます。

では、女性の家事や育児の負担を軽減する方法はないものでしょうか。参考になるのは、女性の社会進出が進んでいる東南アジア諸国で昔から普及している「メイドさん」の活用はどうか、という意見が出ました。私は1995年にシンガポール、1998年に台湾に駐在勤務しましたが、当時のシンガポール、台湾では、既に家事やオフィス清掃など、フィリピン人、インドネシア人に依存しており、この頃と比較しても今の日本は非常に遅れていると思います。入国管理法や在留資格発給条件など法律上の制約をみても、日本政府が外国人招聘に消極的だということは明らかです。ただ、マンパワー不足ではないもっと根深い問題としてあるのは、日本女性が自らも、また男性からも、家事や育児は女性の仕事だとあたりまえのように考えていて、他人の手を借りることに対する周囲からの厳しい目を気にしたり、家の中を人に見られたり触れられたくないという心理的側面があるのではないか、という意見も出ました。

以上を総合して私の考えをまとめると次のようになります。

・様々な制約はあるが「在宅勤務」を促進することにはメリットがある

・それは、女性の社会進出を阻害する要因(出産・育児+内と外の二重役割)を軽減することにつながるからで

・結果として女性の経営者や事業責任者が増え、新しいサービスが生まれる土壌ができて

・それら新しいサービスからGAFAのようなユニコーン企業が生まれる可能性が高まる

最後に、今回の勉強会では、前述のジェンダーに関するトピック以外にも、人材育成の現場で起きている「リアル研修」と「リモート研修」のメリット、デメリットや課題。また、病気療養による休職からの復職をスムーズに実施する方法等、「在宅勤務」を切り口として様々な意見がでました。そこで、これからも継続的に勉強会を開くことで仲間の意見が一致しましたので、次回の勉強会では、一旦広げた風呂敷の中から、新しい時代の「人と組織」の研究課題(リサーチクエスチョン)を見つけて継続的に研究を続けることになりました。

今後の展開については、逐一このブログで取り上げたいと思います。

人事考課制度に対する経営者の万能感

私たち人事担当者が最も頭を痛めるのが「人事考課制度の設計」ではないかと思います。その理由は、経営者は、一般的に人事考課制度に万能感を求める傾向があり、この要求に応えることが人事担当者として当然の務めと思われてしまうからです。経営者が持つ人事考課制度に対する万能感とは、制度さえ導入すれば、従業員の能力、成果、意欲等、諸要素を完璧に明らかにすることが出来て、さらに、誰が評価しても同じ結果になるような信頼性が高い、誰一人としてその結果に異を唱えない、公平公正が担保されたものであるべき、という感覚です。人事考課の結果に基づいて人件費を適性に配分し、従業員に不平不満を一切生じさせないような、完璧な人事考課制度をもつことに、経営者がこだわるのは当然のことだと思います。しかし、人事考課制度の設計運用の実務を担当する人事担当者の身としては、この要求に応えることは本当に難しいのです。果たして、そのような万能な制度をつくることは出来るのだろうかと私は考え続けてきました。

人事業務、また、社会人大学院での学び(注)を通じて、私はある結論に達しました。それは、理想の人事考課制度を運用するためには、その大前提として以下の3つの条件を整えておく必要があるということです。

①従業員と共有したい思いが明確になっている(共通善としての事業の目的と目標の言語化)
②従業員に事業の目的と目標の説明を尽くして納得感が醸成できている
③従業員がお互いを理解し合う社内環境になっている

①は経営者、②はライン長、③は人事が、それぞれ役割分担して取り組みます。ポイントは、「従業員起点で発想すること」そして、「組織開発に真剣に取り組むこと」です。

人は誰でも、行動前に「発想」します。そして、人は、それぞれ異なる「発想の起点」をもっています。私が考える「発想の起点」とは、「意図」と「願い」です。これらは、その人の人間観、世界観、宇宙観、宗教観等に影響されますので、発想と行動はおのずとパターン化していきます。そこで、これからは、これまでのパターン化した発想と行動を一旦脇に置いて、「従業員だったらどう思うか」という視点から発想、行動することが有効だと思います。その理由は、「不可逆的な社会の変化」があるからです。私が考える「不可逆的な社会の変化」とは、

「経営者が信じるたったひとつの答え(例:売上・利益の限りない増大)を基準にして中央集権的に組織をコントロールする時代から、あらゆる情報にアクセスできて自ら妥当解を出し得るようになった従業員に権限を与え、その考えと意欲を最大限発揮できるような自律分散的組織への変化」

です。「従業員起点で発想する」とは、好き嫌いに関わらず、全ての組織が無視することができない「時代の要請」なのです。

「組織開発」とは、人と人との関係性に着目し、それをより良い状態にする取り組みのことです。一方、「人材開発」とは、その人の能力、意欲を高めて活躍を促進することですので、両者は似て非なるものです。従来、日本の企業文化では、組織開発は現場力に委ねられてきました。社会の隅々にまで、従業員間の関係性を良好に保つ取り組み(レクリエーション)が慣習的に行われてきましたが、近年、様々な要因で機能しなくなってきました。そこで、多くの企業で、「組織開発」に政策的に取り組む必要性が認識されるようになっています。私は、組織開発は人事担当者が担うのが相応しいと考えています。その理由は、採用~配置・労務~人材開発~評価~処遇という役割を通じて、従業員一人一人の多面的な情報を知り得る役割を担っているからです。ポイントは、人事担当者だからこそ知り得る情報を、どのようにして組織開発に活かすのか、ということです。

そこで、前掲で、理想の人事考課制度の運用の条件として述べました、「③従業員がお互いを理解し合う社内環境になっている」に対して、人事担当者が担うべき役割について書きたいと思います。

司馬遷が、前漢の時代に著した中国の歴史書「史記」にある「刺客伝」に、「士為知己者死」(士は己を知る者の為に死す)という逸話があります。「立派な男子であれば、自分の真価をよく知ってくれて、認めてくれた人のためなら命を惜しまず死んでもよいと思うものだ。」という意味です。戦国時代の晋に予譲という人がいて、かつて仕えていた恩人である智伯の仇を討つときにいった言葉が、「士は己を知る者の為に死し、今、智伯は我を得る」だったそうです。「命を惜しまない」というのは、現代風になおせば、一個人の利益や損得を超えて・・・」という程度に表現の内容をやわらげて受け取るのが適切でしょう。私は、電機機器メーカーの人事部で勤務していた時に、管理職研修にお招きした講師Tさんから、部下との信頼関係を築く秘策としてこの言葉を教えて頂き、以後、この言葉を行く先々で出会う方々と共有しました。同時に、私なりの方法で、簡単にこの言葉を実践する方法も紹介しました。それは、その人が大切にしていることを「いいね」と受け入れて認めてあげる、というシンプルな方法です。例えば、部下が「フィギュア」のコレクターだったら、たとえ自分が全く興味が無かったとしても、関心を示し、心から「いいね」と言ってあげるのです。この効果は絶大です。その人の本当の価値を認めてあげるというと少し難しい感じがしますが「いいね」を伝えることでしたら、いつでも、どこでも簡単に出来そうですよね。そして、人事担当者が旗振り役となって、従業員同士が「いいね」を自然に交換するような仕掛けをしていけば、徐々に経営者が理想とする、全員一丸となって事業の発展に取り組む組織へ変容していくのではないかと思います。

まとめます。一般論として、経営者が人事考課制度に完璧さを求めることと、その理由を書きました。次に、完璧な人事考課制度を目指す前に3つの条件を整備しておくことが有効との持論を述べました。そして人事が、「条件③:従業員がお互いを理解し合う社内環境になっている」の実現の旗振り役を担うべきであること。それは、人と人との関係性に着目し、それをより良いものにする「組織開発」の一環として取り組むべきことであること。組織開発は、決して難しく考える必要はなく、まずはお互いの大切にしていることを「いいね」と認め合うことから始めて、その発想を仕掛けに反映することをお勧めしました。

(注)多摩大学大学院「特定課題研究論文」(株式会社M社の研究 急成長企業と労働意欲の関係 自律分散型組織への転換)において、筆者である私は以下の仮説を立て、検証した結果一定の解を導くことが出来ました。

仮説1 転換期において混沌としている会社にとってふさわしい組織の形態として、自律分散型組織がふさわしいのではないか。

仮説2 自律分散型組織においては、社員の労働意欲が根幹にある。社員の労働意欲の向上を図る上で最も有効な方法は、社員の帰属意識を高めることであり、そのための人事制度上の取り組みが必要とされるのではないか。

第一部では、当社の現状を把握しつつ、他社事例から、成長する企業が環境変化によって直面する問題を取り上げ、その克服の方法として、社員の帰属意識と労働意欲を高める人事制度上の取り組みとして人材育成が必要であるとの課題を提起しました。

第二部では、社員の労働意欲をベースとする経営システムへの転換の方法として自律分散型組織を取り上げ、その事例として福岡県北九州市の美容室チェーン、バグジーを取り上げ、同社が社長トップダウンの中央集権と、各店舗が主体となった自律分散の両立に成功していて、社員の動機づけを仕組み化し、持続的に労働意欲を維持、向上している事例を紹介し、これを「中央集権・自律分散一体型」と名付けました。さらに、自律分散型組織の事例として、指揮者をおかないオーケストラ、オルフェウス室内管弦楽団が、「完全自律分散型」であること。また、マネージャーを置かない世界最大のトマト加工業者、モーニング・スター社は「中央集権・自律分散共存型」であることを論じ、いずれも、中央集権と自律分散とを適切に組み合わせ、若しくは取捨選択しながら、所属員の労働意欲を高めることに成功していることが分かりました。そして、そのいずれにおいても、従業員各々の情報(能力、業務、成果指標等)を従業員間で共有する政策的な取り組みがあることを明らかにしました。

第三部では、自律分散的な活動を通じて労働意欲を高める動機づけの方法として、職務記述書の整備と導入を掲げ、当該企業における取り組みの方法を考察しました。

第四部では、第三部で論じた職務記述書の整備と導入に対する意見を当該企業の部門長に求め、概ね協力的な回答を得ました。さらに、益々不確かとなっている経済、ビジネス環境に適応するためには、組織の硬直化を防ぎ、迅速な意志決定と行動を可能とする、トップダウンを、より一層機能するようにしなければならないとの課題を提起し、トップの特命事項を専任で担い、全社横断的に最適な人材を組織し、成果創出に権限を委譲される、プロジェクト・マネージャー制度の提言を行いました。

奥深い「採用」の話し

私はいま、企業から委託された人事の仕事をしています。経営者の意向に基づいて、人事制度を設計~導入する、という内容です。社外の人間として、客観性に基づいた仕事をすることを心がけています。求められることが、私の経験と他社事例に照らして、経営にとって、従業員にとってプラスにならないと考えられる場合は率直に見直しを意見具申しています。不適切な人事制度を導入してしまうと、結局、「やらなければよかった」ということが起こり得ることを、経営者に説明を尽くしています。

私が仕事を請け負っている企業は、従業員数が20名にも満たない小さな組織です。小さい組織であればあるほど、従業員一人一人が経営に与えるインパクトは大きくなります。これは、スタートアップ企業全般に当てはまることですが、人事考課や報酬制度以前に、良い人を採用できるか否かが企業の成長を決定すると言っても過言ではないと思います。私は、2018年に大阪のIT系ベンチャー企業の人事総務を主管したのですが、その際も、一人の従業員が会社全体に与える影響は大企業、中小企業とは比べ物にならないほど大きいことを痛感しました。だからこそ、経営者は、「ベストな人を採用したい、ベスト以外はだめ」とおっしゃるのだと思います。

しかし現実には、ベストどころか、ベターすら見つけることに苦心します。他社も懸命に良い人を探していて、あの手この手で獲得にしのぎを削っていますから、ピッタリする人になかなか出会えないのは当然です。また、出会えたとしても、求職者視点で明らかに知名度や報酬面で見劣りする会社は「選考辞退」の洗礼を浴び続けてしまいます。いつ出現するかもしれない理想の人を待ち続けて時間の無駄遣いをするのは戦略的ではありません。そこで、私は、理想の人を見つたいという情熱を持ち続けながら、「採用してはいけない人を絶対に採用しない」ことを経営者に提案しています。具体的には、以下のように採用活動の仕組みづくりから始めます。

① 応募が増えない原因(給与水準や選考プロセス)を可能な限り改める           ② 採用媒体(紹介会社・Web広告等)の抜本的な見直し
③ 合否判定ラインを決めてこれに基づいた判定ツール(面接票等)をつくる
④ 選考の進捗を成果指標(KPI)で管理して最適な状態になるよう工夫を続ける
⑤ 面接後、面接官の見立てに誤りが無いかをチェックする適性検査を導入する

仕組みが出来たら、選考を始めます。選考で、私が一番難しいと考えるのは、「面接」です。採用は「面接」に始まり「面接」に終わる、と言っても良いと思うくらいです。基本的な質問、傾聴の技法、マナー等のルールは確立されていて、学べばすぐにスキルが身に付きますが、同じ職種であっても企業によって応募者の傾向が異なるため一般化は難しく、実践を繰り返すことによってしか獲得できない勘のような部分があることは否定できないからです。私も、正解のない中で試行錯誤しながら、自分なりの方法を確立してきました。

たいていの求職者は緊張していますので、まずは笑顔を見せたり、共通の話題をふったりして話しやすい雰囲気づくりをします。これは、求職者への親切ではなく、その人の普段の姿を見るために必要な手順です。緊張が解けてきたら本題に入ります。自社と求人に関する理解度、応募の動機、働くことの意識、どんな職歴を歩んできたのか、前(現)職の給与額、希望給与額、等々を面接票に従って手際よく質問します。職務経歴書、履歴書に書かれていない事実が明らかになったら丁寧にメモします。発言の中で気になることがあったら、やんわりと質問して反応を観察しながら、徐々に水面下に隠れているその人の本質を探っていきます。これを、私は、“三性(知性・理性・感性)の探索”と呼んでいます。

面接のゴールは、三性(知性・理性・感性)の見極め。いずれか一つでもマイナスだと思ったら不合格にする、と教えて下さったのは、私が新卒で就職した半導体関連メーカーの人事部長Kさんでした。前回のブログで、北陸の精密部品メーカー会社に転職し、同社のシンガポール現地法人に赴任したことを書きました。工場の立ち上げが完了し、業務も軌道に乗って、ほぼやることが無くなってしまった私は将来のキャリアに不安を感じていました。そんな中、不思議なご縁がきっかけでシンガポールを離れ、再び、新卒で就職した会社に出戻り(再就職)することになりました。

不思議なご縁というのは、かつての上司Oさんとの再会から始まりました。Oさんは熊本の製造子会社から東京の本社に出向され、1年間ほどご一緒し、仕事の基本を叩きこんでいただきました。私の退職後、東京から熊本に帰任され、ご家族でシンガポールに旅行に来られました。シンガポールの名所を巡り、楽しい時間もあっという間に過ぎていよいよ帰国の前日。Oさんは私の変化を察したのでしょう、「仕事はどうなの?」と質問されました。私は堰を切ったように話し始めました。「転職は後悔していない」などと思ってもいないことを言ったものの、やはり本音が出てしまいました。前職よりもはるかに小さな事業の会社のため想像していたキャリアは望めなくなっていること等々。そんな私にOさんは、あっさり「戻って来ない?」と再就職を勧めてくださいました。全く予想しない言葉で、私はとっさに、「よろしくお願いします」と申し上げることしかできませんでした。Oさんが帰国され、本社の営業部、人事部に私のことが伝わりました。偶然、Oさんの帰国の翌週に営業部の部長代理Hさんがシンガポール出張に来られることになっていたので再会しました。さらに、その翌週には、人事部長Kさんが、またも偶然シンガポールに出張に来られることになっていたので面接をしていただくことになりました。

人事部長Kさんとホテルのロビーで待ち合わせをしました。私が緊張して黙っていると、Kさんは開口一番、「一杯やりながら話そうか」とおっしゃいました。ラウンジでビールを飲みながら、シンガポールでの生活や仕事のことについていろいろな質問をされました。Kさんは、一般的な人事部長というイメージからは程遠い非常にフレンドリーな方で、ざっくばらんにいろんなおしゃべりをしたことを覚えています。ただ、会話の最後に、ちょうどその時に私が悩んでいたスタッフの採用について質問をしたとき、Kさんが真顔になりました。

私「Kさん、面接で良い人を見極めるにはどうしたら良いのでしょうか?」

Kさん「僕は三性を見極めているよ。知性、理性、感性。どれか一つでもマイナスなら不合格」

お酒も回っていたからかもしれません。私の記憶はそこで途切れています。知性、理性、感性の意味を教えて頂いたかどうかも覚えていないことが本当に悔やまれます。しかし、それ以来、数多くの面接を担当しましたが、今でも面接官を務める時には必ずKさんの声が聞こえてきます。そして、自分なりの方法で、求職者の三性を把握しようと試みてきました。

三性の本当の意味は何なのでしょうか。先日、NHKの「100分de名著」という番組を視ていたら、ドイツの哲学者、イマヌエル・カントの「純粋理性批判」が解説されていました。その中で、カントは、人間の目指すべき姿として「感性」と「理性」の調和を著したことを知りました。カントは次のように定義しています。

感性=欲望
理性=道徳

人間にとって生きていく上で欲望(感性)は不可欠です。そして、同時にそれを上手にコントロールする道徳(理性)も不可欠です。カントは同書で知性については触れていませんが、欲望と道徳を、知性(物事を知り、考えたり判断したりする能力)で適切に管理する、とすれば筋が通ります。Kさんに三性のことを教えて頂いて25年経ちましたが、やっと、Kさんがおっしゃりたかったことが分かったような気がしました。

余談ですが、カントは、「自分が決めたことを、自分の意志で実行すること」が人間にとって最高の幸福だ、との言葉を残したようです。一方、経営学者のピーター・ドラッカーは、1954年に刊行した著書「The Practice of Management(現代の経営)」で、MBO「Management By Objectives and Self Control(目標と自己統制による経営)」を提唱しました。日本では“目標管理制度”と訳されて、マネジメントの管理手法として浸透しましたが、ドラッカーが考えたMBOの本来の意義は、「働く人が自ら目標を決めて、その達成に向けて取り組むことでモチベーションを最大化すること」と言われています。ドラッカーがカントの影響を受けたかどうかは分かりませんが、人事の課題で困った時には、古典に解決のヒントを求めることが出来るかもしれません。