私が考える、幸せな人生の条件。人生の座標軸 の内、「①良い人間関係」「②人生の目的」について書きました。
「①良い人間関係」では、コロナ禍以前にすでにあった「希薄な人間関係」が社会の分裂と分断を助長していて、それがコロナ禍で拍車がかかっている。さらに、働き方改革の総仕上げともいえるジョブ型によって加速する可能性がある。これを防ぐのは私たち一人一人が身近な人との親密な関係を築き、それを広げていくことだと思うと述べました。
「②人生の目的」では、暗黙知化している目的(人生の意味、根本原理、真価)を意識化するには、それを写し鏡となって気づかせてくれる人の存在、特に、親や恩師、上司等、師と仰ぐ存在を持つことが重要で、その人たちとの関係性が、自己の本質の発見に至る。さらに、部下や後輩など導く対象を持つことで本質を発揮して磨きをかけることが出来ると述べました。
つまり、「①良い人間関係」と「②人生の目的」は密接に関わり合っているということを言いたかったのです。今回は、「③好きな仕事」について書きますが、その前に前回、問題提起していたことを書きます。
自身の目的の実現に向けて取り組むことを見つけることが、好きな仕事(職業)の選択です。仕事は、「目的」に合致していれば成果も上がりやすいし、楽しいものです。問題は、激しくなる環境変化に伴い、仕事の経験を通じてせっかく身につけたスキルも短期間に陳腐化してしまう可能性がますます高まり、「好きな仕事」を続けることが難しくなっているということです。そこで、仕事は常に見直しを迫られる訳ですが、企業内で雇用が守られていた時代では、その変化に気付くことが少なかったものの、これからは一人一人が労働市場と向き合って、自身の仕事の経験、スキルと、刻々と変化する市場のニーズとの適合性を図っていかなければならないということです。
そこで、考えました。果たして私たちは、ずっと「好きな仕事をし続けること」ができるのだろうかと。
ずいぶん昔に「Only One」という言葉が流行りました。「世界に一つだけの花」という歌がヒットしたことがきっかけで、「自分らしさ」や「個性」を発揮することは良いことだと言われ始めました。しかし、私はこの言葉にどこか違和感を覚えていました。社会というのは、求める人がいて初めて成り立つものです。自分らしさや個性の発揮という言葉は美しい響きを持つけれども、「人に理解されなくてもよい。いつか分かってくれる人が現れるだろう」と、まるで芸術家が発する言葉のように聞こえたからです。芸術家の中には、評価や評判を気にせず、その生涯を常識の創造的破壊に捧げたような人がいます。
モーツァルトは病に侵されて最後は貧困のためにウィーンの共同墓地に埋葬されました。ゴッホは生涯たった1枚の絵しか売れなかったといいます。このように後世に偉大な芸術家と呼ばれるようになった人は確かに「Only One」と呼ばれる存在と言えるでしょう。しかし、私たちは、生活の糧を得るために生業としての仕事をしなければなりません。そして、仕事には必ず相手がいます。仕事を認めてくれる人の存在が必要です。そういった、誰の役に立つか、何が求められているか、という視点からの発想が、好きな仕事をし続けるための条件、前提になるのではないかと思います。
昭和から平成を通じて数多くのヒット歌謡曲を生み出した筒美京平さんがお亡くなりになりました。訃報に続いて筒美さんの業績に関する報道を見ていて、筒美さんが語られた言葉が目に留まりました。
「自分の持っている音楽を表明していく感じでは全然ない」
「自分が満足するのではなく、人を満足させようとしてきた」
筒美さんは、ご自身の真価を発揮する目的を、人の満足に置いていたということが意外でもあり、やっぱり、という感じがしました。好きな仕事をするというよりも、仕事の方から自分が好かれるようにしてきたのではないか。作曲家という職業が、筒美さん抜きでは語ることができなくなった、という意味で、真の「Only One」になられたのだと思いました。
正しいことをするのではなく、自分の真価を発揮して役に立つことをすることが、幸せな人生の座標軸なのだと思います。前回書いたように、真価(人生の目的)は、良い人間関係(良き師)によって気づかされます。そして、後進を育てることによって磨かれていきます。しかしこれだけでは発展しない。役に立つための場が必要です。それが良い人間関係の2つ目、横の人間関係です。横の人間関係とは、言葉を替えると「リーダーシップ発揮」の場のことです。
リーダーシップというと、強いリーダーがグイグイと周囲の人々を引っ張っているイメージがあります。しかし、環境変化が激しく答えがない現代においては、リーダーが唯一の答えを持っているという前提に立ったリーダーシップでは発揮に限界があります。人それぞれが持つ真価(人生の目的)を見出し、気づかせてあげて、それらが存分に発揮するようにして成果が最大化する。そのためにリーダーは、メンバーがお互いに自分と人との違いを認めて、尊重し合う風土を醸成する必要があります。これがダイバーシティ(多様性)の基本的取組みです。
お互いの違いに気づく方法はひとつしかありません。先入観なく、その人の言葉に耳を傾け、ありのままを受け留めること、だけです。この、「受容」と「共感」というカウンセリングのプロセスは、私が仕えた、組織の成果を継続的に高めている優れたリーダーに共通して備わっているスキルです。それを組織内に十分に展開できるかがポイントです。
そんな現代的な理想のリーダーとリーダーシップ像として、アメリカ映画「十二人の怒れる男」が参考になります。
『十二人の怒れる男』(12 Angry Men)は、1957年製作のアメリカ映画。ほとんどの出来事がたった一つの部屋を中心に繰り広げられており、「物語は脚本が面白ければ場所など関係ない」という説を体現する作品として引き合いに出されることも多い。父親殺しの罪に問われた少年の裁判で、陪審員が評決に達するまで一室で議論する様子を描く。(Wikipediaより)
法廷に提出された証拠や証言は被告人である黒人の少年に圧倒的に不利なもので、陪審員の大半は少年の有罪を確信していました。全陪審員一致で有罪になると思われたところ、ただ一人、名優ヘンリー・フォンダ演じる、陪審員8番(建築家)だけが、検察の立証に疑念を抱き無罪を主張します。彼は他の陪審員たちに、固定観念に囚われずに証拠の疑わしい点を一つ一つ再検証することを要求します。そして、陪審員8番の熱意と、理路整然とした推理によって、当初は少年の有罪を信じきっていた陪審員たちの心にも徐々に変化が生じて、最後に無罪の評決が下るというストーリーです。
主人公の陪審員8番の言動は、他の陪審員の発言と諸事情を考慮しつつ、前提を疑い、しぶとく真実を探求し、誰もが納得する合理的な根拠を用いて、様々な利害の矛盾を超えていくお手本です。有罪、無罪と物事を単純化して割り切るのではなく、反対側から見たらどう見えるだろう。その人の立場だったらどう感じ行動しただろうかと、ニュートラルな立場に身を置くことであらゆる可能性を排除せずに妥当解を導き出す姿は「リーダーシップ」のお手本だと思いました。
私がこれまでに仕えた経営者で、魅力的で尊敬できる方というのは、優れた経営者であると同時に魅力的なリーダーでもありました。一方、いわゆる「ワンマン社長」は、ご自分の考えに固執するあまり、経営判断も常にそこから発想するためワンパターン化し、環境変化に適応するのが徐々に難しくなっていくという特徴がありました。やはり、従業員の意見をよく聴いて、その背後にある心を読み解くことが大切だと思います。
余談ですが、人事担当者の仕事は、経営者の姿勢に直接影響を受けます。かつて、私が尊敬する経営者の下で働いた時の人事部は、経営の意向と従業員の気持ちの、どちらかに偏ることを避けて、両方に配慮した意思決定をしていました。方法としては、誰かが考えを述べたら、今度は反対意見を敢えて発言して、先に出された考えを揺さぶる、欧米で良くやる手法(ディベート)を採用していました。その結果、柔軟な発想が出来たのではないかと思います。
但し、この議論のプロセスは「十二人の怒れる男」のように、非常に時間と根気が要りました。ある時、テーマが何だったかは忘れましたが、ルール運用が現状にそぐわなくなっているので見直しが必要ということになり、どうすべきかを決めなければならなくなりました。人事担当者5名が会議室に集まり、前述の方法で話し合いを始めたのですが、どうしても結論が出ず、一旦会議を中断して定時後に再開して深夜になり、それでも結論が出ないので、「じゃあ、お酒でも飲みながら」ということになって、バーでグラス片手に話しを始めたら、すぐに結論が出たということがありました。
私は、今でもこの方法が理想だと思っています。人事という仕事は、あらゆる可能性を吟味しないと本来意思決定などできないからです。その後勤務した会社では、経営の決定を実現することが求められ過ぎて、従業員の考えや気持ちへの配慮が二の次になったことがありました。そして、せっかく時間をかけて準備した、本来はとても良い試みが、結局従業員に受け入れられず効果が出ませんでした。やはり、制度や運用方法を検討するプロセスには、必ず従業員の考えや気持ちを反映することが必要だと思います。
以上、幸福な人生のための3つの人生の座標軸について書きました。
1.良い人間関係
2.人生の目的
3.好きな仕事
すべてがそろい、その接点である座標を持つことで、激変する環境を乗り越えていく。そんな新時代の幸福論(回遊魚として生きる)を、私自身が実践するとの決意を新たにすると共に、是非、この話を、これから社会に出る若者にしてみたいと思いました。