イノベーションの阻害要因とは

前回は、イノベーションを偶然の産物から、必然的な結果に変えるために、その阻害要因を明らかにして、それらを解決する手段を講ずる必要があるとの課題を提起しました。

そして、イノベーションの目的とは、技術革新ではなく、社会や経済を良い方向に変えるためのアイデアが社会実装され、実際に社会が動いていくことだ、とも述べました。

今回はイノベーションの阻害要因について考えてみたいと思います。

イノベーションはどのようにして産まれるのでしょうか。天才的な個人のひらめき、もあるでしょうが、私が明らかにしたいことは、メンバー間に生ずる相互作用によって産まれるイノベーションについてです。

私が考えるメンバー間に生ずる相互作用とは、「創発」です。「創発」が生ずるとイノベーションが産まれる可能性が高まる、そのように考えています。

そこで、「創発」の定義を調べてみました。

創発(そうはつ、英語:emergence)とは、部分の性質の単純な総和にとどまらない性質が、全体として現れることである。局所的な複数の相互作用が複雑に組織化することで、個別の要素の振る舞いからは予測できないようなシステムが構成される。(中略)組織をマネジメントする立場からは、組織を構成する個人の間で創発現象を誘発できるよう、環境を整えることが重要とされる。一般的に、個人が単独で存在するのではなく適切にコミュニケーションを行うことによって個々人の能力を組み合わせ、創造的な成果を生み出すことが出来ると考えられている。(Wikipediaより)

ドラッカーはマネジメントの目的を、

「個人の能力の総和以上の成果を上げること」

と述べました。それと前述の「創発」の定義を合わせると、

「人間が集まり、その能力が組み合わさると、単純にその足し算以上の成果が産まれる。」

ということが言えると思います。

つまり、イノベーションが産まれる条件は「創発」であり、「創発」が生ずるようにメンバーを適切にマネジメントする、ということが目指すべき方向性のようです。

この文脈で、イノベーションは起きるものなのか、起こすものなのかという問いを立てると、「マネジメントする」という能動的な取り組みによって「創発」が生ずるので、イノベーションは、「起こすもの」だと言えます。

よって、トップが、「イノベーションを起こせ」と社内に号令をかけても到底「創発」は生じません。「マネジメント」という仕組みが伴って初めて生ずるものだ、ということになると思います。

余談ですが、仕組み(マネジメント)なき変革(イノベーション)がなぜ起きないかを理解する上で参考になるキーワードが、私たちの「意識」です。

ある人が、

「社会や組織の変革は、意識を変えて起きたためしがない。変革には新しい仕組みが伴うものだ。」

と言っているのを聞いたことがあります。

そういえば、私が勤務した会社が、環境変化に適応できず業績不振に陥った時、社員に「意識を変えろ」と声高に叫ぶトップがいました。

しかし、いくら声高に叫んでも社員はぽかんとして一向に目の色を変えない。意識が変わることはなかったのです。従来とは異なる新しい仕組みに伴って、初めて、人間の「意識」が変わり、変革が生ずると思います。

人間の「意識」についてもう少し深堀りします。

以前、NHKスペシャルで「脳」の特集があり、「意識」について興味深い解説がありました。それによると、「意識」とは、外部から入った刺激に対して、既に脳内に蓄えられていた経験や知識等の複数の記憶が結合して生ずる現象、とのことでした。

「よって、人は経験していないこと、知らないことを意識することはできない。」

番組内で科学者が語ったこの一言は、私にとって衝撃的でした。なぜかというと、それまで社内で多く見聞きした、「意識を変えろ」というトップの掛け声が、なぜ社員に響かず、一向に意識の変化が起きなかったのか、やっと理由が分かったからです。

経験していないこと、記憶していないことを人間は意識できない。掛け声だけでは従来の意識は変わらないので変革は起きない。つまり、創発とイノベーションは掛け声だけでは起こり得ず、仕組みを講じ、これを実践することによってしか起こり得ない、と結論を導くことが出来ます。

以上を念頭に置いて、創発が生じイノベーションが産まれる仕組みと実践方法の検討へと駒を進めたいのですが、その前に、今日のテーマである、創発とイノベーションの阻害要因を先に考えてみたいと思います。

人は、「やるべきこと」を考えることは得意ですが、「やるべきではないこと」を考えるは苦手です。あえて逆方向から、「避けるべき阻害要因」を明らかにしたいと思います。

以下、創発とイノベーションを阻害する3大要因(私が経験から得た私見)を述べます。

阻害要因①:トップがメンバーに成果を求め過ぎる

まず思い浮かんだのは、トップがメンバーに、意味あること、価値あることを求め過ぎるということです。そもそも、イノベーションとは、過去の延長線上にはない新しい価値創造です。そして、イノベーションの前提である創発とは、答えがないことに対してメンバーがアイデアを出し合い相互作用を起こすことです。にもかかわらず、トップはとかく、

「新規事業、既存商品のシェア拡大策を考えろ。」

などと具体的な答えを求めてしまいます。すると、足かせをはめられてしまったメンバーには、なかなか創発は生じなくなります。

トップがメンバーに、大きくて、漠然として、極力抽象的なテーマを与えると創発が生じやすくなると思います。

例えば、

「持続可能な社会の実現に自社が果たし得る役割を既存事業の枠に囚われずに考えなさい。」

などとした方が、自由な発想からアイデアが出やすくなり、創発が生じやすくなります。

かつて私が関わった研修では、受講生に、「真っ白なキャンバスに絵を描く」というお題が与えられ、創発が生じ易い場作りがされていました。

さらに、「仕事で使う専門用語を一切使わない」というルールも与えられてディスカッションすることによって、メンバーの間に、既存の枠に囚われない発想が生じていました。

仕事の範疇で発想すると、どうしても出来ない、やれないことに意識が向いてしまうものです。創発を生じるためには、一切の制約を取り払って、自由な発想でアイデアを出し合うことが必要なのです。

余談ですが、これから短期的な成果の追求は、ますますAIに委ねられることになるでしょう。一方、AIには任せられない、人間にしかできないことは、「夢を見ること」ではないかと私は思います。

「夢」とは、常に正しいこととは限りません。むしろ、はたからみて、非合理的なこと、バカなこと、無意味なことにこそ「夢」があるのではないでしょうか。

メンバーの自由な発想を封じて、創発が生じるのを妨げるのは、正しい答えを求め過ぎるトップの言葉ではないかと思います。メンバーの可能性を信じて、委ねれば、創発が生じイノベーションが産まれる場を醸成することが出来るはずです。

阻害要因②:トップとメンバーが同じ絵を見ていない

次に思い浮かんだのが、「ビジョンが共有出来ていない」つまり、トップとメンバーが「同じ絵を見ていない」状態です。

ビジョンが共有できないと、創発の目的と、矢印を向ける対象が曖昧なままなので、いつまで経ってもメンバーがトップと同じ「心境」になってくれません。

トップは、そんな状態を観かねて、メンバーに対して、

「意識を変えろ。」

と命じがちです。しかし、前述の通り、脳の機能制約上、未経験なこと、知らないことについて人間は「意識」することはできません。

そこで、私が考えたのは、未経験のこと、知らないことに創発を生じさせてイノベーションを産むのだ、といった「心境」になっていなければならないということでした。

「心境」とは、「なぜ自分がここにいるのか?」「なぜこのテーマが選ばれたのか?」「なぜ今やる必要があるのか?」という疑問が解かれていて、すっきりと、「いまここ」にいる状態と考えています。

ある研修講師の方が、

「私は研修の本題に入る前、受講生が、研修に向き合う状態(研修受講の心境)になるように工夫しています。それは、「なぜ自分がここにいるのか?」「なぜこのテーマが選ばれたのか?」「なぜ今やる必要があるのか?」という受講生が抱く3つの疑問を、丁寧に解いてあげることなのです。」

とおっしゃっていたことを思い出しました。

メンバーに創発を生じさせて、イノベーションを産むことを阻害する要因は、トップがメンバーとビジョンを共有する、つまり、同じ絵を見る取り組みを怠っていたり、重要視せずに成り行き任せにしていたりして、メンバーをある「心境」に至らせていないことではないかと思います。

良いトップ(リーダー)とは、

「少しでも良い未来を見させてくれると、メンバーに信じさせることができる人」

ではないでしょうか。トップはメンバーに対して、「意識」を変えろ、と丸投げするのではなく、ビジョンを語り、見せてあげることで、ある「心境」を醸成しなければならないのです。

阻害要因③:トップとメンバー間で経営上の重要情報が共有されていない

私は、メンバーに創発を生じさせてイノベーションを産むことの阻害要因として、トップとメンバー間の、「情報の非対称性」があると考えています。

情報の非対称性(じょうほうのひたいしょうせい、英: information asymmetry)は、市場における各取引主体が保有する情報に差があるときの、その不均等な情報構造である。「売り手」と「買い手」の間において、「売り手」のみが専門知識と情報を有し、「買い手」はそれを知らないというように、双方で情報と知識の共有ができていない状態のことを指す。情報の非対称性があるとき、一般に市場の失敗が生じパレート効率的な結果が実現できなくなる。(中略)プリンシパル=エージェント関係において情報の非対称性が存在すると、エージェンシー・スラックと呼ばれるモラル・ハザードが発生する。(Wikipediaより)

ここでいう、プリンシパル=エージェント関係は、プリンシパル(経営者)、エージェント(従業員)の関係に置き換えることが出来ます。また、エージェンシー・スラック(モラル・ハザード)とは、エージェント(従業員)と、プリンシパル(経営者)双方で情報と知識の共有ができていない状態において生じます。

情報の非対称性、つまり、プリンシパル(経営者)が知りえないエージェント(従業員)のみ知り得る情報や専門知識がある(片方の側のみ情報と専門知識を有する)ことから、エージェント(従業員)が、プリンシパル(経営者)利益のために仕事を任されているにもかかわらず、エージェント(従業員)の行動に歪みが生じ効率的な資源配分が妨げられる、経営上のリスクとされる現象です。

つまり、トップとメンバー間に情報の非対称性があると、互いの重要な情報と知識が共有されないことで、一向に「信頼関係」が築かれず、創発が生じるのを妨げると考えられるのです。

その理由は、「信頼関係」とは「心理的安全性」に不可欠な条件であり、「心理的安全性」が担保されないとトップとメンバー、またメンバー同士が腹を割った話ができない。つまり、創発が生じにくいのです。

さらに、トップとメンバー間の「情報の非対称性」が解消されたとしても、創発の結果得られたアイデアを実行に移す権限がメンバーに与えられる必要があります。

メンバーに権限が与えられていないと単なる「アイデア出しゲーム」で終わってしまいます。せっかく創発で得られたアイデアがトップに無視され放置されてしまえばメンバーの「参画意欲」が持続しません。創発とイノベーションにおいては、メンバーの「帰属意識」よりも、継続的な「参画意欲」が重要なのです。

ところで、以前書いたブログで、ドイツの経営体について述べたことがありました。

ドイツでは、「有限会社(GmbH)」は、取締役会、社員総会(組合)、監査役会(設置は任意)で構成されていて、最高意思決定機関は「社員総会(組合)」であり、その権限はすべての事項(年度決算書の確定、利益処分、取締役の選任・解任、経営管理の監査及び監督等)に及び、その決議はすべて社員総会(組合)で行われると、法律で定められています。つまり、組合代表者は、経営責任者であり、日本のような労働者の権利を代弁し会社に対して団体交渉を担う機能とは全く異なるということです。(第8回:知っているようで知らないドイツ人のお話しより)

このドイツの経営システムは、「労使共同経営」と呼ばれるのですが、その存立条件として重要な2大項目は、①経営上の重要情報の従業員との共有 そして、②従業員に経営上の意思決定権が与えられている とのことで参考になります。

以上、創発を阻害する3つの要因について述べました。これらのいずれか一つでも解消されないと創発が生じず、その結果イノベーションが産まれないというのが私の考えです。

ここまで書き終えて、実は、もっとシンプルで重要な阻害要因があることに気づきました。

それは、

「メンバーに元気がなく、活気のない職場」

です。そのような熱量が低い職場では、創発は生じ得ず、イノベーションは産まれないはずです。

メンバーの元気、気力、職場の活力は、企業活動の源です。改めて、このような目に見えない人間のエネルギーが重要視されることを願っています。

今回述べた3つの創発の阻害要因を基にして、次回からは、私たちが講ずるべき仕組みとその運用方法について考察したいと思います。

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