コロナウィルスの感染が拡大しています。どうやら6月に東京で変異した型が全国に拡散したようですが、ウィルスは一般的に徐々に弱毒化する特徴があるようですね。変異した型に感染して重症化するケースは抑えられているので騒ぐべきではない、と言う人がいたり、PCR検査をどんどん増やすべきだという人がいたり、何が正しい打ち手なのか結果が出るまでもう少し時間がかかりそうです。ただ、そうこうしているうちにも、コロナウィルスは私たちの生活を大きく変えてしまいました。その中でも働く人にもたらした最も大きな変化は「在宅勤務」だったのではないでしょうか。
2010年の秋から2年間、社会人大学院に通い「人と組織」について学びを深めました。当時勤務していた会社で「次世代事業責任者育成プログラム」をつくることになって、圧倒的に知見が不足していた私は、前職の先輩から、ご自身が修了生である大学院への進学を勧められました。結果としてこの判断はとても正しかったと思います。そして、大学院進学によって得られた果実の中で最も大きかったのは、気持ちを一つにする6人の仲間との出会いでした。大学院入学から10年が経過した今年、コロナウィルス感染拡大による社会の激変は、この間の出来事をすべて吹き飛ばすくらいのインパクトがありました。激変の真っただ中にいる今だからこそ一旦立ち止まり、学びを深めたあの頃を振り返る意味があるのではないか。そして、過去の延長線上にはない未来を展望するのは今をおいてほかにないのではないか、との思いが湧いてきました。そこで、10年目の節目にZoom同窓会で久しぶり再会した仲間たちに提案しまして、勉強会を始めることになりました。
8月8日に行った第一回の勉強会のテーマは「在宅勤務」でした。「人と組織」への興味関心が人一倍強い私たちメンバーにとって、コロナウィルス感染の影響で、多くの日本人が満員電車に揺られて通勤するという生活が根底から変わることへの期待感、また、同時に生じる弊害や運用上の課題について深堀りする価値があると考えてこのテーマを選択しました。勉強会に先立ち、事前課題として東洋経済ON LINEの記事「「永久在宅勤務」が日本で主流の働き方になる日」を各自読んで、読後の感想を述べ合い、更にその感想に対してディスカッションしました。
この東洋経済ON LINEの記事のポイントは以下の通りです。
1、「在宅勤務」には適した人、職種があり全員には適用できないと考える経営者が多い
2、一方「在宅勤務」は当然のように会社が講ずるべき対応と考える社員が増えている
3、退職理由や再就職先の条件として「在宅勤務」が挙げられ、企業側もこれを無視できない状況になりつつある
また、勉強会終了後にはロンドン・ビジネススクールのリンダ・グラットン教授(世界的ベストセラー「ライフ・シフト」の著者)による、「在宅勤務」が働き方に与える影響について述べた、以下の日経ビジネスの記事をメンバー間で共有しました。
1、社内のヒエラルキーが薄まり本質的な「信頼関係」が重要となっているようだ
2、また、ヒエラルキーが薄まった会社において「信頼」を得られるのは、明確な目的を掲げ、高いスキルを持ち、嘘偽りのない人となるだろう
3、遠隔地で勤務が可能になり、地方へ移住する人が増えるだろう
以上を見る限りでは「在宅勤務」の広がりは不可避のように見えます。しかし、経営者の中には依然「在宅勤務」を一時的な措置と考えていて、コロナウィルス感染が沈静化するのを見計らって「在社勤務」に戻す動きも出てくるのではないかと予想します。
私は、コロナウィルス感染がひと段落した後も「在宅勤務」をどんどん広げて、大多数の人が当たり前だと思う状態にすることが理想だと考えています。その理由は、ライフイベント(出産、育児、介護、病気療養等)に際して多様な働き方をすることが出来るようになることで、仕方なく退職しなければならなかったような事例は減っていくと思うからです。また、地震等、広域災害発生時に出勤できない状況に陥っても「在宅勤務」の環境さえ整っていれば、事業継続の確実性を高めることが出来るので経営者の視点からもメリットは大きいはずです。
さらに、もっと本質的な意味では、私たちが理想の働き方を獲得するきっかけになるかもしれないと考えています。「在宅勤務」が普及し、新しい働き方の選択肢が出来たことで、自ら理想とする働き方を選択できるんだという意識が芽生えます。そして、働く人の視点に立たない企業はおのずと選別され、徐々に淘汰されていくので、社会が根底から変化するきっかけになるかもしれません。
私が、前述の考えに至ったのは、NHKの番組で立命館アジア太平洋大学の学長「出口治明さん」による学生に向けた講義を偶然目にしたからです。出口さんは、日本経済低迷の実態、背景、原因について以下の持論を展開しておられました。
【低迷の実態】
・コロナウィルス感染拡大前の経済成長率(予想)
中国6% 米国3% EU2% 日本1%
・平成の30年間で日本が世界GDPシェアに占める割合は9%から4%に低下
・平成元年に世界トップ企業50社に占める日本企業は20社あったが現在は0社
・一人当たりGDPは世界26位にまで降下
【低迷の背景】
・日本ではGAFAのようなユニコーン企業が生まれなかった
・GAFAはサービス企業であり、サービス企業の顧客の70%は女性
・日本企業は依然として男性優位(文化的、制度的(配偶者控除、年金制度等)背景から)
・50代、60代の男性が重職を占め意思決定している企業が多い
・そのような企業は若い女性が求めるサービスを産み出せないでいる
【低迷の原因】
・日本は、女性の社会的地位が153カ国中121位 先進国で女性の社会進出の低さで突出
・ダイバーシティ(多様性)が乏しい職場環境でイノベーションが生まれにくい
・慢性的長時間労働(日本2,000時間 欧州1,500時間)で学び直し(大学院進学等)にかける時間が不足
私は、直近の数年間、ベンチャー企業で採用を担当した経験から、規模の小さい会社の経営者は、出産・育児で職場を離れる可能性がある「女性」をキャリア採用するのを避ける傾向があると感じました。結果として、時間に関係なく猛烈に働くという昭和的な労働観が残ってしまうのではないかと思ったのです。そして、仕事に張り付く時間が長い男性は、それを言い訳にしているケースもあるかとも思いますが、家事や育児への参画意欲が高まらないという悪循環が生じているのかもしれません。
尚、勉強会の場では、女性と男性の仕事上での役割の性差が縮まらないのは、家庭における役割の固定化が原因ではないか、との意見も出ました。つまり、童話「桃太郎」の冒頭の有名な出だし、
「昔むかしあるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。おじいさんは山へ柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました。」
という男女の役割分担のイメージが、私たちの無意識にすりこまれているのかもしれない、ということにも気付かされました。女性の立場からすれば、従来の「川へ洗濯」に加えて社会進出という「山へ柴刈り」の役割がアドオンされ、家庭の内と外の二重の役割を担わされることになった訳ですからたまったものではありません。とはいえ前述したように、外で昭和的労働を担う男性には家事や育児への協力はあまり期待できませんので解決の糸口がなかなか見つからないのです。尚、大企業を中心に男性社員の育児休業取得を促進する動きも加速していますので、前述の「悪循環」は一例であり、必ずしも一般化できるものではないことをお断りしておきます。
では、女性の家事や育児の負担を軽減する方法はないものでしょうか。参考になるのは、女性の社会進出が進んでいる東南アジア諸国で昔から普及している「メイドさん」の活用はどうか、という意見が出ました。私は1995年にシンガポール、1998年に台湾に駐在勤務しましたが、当時のシンガポール、台湾では、既に家事やオフィス清掃など、フィリピン人、インドネシア人に依存しており、この頃と比較しても今の日本は非常に遅れていると思います。入国管理法や在留資格発給条件など法律上の制約をみても、日本政府が外国人招聘に消極的だということは明らかです。ただ、マンパワー不足ではないもっと根深い問題としてあるのは、日本女性が自らも、また男性からも、家事や育児は女性の仕事だとあたりまえのように考えていて、他人の手を借りることに対する周囲からの厳しい目を気にしたり、家の中を人に見られたり触れられたくないという心理的側面があるのではないか、という意見も出ました。
以上を総合して私の考えをまとめると次のようになります。
・様々な制約はあるが「在宅勤務」を促進することにはメリットがある
・それは、女性の社会進出を阻害する要因(出産・育児+内と外の二重役割)を軽減することにつながるからで
・結果として女性の経営者や事業責任者が増え、新しいサービスが生まれる土壌ができて
・それら新しいサービスからGAFAのようなユニコーン企業が生まれる可能性が高まる
最後に、今回の勉強会では、前述のジェンダーに関するトピック以外にも、人材育成の現場で起きている「リアル研修」と「リモート研修」のメリット、デメリットや課題。また、病気療養による休職からの復職をスムーズに実施する方法等、「在宅勤務」を切り口として様々な意見がでました。そこで、これからも継続的に勉強会を開くことで仲間の意見が一致しましたので、次回の勉強会では、一旦広げた風呂敷の中から、新しい時代の「人と組織」の研究課題(リサーチクエスチョン)を見つけて継続的に研究を続けることになりました。
今後の展開については、逐一このブログで取り上げたいと思います。