たかが食事と思うなかれ 社員食堂が会社の命運を握る

前回のブログに続いて、Eさんのことから書き始めたいと思います。

Eさんは、成果の見込みがないことをするのをとても嫌いました。また、経験の浅いベトナム人従業員に対しては、特に親身に接してその成長を促しました。そんなEさんに対するベトナム人従業員たちの評価は「Eさんは仕事の方法だけでなく、なぜこの仕事をするのかといった目的を、時間をかけてじっくりと説明してくれるのでやる気が出る」という肯定的な内容ばかりでした。

一方、ベトナム人従業員たちの日本人出向者に対する評価は散々な内容で「仕事をやれと言うだけで方法を教えてくれない」とか「教えてくれても一方的にまくしたてるので何を言いたいのかよく分からない」とか「残業しないと意欲がないと言われる」などと、ひどいものばかりでした。人事の私に対して彼らを再教育して欲しいという要望だったのかもしれませんね。同じ日本人出向者としてこんなことを聞かされると複雑な気持ちになりましたが、一方でぼろくそに言われても仕方がないな、ということをしょっちゅう目にしていました。というのは、日本人出向者の何人かは、周囲に響き渡るほどの大声でベトナム人従業員たちを叱責して、さぞベトナム人従業員たちは嫌な気分を味わっているだろうと想像していたからです。しかし、彼らは逆に「日本人はかわいそうだ」と言いました。ベトナムでは、怒って大声で怒鳴る人は感情がコントロールできない「かわいそうな人」だから、と。彼らの方が一段上でしたね。

日本的な喧嘩両成敗的発想で日本人出向者たちにもEさんの印象を質問してみました。彼らのEさんに関する評価は一致していて、異口同音に「理屈っぽい」「理想を言うだけで一向に手を動かさない評論家」「部下に甘い」などという内容でした。Eさんが日本人出向者たち抱いていた印象と面白いくらい真逆だったので、これは水と油の関係で両者が咬み合うことはないはずだと思いました。

ところで、前回のブログで書いたように、この会社では、食堂が現地採用のベトナム人従業員用と日本人出向者用と二つありました。私は両方の食堂を管理する責任を負っていました。ベトナム人従業員用の食堂は500人が一度に食事が出来る規模でした。この食堂では一日に5回(朝食、昼食、夕食、夜食、深夜食)ベトナムの現地食を提供していました。24時間稼働の工場でしたので、製造部は昼夜勤の2交替制(日勤と夜勤を3日おきに繰り返す2直2班制)で(勤務が切り替わる間のなか日はお休み)、ベトナムでも日本と同じく法律で一日の労働時間は8時間と決められていましたので、4時間は残業扱いとしました。通常、24時間稼働の工場は、3直3班(8時間勤務の昼夜勤を3つの班をつくってまわす)だったり、2直3班(12時間勤務の昼夜勤を3つの班をつくってまわす)方法を採るのですが、当社は社長の方針で、工場の稼働率が低下した時に余剰な従業員を抱え込まないために2直2班制を導入していました。しかし、12時間勤務が常態化すると従業員に肉体的、精神的疲労が増していくため、その影響が顕在化しました。特に夜勤時は部門長である日本人出向者たちが不在なので、作業ミスが多い(夜勤時生産の製品不良率が高い)、また、私が不定期に深夜の見回りをする際に、製造のオペレーターが堂々と居眠りをしているところを発見することも度々でした。このような労働環境との直接的な因果関係は不明ですが、めっき工程で火災が発生し一つの建屋が全焼するとの事象も発生しました。そのことについては別の機会に書きたいと思います。

一方、日本人出向者用食堂は、ベトナム人従業員用食堂と同じフロアにあったのですが、入り口は別々で、ベトナム人従業員がそのエリアに立ち入ることはありませんでした。入り口を抜けると右側に10名ほど着席できる会議室兼VIP用の個室(壁はガラス張りで外から内部の確認が可能)が二つありました。この前を通り過ぎると一度に50名程が同時に食事が出来る空間にテーブルと椅子が設置されていました。ベトナム人従業員用食堂はコンクリートの打ちっぱなしの床でしたが、こちらは木目のフローリングがされていて壁にもクロスが張られ日本のレストランと変わらない内装でした。冷暖房はしっかりと効いていて、衛星放送が視れるテレビとソファー、日本の新聞雑誌、マンガを収めたラックも設置され、さながらサロンのような雰囲気でした。セルフサービスでコーヒー、ジュースも提供していました。2週間で一回転するようにメニューを組んで、朝食、昼食、夕食を提供していました。しかし、日本人出向者たちからは量と味に対してクレームが絶えませんでしたが。

前回のブログで書いたように、Eさんがベトナム着任に際して会社から受けた待遇(ホテルや自由に使えるタクシーなど)はとても良いものだったと思います。しかし、彼が偉いのは、会社にいる時はそのような待遇を周囲に自慢することも、見せることもなく、いつもベトナム人従業員たちと一緒に行動したことです。私が、最初Eさんに社内案内した際に、食堂が二つあることを説明し、当然、日本人出向者用食堂で食事されるだろうと思っていたのですが、Eさんはあっさり、食堂が二つある理由は何か?なぜ全員一緒に食事をしないのか?と質問されました。私は詳しい理由は知りませんでしたが、この会社が中国の工場を設立した時から日本人出向者向け食堂は別に設けるようになったと説明しました。Eさんは全くナンセンス、といった反応をして、以後、このエリアに立ち入ることはなく、ベトナム人従業員用食堂で部下たちと食事をしました。

Eさんと日本人出向者たちは、関係改善に決して手をこまねいていたわけではなく、分かり合おうと努力もしていたように思います。同じ電子部品の技術者ですしキャリアのバックグランドや知識面で共有することが多い分、本来は良い関係を築けるはずだと信じていたはずです。でも、見えない溝は一向に埋まらず、力を出し切れなかったと思います。それは、ベトナム人従業員と一緒に食事をするという態度ひとつをとっても根本的な何かが違ったからだと思います。私の退職からしばらくしてEさんはベトナムから帰任したと風の便りで知りました。持っている力を出し切れず不本意な思いをされたのではないかと想像します。Eさんと日本人出向者たちが埋められなかった溝の原因については改めてブログに書きたいと思います。

私も、日本人出向者用食堂で食事をするのは、味のチェックをするために週2回程度と決めていました。それ以外はベトナム人の部下たちと一緒に食事をしました。これは、決してベトナム人従業員と親密になろうとか、良い人と思われようとか、そういった意味ではなく、食堂の機能を把握し、問題を発見したらすみやかに解決するという役割を果たすためでした。中国でも同じことを聞いたことがありましたが、会社経営において、従業員に提供する食事次第でストライキに発展することもある、と私は思っていました。ベトナムでは、これは都市伝説ではなく本当に提供する食事が原因でストライキが発生した日系企業がありましたし、人事総務の最重要ミッションのひとつだと考えていました。

人事総務の責任者である私が、自分たちと一緒にベトナムの食事を食べていることが最初ベトナム人従業員たちは不思議だったようです。「どうして他の日本人と一緒に食事をしないんですか」とか、いろいろ質問されましたが、徐々に食事についての不満を耳にするようになりました。味もさることながら、中には「昆虫が混入」しているとか、「肉が腐っている」とか聞き捨てならない話しがありました。私は、食堂の運営を任せている業者に改善を求めましたが、何故か横柄な態度でまともに取り合おうとしません。そのような中、ある従業員がこの食堂業者と癒着してキックバック(支払代金の一部を還流する不正のこと)を受け取っており、さらにキックバックで得た資金を工業団地管理局Cに提供しているという情報までつかみました。つまり、食堂は、不正の温床となっていて、従業員の健康や満足は二の次として扱われてきたという可能性があることを知り、私は強い義憤を抱きました。

また、前にも書いたように、この工場で生産する電子部品は主に某韓国企業のスマホやタブレットに搭載されていて、納入先は、ベトナム某省にある従業員数5万人を有する大工場でした。同社にとって当社は電子部品のメインサプライヤーでしたので、私たちは同社の担当者から定期的に監査を受けていました。人事総務も例外ではなく、従業員の採用や人材育成、離職防止策などについてこまごまとチェックされました。そのような中で、同社の担当者が最も問題視したのは、当社の食堂の運営についてでした。彼らの指摘は、日本人出向者とベトナム人従業員の食堂が別々に存在していることは差別を助長することにあたり同社の倫理規定に反する。継続的な取引を望むならば改善すべき、との内容でした。

同社の担当者は私を彼らの工場の食堂に招待してくれました。5万人の大部分を占める製造ラインオペレーターは3直3班制なので、一度に食事をする従業員数は15,000名程。それが二つの食堂に分散して30分の時差を設けて食事を開始する仕組みでした。つまり一度に収容できる人数は一食堂で3,500名~4,000名くらいだったのではないかと思います。韓国からの出向者も一緒に食事をしていて、メニューはベトナム食、韓国食、洋食など自由に選べるようになっていました。私は韓国食を選んだのですが、正に本場の味でした。そのような背景から当社の食堂のあり方について改善を求めたのは当然のことだなと納得しました。

私は、帰社し、一人食堂にたたずんで考えました。解決すべき問題は二つあります。一つは、衛生管理もでたらめで不正の温床となっている食堂業者をどうすべきか。もう一つはお客さんに命じられた二つの食堂の改革です。私がどのような対応をしたかは次回のブログで書きたいと思います。

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