従業員ファーストの本当の意味

神奈川県の電子部品メーカーのベトナム工場で人事総務を主管しました。それまで何回か海外勤務をしたので大抵のことには驚かない耐性は備えているつもりでしたが、ベトナムで経験したことはそれまでの海外勤務経験を一度に上書きするくらい強烈な体験でした。すべての体験を一度に書くことは難しく、また、ストレートに表現することが難しい微妙な内容が多く含まれますので、これから何回かに分けて工夫して書いていきたいと思います。今回は、その中でも数少ない、嬉しかった出来事について書きたいと思います。

前々回のブログで、これまで私は、尊敬する経営者の方々、また、お客様から「ありのままの自分」を受け入れて頂いた、心底嬉しい経験を2回したことがあると書きました。その1回がベトナムでの勤務中の出来事でした。電子部品メーカーのベトナム現地法人の人事総務を主管することになり、2013年の6月に首都ハノイの郊外にある工場に赴任することになりました。前任者から引き継いだのは、50名ほどいた日本からの出向者の対応がメインで、特に、食事の件は重要でした。というのは、この工場では、日本人出向者向けの食堂で日本食が提供されていて、日本人出向者からみると、人事総務は食事メニューの希望を聞き、まずいとか、量が少ないといったクレームに対応する人と認識されていたのではないかと思うからです。さらに、日本人出向者は、ベトナム語ができない人たちがほとんどで、会社の一歩外に出るとコミュニケーションが取れない赤ちゃん同然でしたので、その移動に際しては、平日、休日問わず人事総務が車を手配してあげる必要がありました。ベトナムでは日本のように計画通りに進まないことが当たり前であるにもかかわらず、時間通りに車が来なければ即、私の携帯にクレームの電話が入りました。空港への出迎え、見送りが深夜、早朝になることもあり、都度、私が対応していましたので、着任当初は気が休まる余裕が全くありませんでした。そのような中でも、私には、人事総務としてなすべきことは、現地採用するベトナム人社員の対応であり、ひそかに日本人出向者に関わる業務は必要最小限にする、という目標をもっていました。部下を束ね、協力会社に厳しく指導をし、それでも改善されない場合は契約を打ち切る等、多少強引なこともしましたが、その成果はすぐに表れ、突発的トラブルは減り仕事は安定していきました。

私は、着任当初より、前任者から引き継いだ既定路線である、「人事総務の役割=日本人出向者へのおもてなし」というみんなの認知を変える必要があると考えていました。その背景として、当時、某韓国企業からスマホやタブレットに使用する電子部品の注文を受注しまして、生産能力を高めるために現地採用のベトナム人従業員を増員し、2,000名に迫るまで一気に拡大させる必要性が生じており、人事総務はその実現に大きな責任を負っていたからです。従業員が増えれば、当然予想しない新しい問題が次々に発生するはずです。それらを速やかに解決する対応力も備えておく必要があるため、ある程度先(半年~1年程度)を見越して、人事総務機能のレベルアップと標準化を同時に実施するという難しい状況になると予想していました。そこで、人事サイクル(採用~配置・労務~人材育成~評価~処遇)の各段階における課題を抽出し、同時に、それらを網羅的に取り組むマップをつくって、そのマップに従って、自分の頭の中で日々、詰め将棋のように駒を進める作業を積み重ねていきました。そのような思考と行動をしていることは日本側の本社も、ましてや日々顔を合わせる日本人出向者は全く気付かなかったと思います。彼らに見せる私の顔は、相変わらず彼らの考える「日本人出向者をおもてなしする人」でしたから。しかし、そんな私の仕事が突然スポットライトを浴び、認められる出来事が意外なかたちで訪れました。

前述の通り、ベトナム工場のメイン顧客は某韓国企業で、同社のスマホとタブレット向け電子部品の供給が主たる事業でしたが、チャイナリスクを避けたい企業が次々とベトナムに進出する中で、それまで取引のなかったお客さんからの引き合いも増えていきました。特に、自動車向け電子部品は有望で、自動車電装系メーカーからの引き合いが増え、彼らが取引条件とする基準を当社が満たしているか否かを判定する「工場監査」を受ける機会が増えていきました。工場監査は通常2つの視点で行われます。1日目は、当社が認定を受けているISO(国際品質基準)通りに、工場の全工程の作業標準書が整備されているかのチェックが行われます。2日目は、整備された作業標準書通り実際に現場で作業が行われているか、お客さんが製造ライン等を歩きながら実地でチェックします。そして、3日目は、質疑応答と総括が行われて、計2.5日ほどで行われるのが一般的です。日系の名だたる大企業数社からは、ほぼ同じような方法で監査を受けました。毎回、製造、技術視点での監査でしたので、私のような人事の人間が監査の席に呼び出されることは皆無でした。製造や品質保証部門の管理者(日本人出向者)は人事総務の仕事は、監査で来社されるお客さんの昼食を提供してくれていればよい、くらいに考えていたと思います。

ちょうど同時期に、私たちの会社がドイツの同業メーカーと技術提携することになりました。このドイツの会社は、技術力と品質に定評がある自動車向け電子部品の専業メーカーで、彼らの製品は、名だたるドイツの高級車に搭載されていました。そして、ベトナムの工場内に、私たちと技術提携先のドイツの会社と合弁で自動車向け電子部品製造の合弁会社を立ち上げることになり、ドイツからお一人出向者を受け入れました。この方と私はとても気が合いまして、彼の眼を通して私たち日本人が陥りがちな考え方や仕事の癖を気付かせて頂きました。

ドイツの会社との合弁会社の設立により、ドイツを代表する国際的な某電装メーカーから引き合いがあり、監査を受けることになりました。私はいつもの監査の時と同じように、お客様の宿泊先のホテルから当社までの車の手配をしたり、極力口に合うような食事のメニューを考え、時間通りに温かい食事が提供できるように監督したり、会議室で提供するコーヒーやお菓子を手配し、出来る限り監査がスムーズに、円満に進むように裏方に徹していました。

監査2日目が終わり、3日目の朝、私が出勤し自席に着くやいなや、品質保証部の責任者が慌てて私のところにやってきて、「お客さんが監査の締めくくりに人事責任者のプレゼンと質疑応答を求めている。対応を準備して欲しい」と言われました。その人も、なぜお客さんが会議に、それもクロージングで人事と話しをしたがっているのかさっぱり分からない様子でした。私は、取り急ぎプレゼン資料を用意して午後一の会議に出席しました。名刺交換をして分かったのですが、お客さんは3人で、ドイツ本社の品質保証部門の取締役、調達部門のディレクター、アジアパシフィック本部(シンガポール)の責任者でした。

私は、まずベトナムの労働市場の現状(有効求人倍率、失業率、賃金上昇率等)について説明し、経済成長率と照らして今後の見通しについて説明をしました。続いて、当社の採用人数と採用方法、離職人数と離職率、離職引き留め策、労働組合活動と日常的な労使コミュニケーションの方法、また、労務問題発生時の対応方法について説明しました。さらに採用後の研修と配属先決定方法、管理者の育成と課題、人事考課と昇給昇格の連動、人件費コントロールの方法、人事制度全般の課題感について一気に説明しました。最後に、近い将来起こり得る労務管理上のリスクについて正直に説明してプレゼンを締めくくりました。

お客さんからは、私の説明内容一つ一つについて熱心に質問を受けまして、さらに丁寧に回答していくにつれて、最初は厳しかったお客さんの表情も次第に和らぎ、場がなごやかな雰囲気に包まれました。そして、クロージングの発言として、品質保証部門の取締役の方からだったと思うのですが、「大西さんのプレゼンは素晴らしかったし、私たちの質問に対する回答も的確でとても安心しました。大西さんがこの工場で人事をされている限り安心です」と言っていただきました。その場には、当社の社員が10名ほど同席していました。英語ができない人が多かった、という理由もあると思うのですが、それ以上に、人事のことについて、聞いたことも考えたこともなかった人ばかりだったからでしょう。また、私が、日本人出向者のおもてなしをしているだけと考えていたのでしょう。なぜお客さんが喜んでいるのかさっぱり分からず終始ぽかんとしていた様子が忘れられません。

私は、当たり前のことをしたまでで、そこまで認めて頂けると思っていなかったのでとても嬉しかった半面少し拍子抜けしたのですが、ふとお客さんに聞いてみたいことが思い浮かびました。

私「これまで日本のお客さんから幾度となく監査を受けてきましたが、人事にプレゼンを求められたのは初めてです。どうして、監査の締めくくりが人事だったのですか?」

お客さん「人事が最も重要だからに決まっているじゃないですか。製造や品質の標準書を確認して現場の見学をしても、それは過去の取り組みの結果を確認するだけで監査として不十分だからです。この会社と取引をしても良いかは、将来にわたって、高い品質の製品を安定的に供給してもらえる、という確認ができないと判断できません。そして、将来を決めるのは、設備や仕組みではなく、従業員の存在、仕事ぶりだけなんです。だから、その従業員のことを最もよく知る人事の責任者に話しをしてもらうのですよ。」

私は、お恥ずかしながら、このお客さんの話しを聞くまで、人事が何のために存在するのかを明確に説明することが出来なかったと思います。本当に目からうろこが落ちた瞬間でした。そして、この日以降、ドイツの提携先企業からベトナムに来ていたドイツ人出向者Eさんと私の関係がぐっと近くなりました。彼を通じて気付かせてもらった様々なことは次回のブログで書きたいと思います。

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