カテゴリー別アーカイブ: 06.人材教育の理論・情報

ポリヴェーガル理論③「認識や判断ではなく生理学的反応」

人は、系統進化的に3種類の自律神経ネットワークを宿しており、

①背側迷走神経(古代の副交感神経系、消化、睡眠、排泄、生殖機能、身体の回復などを司どる。リラックスと休息モード)

②交感神経(爬虫類以降に進化、感情、身体を活発に覚醒、行動させる。闘争・逃走モード)

③腹側迷走神経(哺乳類以降に進化した社会交流システムとしての副交感神経系、呼吸、心臓、表情、発声、聞き取りを司る。社会交流モード)

以上の3種類のモードが時と場合に応じて機能すると考えられています。

通常、人が人として健全に社会生活を営んでいくときには、③腹側迷走神経 が最も活性化しています。他者に微笑みかけ、話しかける力、他者の表情や言動ふるまいから他者の内面を理解する力、お互いに豊かで平和な人間関係を営み、時に困難にあるときでも他者と関係性の中で協力し合い打開していく力の源泉こそが、この社会交流システムとしての副交感神経複合体なのです。

しかし、環境や状況が悪化し、トラブルが発生した場合、人に助けを求めることで解決しない場合には、②交感神経系が目覚め、闘争・逃走モードに変わります。感情エネルギーが爆発的に発露されて、捕食者のような脅威に対して、攻撃するか逃げるかの命がけのアクションを起こすのです。

さらに、そのような対応でも打開できない場合、③背側迷走神経が目覚めます。危機対応のために背側迷走神経複合体が活性化すると、絶体絶命システムが発動し、「凍り付き」「不動」「解離(心と体の解離)」と言う現象が起こります。死んだふりをすることによって危機を乗り越えようとするサバイバル戦略なのです。

通常、こうした危機対応は、脅威に直面した時に起こることであり、それが去れば、神経系に流れた強烈なエネルギーを身体の震えなどを通して解放することによって通常のモード(社会交流システム)に戻れるのですが、ストレスが強すぎたり、繰り返しストレスに被爆することが続くと、神経ネットワークに過剰な興奮とエネルギーが滞留してしまい通常モード(社会交流システム)にもどれなくなってしまいます。たとえ危険が去っても常に危機状態にあると心身が感じているので、命がけのサバイバルモードは続き、「凍り付き、解離モード」として抑うつ、心も体も動かない不活性、無表情、自己喪失感などの問題を引き起こしてしまうのです。

運よく癒しが起こり、背側迷走神経に滞留したストレスが解放されると、次の進化ステップとしての交感神経系の危機対応である「闘争・逃走モード」にシフトします。すなわち、興奮し、感情的になり、激怒して攻撃的になったり恐怖におびえて過剰に防衛したり逃亡したりなどの瞬発的な行動を引き起こすのです。

この交感神経系の興奮がおさまり、安全が確保されると、ようやく人間性の社会交流システムとしての腹側迷走神経系主導となり、人として他者と平和的にかかわり、やさしさ、思いやり、信頼の中で豊かな人間関係を築けるのです。

では、こうしたモードのシフトは、どのようにして起こるのでしょうか?私たちは、どのようにして危険を判断し、それぞれのモードで対応することを選んでいるのでしょうか?

ポージェス博士は、このようなシフトの前提となる環境のアセスメントは、自我による認識や判断ではなく生理的なものだと考えました。

「安全であること」または「危険性のレベル」に関する評価は、言語で大脳が判断することによって起こることではなく、大脳辺縁系や脳幹レベルのもっと原始的な部位によるアセスメントであり、心身の自動反応的なものと考え、そうした心身の生理的反応を「ニューロセプション(神経知覚)」と呼びました。

旧来の心理学やセラピーの考え方では、うつや心身症などの心の不健康を回復、治療する際に必要なことは、ものの見方考え方を変えることだと主張されていましたが、ポリヴェーガル理論的に言うと、こうした信念は少々的外れであると言えます。

言葉で慰めたり、いさめたり、目標を立てたり、努力して変えようとしても、問題となっている反応や行動を直接的に抑えたり変えたりすることはできないし、モードのシフトは意のままにはコントロールできないことになります。

例えば、塩酸に水を入れたときの爆発的な化学反応を意志の力で止められないように、ものの見方考え方を変えたとしても、おびえ切っている心身の反応(抑うつ、凍り付き、緊張、激情)は容易には止めることはできないのです。

ポリヴェーガル理論②「進化プロセスを記憶する身体」

今までの神経科学では、自律神経には、交感神経と副交感神経の2種類があると考えられていました。

交感神経とは、覚醒、緊張、興奮、闘争と逃走など、ストレスや脅威に対抗するために必要な働きをつかさどる神経ネットワークであり、

副交感神経とは、逆に、鎮静、消化吸収、生殖、睡眠、など、休息や回復と関わる神経ネットワークです。

交感神経は、捕食や防衛のために必要な神経ネットワークですが、心身にインパクトを与えるストレス要因ともなってしまいます。交感神経の興奮による疲労や不調和を調整するのが副交感神経で、副交感神経は、心身に保護的、調和、回復をもたらす良いものと考えられていました。

しかし、新生児の命を脅かす「徐脈(心拍数が極端に低下する)」「無呼吸」が起こるときは、実は、副交感神経が活発になっており、副交感神経の働きのすべてが心身の健康に良いもの、保護的なものであるとは言えなかったのです。

ポージェス博士は、この矛盾に注目し、なぜ副交感神経が時に健康に悪影響を及ぼすのかについて探求を進めました。その結果として、副交感神経(が大半を占める迷走神経)には2種類のネットワークがあること、そしてそれぞれの機能が異なっていることを発見したのです。

神経細胞は、主に「樹状突起」と呼ばれる細胞の主要部分と「軸索」と呼ばれる情報を伝達するための長い神経線維でできています。

軸索には、むき出しになっているものと、髄鞘(ずいしょう)とよばれる円筒形の膜で覆われているものの2種類があり、髄鞘のないものを「無髄神経」、あるものを「有髄神経」と呼んでいます。

有髄神経は、銅線のビニールの保護膜のように一様に全体的に髄鞘に覆われているのではなく、ソーセージのように飛び飛びにミエリンと呼ばれる絶縁性のリン脂質の短い円筒に包まれています。伝わる神経パルスは、ミエリン鞘部分を飛び越して、とぎれている所を飛び飛びに伝わるので、情報が早く伝わります。

進化的には、最初に出来上がった原始的な神経細胞が無髄神経であり、より進化した高速通信システムが有髄神経となるのです。

迷走神経(副交感神経)にも、無髄神経と有髄神経があります。

無髄神経の迷走神経ネットワークは、「背側迷走神」と呼ばれ、主に横隔膜から下の臓器の制御を司っており、有髄神経の迷走神経系は「腹側迷走神経」と呼ばれ、主に横隔膜から上の臓器や表情筋などを司っています。

ポージェス博士は、同じ副交感神経(迷走神経)であっても、原初的な背側迷走神経と、進化型の腹側迷走神経では、役割と機能が異なっていることを発見したのです。

ポージェス博士によると、人間は、系統発生的に進化のプロセスに従って、3階層(種類)の自律神経ネットワークを宿しています。

最も原初的なネットワークは、「背側迷走神経」であり、消化吸収、睡眠と回復、生殖を司ります。原始的な生命から魚類に至るまでに進化した神経ネットワークです。

爬虫類以降の進化に伴って作り上げられた神経ネットワークが「交感神経」であり、行動、攻撃、防衛、などのアクティブな活動を司ります。

哺乳類以降になって、社会性が発達することに伴って進化した神経ネットワークが「腹側迷走神経」であり、心臓や肺に影響を与えるとともに、表情やアイコンタクト、言語や声色などを表現したり読み取る社会交流システムとして複雑な社会的、絆行動を司ります。

この3種類の自律神経は、時と場合に応じて活性化し、人の反応を司っていきます。

人が危機的な出来事に遭遇した時に、まず働くネットワークは、腹側迷走神経です。社会交流システムが活性化し、人間関係を通して危機を乗り越えようとします。すなわち「助けてください」と言うのです。

そのような社会性の対応で問題が解決できない時、次に目覚める自律神経が、「交感神経」です。交感神経が活性化すると、大脳辺縁系の感情中枢が興奮し、怒りや恐怖などの強烈な感情が起こり、闘争、又は逃走のサバイバルモードの具体的な行動を促します。

さて、そうしたサバイバルモードで対処しても事態が解決できない時には、最後の砦となる最も原初的なネットワークが発動します。すなわち背側迷走神経です。

背側迷走神経が危機対応で働くとき、「不動」「シャットダウン」という状況が起こります。動かなくなる不動状態となると同時に、心拍数が低下し、呼吸が浅く最低限となり擬死状態(死んだふり状態)となります。

ポージェス博士によると、この「不動」「徐脈」「無呼吸」による擬死(死んだふり)は、太古の脊椎動物の防衛機構だと考えられます。

爬虫類を観察するとこのことは良くわかると思います。じっとしてあまり動きません。爬虫類にとっては、この不動状態が基本的な防衛体制なのです。

このことは哺乳類においても良くあることです、草食動物などが捕食者に襲われて倒れると、動かなくなります。運よく難を逃れた後も、しばらくはそのまま不動の状態にありますが、間もなく呪縛が解けたようにブルブルっと身震いし、後交感神経系の逃走モードとなり走って逃げていくのです。

こうした擬死状態になるのには2つのメリットがあります。一つは捕食される可能性が低下するということ。死んで腐敗した食べ物を捕食者が嫌い、よりも活きのいいもの選ぶ可能性があるので、消極的ではあるものの生き残る可能性が高まるのです。

2つ目は、たとえ捕食されたとしても、擬死による“無感覚”という編成意識状態(又は、解離状態)にあり苦痛を感じなくて済むというメリットです。切ないメリットではありますが、最悪の状態における慈悲の状態ともいえるでしょう。

新生児の生命を危険にさらす可能性のある徐脈(脈が遅くなる)や無呼吸は、この背側迷走神経の危機対応反応が原因となっているとポージェス博士は考えたのです。

「不動」「徐脈」「無呼吸」は、魚類や爬虫類にとっては有効です。前述の危機対応となると同時に、数分呼吸が停止しても十分に回復することが出来るからです。しかし、哺乳類は酸素を大量に必要としており、この状態が長く続くことは危険です。ですから、太古の防衛機構は、必ずしも哺乳類にとって適応しているとは言えないのですが、生命を脅かすような危険にさらされたときには、そうした反応が起こるのです。

もちろん人も、同様に危機的状況にさらされたときには不動化の反応が起こります。人は、最新の社会交流システムと言う進化した神経ネットワークと同時に、闘争逃走を司る動物的なシステム、更には太古の脊椎動物の防衛機構も同時に宿しているのです。

 

※参考文献「ポリヴェーガル理論入門」ステファン・W・ポージェス著 春秋社

ポリヴェーガル理論①「ポリヴェーガル理論とは」

近年、大脳生理学、心理学、神経生理学などの進化が目覚ましく、今までにはなかったような新しい人間観、真実、深い人間理解を助ける本質的な真相が明らかになってきました。

その中でも、ポリヴェーガル理論は、現代の精神医学やセラピー、教育の分野で、まさにコペルニクス的なイノベーションをもたらしています。私自身も最近詳しく学ばせていただき、その深さと真実味にとても驚き、感動し、現在探求を深めております。さらに、また自分自身の研修や教育のあり方にも大変参考になっており、今後もますますプログラムに生かしていきたいと思っております。

このブログでも、数回に分けて考え方、ポリヴェーガル理論の理論と考え方、人間観をご紹介していきたいと思います。

ポリヴェーガル理論とは、米イリノイ大学教授、ステファン・ポージェス博士が1994年に発表した理論であり、従来の脳神経に関する常識を覆すような精神医学上、大きな革命を起こすきっかけとなりました。

ポリヴェーガルのポリとは、複数と言う意味であり、ヴェーガルは、迷走神経と言う意味です。

いわゆるポリヴェーガルとは複数の迷走神経と言う意味です。

迷走神経とは、その大部分が副交感神経であり、肺、心臓をはじめとして多くの臓器に広く影響をあたえている神経ネットワークです。

従来、自律神経は、交感神経と副交感神経の2種類であり、相互に補完しあいながら生体のバランス(ホメオスタシス)を整えていると考えられてきました。

しかし、ポージェス博士は、副交感神経が大半を占めている迷走神経は1種類ではなく、2種類(複数)あることを発見し、人は、この2種類の副交感神経と交感神経の合計3種類によって、生命活動が営まれているということを提唱したのです。

次回以降、この発見の重要性と意味、もたらす変革についてご紹介していきましょう。

システム思考の特徴

<システム思考の特徴>

・悪者を決め付けない

システム思考の特徴は、問題の原因を安直に特定しないことと言えます。

システム思考では、問題は、その原因として一直線に特定することはできずに、複雑なシステム行動の結果としてあらわれていると考えており、その複雑なシステムを丁寧に紐解き、ありのままを理解することが最も大切なことと考えているのです。ですから、全員参加で、現状のシステムの仕組みを分析することを徹底的に行っていくのです。

 

・すべてを明らかにする

複雑なシステムを構築する要素は、その構成員の心理状態をも含まれています。ですから、普段は潜在化して表には出ていない様々な感情や思い(込み)、考え方などが明らかにされていくことになります。もちろん内面をオープンにしていくためには、信頼関係の構築が必要となりますが、そのような関係性のない状況で強引に開示されていくわけではなく、コミュニケーションを通して、お互いに内面をオープンにすることを許すことができる風土の元で、顕在化のプロセスはゆっくりと進んでいくことになります。

また、システム思考においては、不可侵の領域や治外法権領域を作ることはできません。ですから、問題解決に当たって、ありのままを明らかにしていくこと、部門や階層を越えた全社的な問題解決を図ろうとする試みであることを、事前に経営トップと合意し、許可や協力を取り付けておく必要があります。

 

  • 全員参加型

一部の特定のエリートによる問題解決ではなく、関わるすべての人が参加することが望まれる問題解決法です。組織内のシステムの現状やダイナミックスを明確にしていくためには、システム思考による問題解決を図る場合には、あらゆる階層から、あらゆる機能から、できれば全員が、少なくとも立場や機能を代表する人が参加する必要があります。

 

  • メンタルモデルの解除

表面化している問題は、たいていの場合、システム全体の問題(限界)によるものと言えますが、システムの問題は、たいていの場合、それが構築されたときのメンバーのメタルモデルと呼ばれる思い込みや勘違い、狭い意味での信念、世界観が元になっていることが多いといえます。その意味では、問題解決の本質は、その古くて機能しづらくなっている過去の世界観や信念体系、メンタルモデルを解除して、より現状に即したより持続的成長が可能となる自然で健康的なシステムに移行することといえましょう。

システム思考

システム思考とは、マサチューセッツ工科大学のピーターセンゲ教授が中心となって提唱されている“Learning Organization(学習する組織)”へと導くためのひとつの原則です。

従来の問題解決技法や考え方では、組織の問題を解決しようとした場合には、まずは、その問題の原因を明らかにし、その本質的な原因を排除するか変えることによって解決を図ろうとするものですが、センゲ教授によると、組織の中で起こっている問題というものは、原因→結果という直線的なかたちで整理して説明しつくせるものは少ないとされており、たいていの場合、複雑にかかわりあったさまざまな要素の相互関係の結果としてあらわれているものであり、その意味で、全体のシステムに焦点を当てて、現状のさまざまな要素の関係性としての現状のシステムを理解して、全体のシステムとしての改善を図っていく必要があるという考え方です。

従来の考え方では、問題を解決していこうと考えた場合には、その問題は、“私”とは異なるやっかいな“対象”として認識されているのですが、システム思考においては、“私”もシステムを構築する一員であるので、“私”も問題を生みだしている一因であり、その意味では、問題と私は分かつことはできないのです。ですから、私が変わることを通して、システムが変わり、全体が変わることを通して問題が解決されている方法と言えます。

従来の問題解決の思考法は、単純化、還元化に基づいており、物事をありのままに見るというよりは、観たいものだけを見る、必要(と思い込んだ)なものだけを観ることによって解決策を練るので、時には、部分的で本質的ではなく、短期的で長期的にはより多くの問題を発生させてしまう、不自然であり現場に即していない、無理があり問題解決行動に賛同を得づらい、などの問題が良く起こっていましたが、システム思考は、複雑で相互に入り組んでいる現実の姿をありのままに紐解き認識していこうとする方法であり、より現状に即した、よりリアリティのある、より自然で効果的な問題解決を促進することができることが多く、もちろん問題解決に参加しようとするメンバーの参加意欲も非常に高くなることが多いのです。

一部エリートによる変革計画に基づく問題解決策ではなく、多くの人に関わってもらい、全員の叡智を出し合って、本当のことを知り、本当に必要な対策を立てることができるシステム思考は、新しい時代、まさに21世紀型の思考法、問題解決方法といえましょう。

学習する組織

近年『学習する組織(Learning Organization)』と言う理論、考え方が、経営学において脚光をあびております。もともとは、1970年代にハーバード大学のクリス・アージリスと言う組織心理学者によって唱えられていた概念であり、現在では、マサチューセッツ工科大学のピーターセンゲ教授が中心となり、世界的に向けて広く知られるようになって来ました。

ちなみに、予断ですが、クリス・アージリスは、私の大学時代の卒論のテーマの一人でもありました。当時は、この概念は今ほどメジャーではなく、時代の変遷とともに、進化し、重要度が増してきたのだろうと思います。

今回は、『学習する組織 「5つの能力」』(ピーター・センゲ他著 日本経済新聞社出版)と言う名著から、学習する組織についてご紹介します。

学習する組織とは、『学習と成長意思をもった人間に、成長の機会を与えながら、自らも学習し、進化する組織』と言う意味であり、学習する組織の中では、『個人は、単なる労働力ではなく、主体性と成長への意思をもった自由な人間である。また、この個人は互いに信頼し合い、目標を共有し、協働する。その組織や決して孤立した一匹狼的な個人の集団ではなく、また、個人の主体性が未成熟な馴れ合い、もたれ合いの組織でもない。個人が学習の機会を与えられ、互いに学びあうことによって、組織も学習・成長していく。そうしたプロセスを通じてチーム力、組織力が高まり、新しい知や価値観が創造されていく』ことになります。

学習する組織を実現していくためには、具体的には、以下の5つの学習領域があり、それらの訓練を通して、学習する組織へと変容することが出来るとされています。

1.システム思考

さまざまな出来事は、単なる“原因→結果”と言う線的なつながりで理解できるものではなく、相互にかかわりあう複雑なシステムが背景にあり、そのシステムの構造と変化のパターンを捉え、理解していく必要がある。そのシステムには、それを観察する自分自身も構成要素のひとつとして含まれており、問題解決に当たっては、自らも問題にかかわりあう一員として主体的に働きかけていくことになる。

2.自己実現

一人ひとりが主体的に成長を遂げていくことを支援することであり、構成員一人ひとりの継続的な学習によって、学習する組織は成り立つという考え方。

3.メンタルモデル

メンタルモデルとは、思い込みや偏見と言った、心の中に固定化されたイメージや仮説を言います。メンタルモデルは、認知や反応パターンに大きく影響を与えるので、個々人の中に閉ざされているメンタルモデルに光を当てて、検証し、必要に応じて改善していくことが、本質的な変化とまったく新しい行動を生み出す基本となる。

4.共有ヴィジョン

組織のメンバー全員が持つ、共通の方向性、目標、理想、ヴィジョンである。このヴィジョンを創造し定着するためには、個々人が自由にヴィジョンについて話し合えるオープンな環境やネットワークが必要となる。

5.チーム学習

チームであることは、個人の能力を凌駕すると言う考え方に基づいて、チームであるために必要な要素を学んでいく必要性を訴えている。チーム力を高めるために、具体的には、ダイアローグやスキルフル・ディスカッションと呼ばれる質の高いコミュニケーションのあり方が提示されている。

 

私どもは、以上のいずれも、新しい時代の組織を考えるにあたって、非常に参考になる指針だと思っております。

弊社にとってもこの考え方は、基軸となっているもののひとつであり、大切にしていきたいし、さらに探求していきたいと考えております。

自尊心にまつわる名言

人間が困難に立ち向かう時、恐怖を抱くのは信頼が欠如しているからだ。
私は私を信じる。  モハメド・アリ

人が失敗する原因はひとつしかない。
それは本当の自分に対する信頼の欠如である。 ウィリアム・ジェームズ

最も危険なのは、質より量へ逃避すること。 シモーヌ・ヴェイユ

自分のためにやるからこそ、それがチームのためになるんであって、
「チームのために」なんて言うやつは言い訳するからね。
オレは監督としても、自分のためにやってる人が
結果的にチームのためになると思う。
自分のためにやる人がね、一番、自分に厳しいですよ。 王貞治

自信は成事の秘訣である 岩崎弥太郎

今を戦えない者に、次とか来年とかを言う資格はない。 ロベルト・バッジョ

決然たる意志の持ち主は、世界を自分に合わせて形作る。 ゲーテ

対話の5つのレベル

対話の5つのレベル

~創造性とイノベーションにつながる関係性とは~

レベル1「対立関係」
お互いにお互いを受け入れておらず、お互いの分離感が強く、結果的に意思疎通が難しい対立的な関係性となる。
話し手は、本音を語らず、言葉少なく、分かりづらく、時に嘘がある。聞き手は、相手の話を聞く意欲や意思を持っていない。相手の話を聞こうとはせずに自分の主張を押し通そうとする。

レベル2「演技の関係」
お互いに近づこうとするものの、相手に対する懸念が強く、警戒しており、相手と関わることについての不安が強い。ただ、関係性を壊したくない意向もあり、自分の本音や不安を知られたくないと同時に相手に与える自分の印象を良くしたいと言う意図のもと、操作的に相手と関わる演技的な関係性となる。
話し手は、慎重に礼儀正しく(時に慇懃に)当たり障りのない表面的な事を話す。聞き手は、相槌を打つなど、聞く意欲見せるが、それは聞くふりであって、実際は相手の話に関心がない、または受け入れてない、または考え事をしている、または反論を練っている、などの理由で聞けていない。

レベル3「取引の関係」
相手を利用しようとする意志をもって(秘めて)関わる。お互いに日常的な関係性を育めるけれども、それは相手を道具として利用できる範囲内に限られる。
話し手は、ある程度の本音を開示するものの、自分の不利益にならない程度のものに限られる。聞き手は、聞く姿勢は見られるものの、聞きたいところだけ集中して聞く、返答を考えながら聞く、話を途中でさえぎって自分のことを話す、などの限界がある。

レベル4「相互理解の関係」
お互いに信頼関係を育もうとする意志をもって関わる。相互理解が深まり、信頼関係が育まれる。協力関係ができることによって生産性、効率が高まる。
話し手は、相手に分かりやすく伝わるように思いやりをもって話そうと努力する。聞き手は、聞く意思をもって聞く。相手が何を言いたいのかを注意深く聞く。ただ、自分の欠点や弱み、本音の部分などの自己開示が難しく、対話は論理性が重んじられる。

レベル5「共感の関係」
信頼関係をベースに、リラックスと集中を元にしたエネルギーの高い場ができており、相手の話の内容のみならず、相手の感情に対する気づき、共感的理解が起こっている。
話し手は、本音や真実のみが語られ信頼に値する。聞き手は相手を尊重し、相手の立場になって聴く。相手を他人とは思わずに親しい家族と思って聴く。
自分の弱み、不都合、時に不利益となる自己開示も含めて、開示される情報は正確で正直であり、誤解のない真実の関係性が構築されており、高度な問題解決や創造性の源泉となる。

猫の妙術(意訳)

猫の妙術(意訳)

原典 佚斎 樗山

剣術家の勝軒の家に大きなねずみが住み着いた。それを退治しようとしたが歯が立たず次第に我が物顔で悪さをするようになった。勝軒は近所から腕利きの猫を集めてネズミ退治をお願いしたが次々と返り討ちにあってしまった。困ってしまった勝軒は、ネズミ捕りの達人の誉れ高い猫を招くことにした。しかし、達人の猫は年老いてヨボヨボ、とても強そうには思えなかった。期待はずれでがっかりしたものの達人猫を大ネズミのいる部屋に案内したところ、老いた猫はゆっくりと自然にネズミに近づき、あっけなく大ネズミを捕まえてしまった。
様子を見ていた勝軒や腕利きの猫たちは、達人に教えを乞うために反省会を開くことにした。

1.技術の段階
若い黒猫が言った。「幼少の頃より技の鍛錬を続け、早業軽業でできぬものがないまでに至ったが、今回は不覚をとってしまった。」
⇒単なる技術は、表面的で弱く、意味がない。技術の背景には真理や道理がある。真理をしっかりと学び会得することが大切。未熟者は道理を無視して小手先の真似事を学びたがるが、生兵法は大怪我の基、真理に基づかない技術は弊害が多く偽りでしかない。

2.気力の段階
壮年の虎猫が言った。「武術で重要なのは気であり、長い間、鍛錬を続けてきた。今では気は天地に満ちるようになり、にらむだけでネズミを退治できるようになった。しかし、今回のネズミには歯が立たなかった。」
⇒力に頼れば、より大きな力にはかなわない。気が天地に満ちると感じるのは自分の勘違いであり本物ではない。命がけの捨て身になったネズミの気力は強く本物であり、歯が立たないのは当然だ。

3.心の段階
年配の灰猫が言った。「長い間、心を鍛えてきた。いたずらに気色ばらず、物と争わず、常に心の和を保って、いわば幕で石つぶてを受ける戦法で勝利を得てきた。しかし、今回のネズミはこちらの和に応じなかった。」
⇒和をもって勝利する奥義を学んでいることは間違いがないが、そこには未だ作為がある。ねらいと意図があれば、相手に伝わってしまい上手を取られてしまう。わずかにでも作為があれば自然ではなくなるので、無心の妙用を発揮できなくなる。

4.達人の段階
⇒「私が大ネズミを捉えることができたのは、私が猫だからだ。猫がネズミを捉えるのは天地自然の真理である。私は天地自然の真理に従っただけだ。君たちが修行したことは無駄ではない。どのような技術にも背景には真理がある。気力も心の基となる。要はそれらが作為から出るか、それとも無心から自然に表現できるかで天地の距たりができるのだ。」

5.無敵の段階
⇒「私の言うことが頂点と早合点してはいけない。私は、はるかに高い境地を生きる猫を知っている。彼には敵が現れない。「我-それ」の分離があるから敵が現れる。分離がないところには敵が現れないのは道理。彼はすべてと一体で、そこから分離した形象がない。彼の周辺はすべては穏やかで平和で争いは起こらない。彼こそ不殺の勝利、英雄聖人の境地である。私には及びもつかない境地だ。上には上があるのだ。」

ビジネススキル研修③ ロジカルシンキングーその2
実習「正直村人は誰?」(正解)

実習「正直村人は誰?」の正解は、以下の通りです。

【実習「正直村人は誰?」正解】

第1番目の男と第2番目の男が正直村人

 

【理由】

第1番目の男が発した答えについて、

荒波で聞こえなかったとのことだが、論理的に推定できる。

もし正直村人ならば「正直村人です」となり、

もし嘘つき村人ならば、必ずうそをつくので「うそつき村人です」とは言えずに「正直村人です」と答えることになる。

よって、第1番目の男の発した答えは、どちらの村人であれ「私は正直村人です」となる。

第2番目の男について、

第1番目の男が「正直村人だと言ってる」と言えるのは、正直村人だけなので、第2番目の男は正直村人である。

従って、第2番目の男の言うことはすべて正しいことになるので、第1番目と第2番目の男は正直村人となる。

第3番目の男について、

第1番目の男の言ってることが嘘だと言えるのは嘘つき村人だけなので、第3番目の男は嘘つき村人となる。

©2017 Venus Association

※実習「正直村人は誰?」の著作権は有限会社ヴィーナスアソシエイションに帰属しています。ご利用の際は、かならず引用元の明記をお願いいたします。