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人間尊重のリーダーシップ ~同志へのメッセージ~

人には、全く性質の異なる2つの動機がある。

一つは、『自分には、何かが欠けている。欠けているものを手に入れなければ苦痛であり、恐怖であり危機である。 だから何としてでも獲得しなければならない。』と言う信念に基づく欲求だ。
それは、不安と恐怖にたきつけられる渇望であり、欠乏動機と呼ばれる。

もう一つは、『自分には充分な力と価値がある。自分の素晴らしさを表現したい。未知なることに挑戦したい。』 と言う信念に基づく欲求だ。
恐怖の束縛から自由となった人に訪れる情熱であり、人本来のまさに魂の欲求、実存動機と呼ばれる。

多くのマネジメントは欠乏動機を利用してきた。
欠乏動機による管理とは、あめとムチによる管理とも言える。
恐怖心に働きかけるリーダーシップは、やろうと思えばだれにでもできる簡単な方法であり、
一旦行い始めると確実に効くこと、安定的であり将来の予測を立てやすいと言う強みがある。
しかし、反面、メンバーのモチベーションは低下し、
防衛的かつ攻撃的風土を助長するので、官僚主義が跋扈し、生産性や成長性は、必ず頭打ちとなる。

多くのリーダーは、厳しい競争にさらされており、不安と恐怖の中にいる。
強力な圧力が常にかけられており、心無い攻撃により、心身ともに満身創痍だ。
だから、その多くが、自尊心の糸が切れると、いとも簡単に恐怖心に首を垂れることになる。
『自分は、みじめで孤独な力ないダメ人間だ。自分もそうであるように、他人もそうだ。 自分は被害者であり、こんなに苦しんでいるのだから自分を守るためなら、人を傷つけても許される』 と信じ込み、恫喝を使うことに躊躇がなくなる。
自らが恐怖の代理人となるのだ。
あめとムチを使い始めた当初は、目覚ましい効果が出るので、どんどんその傾向を強めるが、 遅かれ早かれ、必ず頭打ちとなり、結果的には、自ら奮った力によって滅ぼされることになる。

しかし、その困難を乗り越えた実存動機を哲学とするリーダーも存在する。
実存動機によるリーダーシップとは、人を大切にして、人の持っている素晴らしい潜在性と可能性を信じ、 引き出そうとするリーダーシップだ。

実存動機を哲学とするリーダーの歩む道は平坦ではない。

人を大切にしたからと言って、相手がそれに応えてくれる保証はない。
そうしたからと言って、誰にも褒められるわけでも応援されるわけでもない。
むしろ、皮肉屋から「お人よしの間抜けな奴」冷笑されることもあるだろう。
実存のリーダーには、そんな痛み、不信感を乗り越える勇気が必要だ。

また、人の心からのやる気と能力は、本質的に不安定だ。
良い時は奇跡的な成果を出すが、悪い時は、永く無力だ。
実存のリーダーには、そんな浮き沈みをものともしない強い忍耐力と信念が必要だ。

さらに、人の可能性にかけるということは、将来の見通しも立ちづらいと言うことだ。
実存動機による成長は、まさにイノベーションによる成長だ。
まったく新しい商品の開発、新しい顧客との出会いによる、ある意味で奇跡による成長だ。
しかし、奇跡は、コントロールはできない。
奇跡を、事前に予測することはできない。
だから、未来の計画を立てることができない。
本質的に、実存動機は、管理とは相性が合わないのだ。

しかし、ひとたび実存動機が機能し始めた組織には、奇跡が起こる。
メンバーのハートは鼓動し始め、目の輝きが明らかに変わる。
分離感が癒され、心が開かれ、情熱と叡智が交流を始める。
現状の課題と問題点が、偏見によるゆがみを経ることなく、その真実が分かり、対処される。
今までは想像もしなかったような全く新しいアイデアや工夫が、 日常のあらゆる仕事の場面で創造され、実践されて、あっという間に現実が変わっていく。
結果的に、生産性と創造性は、想像を超えて高まり、奇跡的な成長を遂げていくことになる。

今、時代は大きく変わろうとしている。
むき出しのエゴイズムは、消費者から嫌われ、高い意識の経営が評価され、株価を上げる時代となっている。
原始的な資本主義から、高い意識の資本主義へと、静かに、ゆっくりと変わろうとしている。
そのような中で、求められるリーダーシップは、まさに、実存動機を哲学とするリーダーシップだ。

しかし、あめとムチによる欠乏動機のリーダーシップではなく、人間本来の可能性を引き出す人間尊重のリーダーシップ という理想を担える存在は、そう多くはない。
その数少ない存在の中の一人は、あなただ。

被害者意識に甘えて、強い分離感に身を任せてはいけない。
勝つべきものは、相手ではなく、自分自身なのだ。
皆がそうだからと言って、絶望に身を染めてはいけない。
一隅を照らす光となるのだ。

あなたには、泥沼に落ちようとしている仲間を救い出す責任がある。
知っているなら、あきらめても手を緩めてもいけない。
真に仲間を守る戦士になるのだ。

あなたは、断じて欠点だらけの無力な存在ではない。
あなたの潜在性と可能性は、今の想像をはるかに超えて大きい。
その可能性を信じてみよう。
自分にするように、仲間の可能性も信じてみよう。
奇跡への一歩はそこから始まるのだから。

夢を語る力③ 「マイルストーンとしての目標」

③マイルストーンとしての目標

 目標とは、ヴィジョンに向けてのマイルストーンであり、中間地点におけるありたい目安です。

 前述のとおり、ヴィジョンが、本当にそうしたい喜びを伴うリアルゴールだとしたら、目標は、たいていの場合は、ヴィジョン実現のための苦労や努力や犠牲という位置づけになることが多いのではないでしょうか。

 しかし、職場の中で、多く見かけるのが、まさにこの目標であり、この目標の向こう側にあるヴィジョンは、背景画として注目されていないのです。

 確かに目標は大切であり、無視することはできませんが、それだけでは、機械的な生命力のない職場ともなりかねません。やはり、リーダーとしては、仕事の意義、大胆な夢、希望と喜びを語る必要もあるのではないでしょうか。

 夢を語るためには、勇気が必要です。実現の確信がなければそうそう語れるものではありません。しかし、勇気こそがリーダーに期待される特性であります。勇気と情熱をもって夢を語っていこうではありませんか。

夢を語る力② 「ヴィジョン」

②リアルゴールとしてのヴィジョン(夢)

 ヴィジョンとは、長期的な目標であり、夢と言い換えることができるかもしれません。古来から、ヴィジョンには不思議な力があると言われており、活きた夢を内面に育み、人に語り、努力を続けた人たちが、魅力的なリーダーとなり、夢を実現してきたのです。

 しかし、このヴィジョンは、それを思い浮かべた時に本当の心からの喜びを感じられるものでなければ機能しません。通常私たちが目標や方針を考えるときには、リアルゴールではなく、途中の手段としての目標に注目しがちです。

 たとえばダイエット目標を設定するときには、「1週間で3キロ減量!」「毎日、ジョギング、腹筋、腕立て伏せ!」「1日2食は、野菜のみ!」「継続は力なり!」「断ビール!」など、思い浮かぶ目標は、苦難と努力と犠牲の連続であり、それを見て心から喜べるものではありません。しかし、こうした喜びを感じられない目標は、ヴィジョンとして機能しないのです。ヴィジョンとは、本音でそうしたい、そうなると心から嬉しいと感じる夢であり、この場合は、「南国で水着を着て泳ぐ楽しむ自分の姿」こそがヴィジョンと言えましょう。

 ヴィジョンは、自分の人生のみならず、職場においても必要です。職場としてどんな未来像を理想とするのか?どんな夢があるのか?何を実現できれば心から嬉しいと感じられるのか?こうした問いに、リーダーとして向き合い、項目をあげて、自分の言葉として語れる必要があります。あなたの職場のヴィジョンはどんな事ですか?

夢を語る力① 「哲学(志)」

<夢を語る力>

哲学(志)とヴィジョンと目標は、リーダーにとっての3種の神器です。リーダーは、この3つの視点から、活きた言葉で夢を語り、部下の力を結集しなければなりません。

 

①人生の基軸となる哲学(志)

 輝くリーダーの多くは、人生を貫くこころざしとなる哲学をハートに抱ています。

 言葉にすれば、「愛」「勝利」「正義」「力」「思いやり」など、青臭い陳腐な言い古された言葉であるけれども、そんな言葉を生きた言葉として胸に根付かせて、真剣にそう生きている人たちがいますが、そんな人たちこそが、年をとっても青春を生きており、筋が通っており、魅力的で、ぶれない逞しいリーダーとして活躍しているのです。

 逆に、ハートに志を持たない人は、主体的ではなく、反応的に従属的に生きており、たとえ若くとも心は年老いているのです。自分らしく輝く力強いリーダーとして、より大きな良い影響力を発揮していく上でも、自分の志と哲学をもう一度見直してみませんか。