カテゴリー別アーカイブ: 06.人材教育の理論・情報

ビジネススキル研修③ ロジカルシンキングーその2
実習「正直村人は誰?」(正解)

実習「正直村人は誰?」の正解は、以下の通りです。

【実習「正直村人は誰?」正解】

第1番目の男と第2番目の男が正直村人

 

【理由】

第1番目の男が発した答えについて、

荒波で聞こえなかったとのことだが、論理的に推定できる。

もし正直村人ならば「正直村人です」となり、

もし嘘つき村人ならば、必ずうそをつくので「うそつき村人です」とは言えずに「正直村人です」と答えることになる。

よって、第1番目の男の発した答えは、どちらの村人であれ「私は正直村人です」となる。

第2番目の男について、

第1番目の男が「正直村人だと言ってる」と言えるのは、正直村人だけなので、第2番目の男は正直村人である。

従って、第2番目の男の言うことはすべて正しいことになるので、第1番目と第2番目の男は正直村人となる。

第3番目の男について、

第1番目の男の言ってることが嘘だと言えるのは嘘つき村人だけなので、第3番目の男は嘘つき村人となる。

©2017 Venus Association

※実習「正直村人は誰?」の著作権は有限会社ヴィーナスアソシエイションに帰属しています。ご利用の際は、かならず引用元の明記をお願いいたします。

 

人と組織を進化させるチェインジエージェントとなる④(最終回)

産労総合研究所「企業と人材」誌に2007年12月号に執筆した記事「人と組織を進化させるチェインジエージェントになる」の原稿を数回にわたってご紹介します。今回は、4回目の最終回です。

<教育担当者として大切にしたい指針>
キャリア支援スタイルの教育を通して、「守り」から「攻め」へ、「保守管理者」から「パフォーマンスコンサルタント」へと自ら変容を遂げ、会社の真の持続的成長に貢献していくためには、数々の困難を乗り越えていく必要がある。
 最後に、私自身が大切にしている、変革を実践していくための指針、ポリシーをご紹介したい。参考にしていただければ幸いである。

1.力まない
人や組織を力づくで変えることはできない。価値ある変革は、常に、変化する主体、内面のコアから起こるのであって、外部からの圧力で起こるわけではない。教育担当者は、あせらず、急がず、可能性を信じて、自ら変わっていこうとする支援をすることが大切である。

2.怯まない
新しい考え方、哲学を提案していくことは、勇気がいる。なぜなら、そのような提案は、いつも快く受け入れてもらえるとは限らないからだ。しかし、だからと言って、言うべきことを言わないでいることは本意ではない。怯まずに、肩の力を抜いて、真に貢献できる提案を提示していくことが大切である。

3.あきらめない
変容を促すことは、容易ではない。成長への道のりは、苦難の道でもある。その過程では、数々の失敗や痛みはつきものと言えよう。しかし、本当に大切なことは、そう簡単にはあきらめるべきではない。勝利の女神は、数多くの敗北の後にやってくる。粘り強く取り組んでいくことが大切である。

人と組織を進化させるチェインジエージェントとなる③

 産労総合研究所「企業と人材」誌に2007年12月号に執筆した記事「人と組織を進化させるチェインジエージェントになる」の原稿を数回にわたってご紹介します。今回は、3回目です。

3・教育担当者の留意点-学習性無力感の教え
 新しい時代の教育を考える上で参考になる理論として「学習性無力感」の理論があるので紹介しよう。
学習性無力感とは、米国心理学者であるM.セリグマン(1943~)によって発表された心理理論であり、教育に携わる者にとっては、多くの教訓を示してくれている。

1.心理学を志す
セリグマンは、13歳の時に、父が病気により体が麻痺すると同時に、うつ状態となり、不幸な晩年を送ったことを契機に、父親のような人たちの助けとなりたいと思い、心理学を志すようになり、1964年、ペンシルバニア大学の大学院に進学した。
その頃の、心理学は、”行動主義”と呼ばれる考え方が主流となっていた。
行動主義とは、「おおよそ、生物は、”刺激→反応”のパターンを観察、計測し分析することで、その行動を説明し、コントロールすることが出来る。」と言う考え方に基づいた心理学である。
現代では、生命は、そのような単純なものではなく、”刺激→有機的存在→反応”と言う複雑なプロセスを経て主体的かつ個性的な行動をする存在であると言う考え方が主流であり、行動主義心理学は、心や意識を無視し、主体性をないがしろにしているとの理由で批判されることが多いのだが、当時は、一種の暗黙の規範のように、「”行動主義的”な考え方でなければ心理学ではない。」と言えるほどの強い権威を持った考え方だったのである。

2.きっかけとなった心理実験
セリグマンが、進学時に大学院で行われていた実験も、まさにこのような”行動主義心理学”に基づいた実験だった。
実験は、「パブロフの犬」に代表される条件付けの実験であり、犬に”刺激→反応”のパターンを学習させることを目的とした実験だったのである。
実験は、3段階で構成されており、まず、第一段階として、”高い音”をならした直後に電気ショックを与えることを繰り返し、犬が、高い音と不快なショックを結びつけるようにして、後で、犬が音を聞いただけでショックを受けたときと同じように恐れて反応することを学習させると言った条件付けを行なう。
第二段階として、犬は、シャトルボックスに入れられる。シャトルボックスは、2区画に仕切られ、間に低い仕切り板があり、犬が望めば、飛び越えることが出来る高さとなっている。
実験は、シャトルボックスの片側にいる犬に、電気ショックを与えるが、仕切り板を飛び越えて、隣室に入るとショックが止まることを繰り返し、「電気ショックが起これば、仕切り板を飛び越え、隣室に入ると、ショックを止めることが出来る」ことを学ばせることだ。
そして第三段階は、電気ショックを与えずに、高い音がなれば、音だけで仕切りを飛び越えることができるかどうかを試みることが実験企画の全体の内容だった。
セリグマンが、大学院に進学したそのときに、ちょうどこの実験が行われていたのだが、実は、実験はもくろみの通りに進んでおらず、諸先輩が、困惑しているところだった。
第二段階において、犬は、電気ショックを与えても、ただ鼻を鳴らしているだけで、ショックから逃げるために、シャトルを仕切る板を飛び越えようとせずに、ただ座り込んでいたのだった。
その時、セリグマンは、犬の様子を見て、「父のうつ状態」と似ていると直観した。
セリグマンは、この実験の犬は、どんなに逃げても、この電気ショックからは逃れられないことを理解し、無力感にさいなまれ、うつ状態になったのではないかと考えたのだ。

3.学習性無力感
セリグマンのこの直観は、行動主義心理学に教化されていた諸先輩からは、「勘違いだ」「動物が、そんなに高度な精神活動はしていない」と否定されたが、セリグマンは、めげずに、実験を繰り返し、ついに「動物であっても、自分でコントロールできない避けがたい出来事を多く体験すると、無力感を学習し、無抵抗なうつ状態になる」ことを論文で発表することになった。
この論文は、支配的だった行動主義の考え方に強烈な一撃を加えることになり、当時の心理学会に大反響を与えることになったのである。
犬が体験したうつ状態は、後に「学習性無力感」と呼ばれ、このセリグマンの考えは、広く一般に認知される心理学の理論となった。

4.学習性無力感の教え
学習性無力感は、ある意味、「”あめとムチ”で他者をコントロールしようとする試みは、決して教育にはつながらず、結局他者をうつ状態にしてしまうことにつながってしまう」ことを証明する理論でもあると言えよう。
学習によってうつ状態になるとは、なんと皮肉なことだろう。
人は、自分らしく輝いているときには、想像もつかないような大きな仕事をやり遂げる力があるけれども、うつ状態に陥れば、考えられないような失敗や問題行動を起こしてしまう可能性があるのだ。
厳罰によって従業員の行動を教育しようとしたJR西日本の尼崎における大事故は、そのことを象徴しているようにも思える。
我々も、そのつもりはなくとも、生産性やパフォーマンスの向上の名のもとに、知らず知らずのうちに、学習性無力感を引き起こしてはいないだろうか。教育の仕事に携わる我々は、この実験結果と理論を厳粛に受け止めなければならない。真剣に自分自身のあり方、教育スタイルを見直す必要があると私は考えている。

本当のところ、人は、パンのみにて生きているわけではない。人は、やはり、やりがい、愛、情熱、喜び、価値ある人間性や美徳のためにこそ本気になれるのである。そして、人は本気になったら、どんな人でも、想像をはるかに超えたすばらしい仕事をやり遂げることができる。人は、すばらしい力と可能性をその内面にまどろませており、開花できるチャンスを今か今かと待ち構えているのである。

厳罰や脅しによって管理しようとする時代はもはや終わった。ディスクローズの時代、大容量の情報がやり取りされる高度情報化社会においては、操作や隠し事、鞭は通用しない。むしろ、そのような試みは、自らの首を絞めると同時に、すばらしい未来への可能性の芽をつんでしまうのだ。
我々は、なんとしても人や組織の無限の可能性や潜在性に光を当てていく必要がある。そのためにも、本当に人を大切にする教育、人を思いやる教育、人が自分らしく輝いて活躍し、力強いキャリアをはぐくんでいく後押し、支援ができる教育を実現する必要があるのだ。

人と組織を進化させるチェインジエージェントとなる②

産労総合研究所「企業と人材」誌に2007年12月号に執筆した記事「人と組織を進化させるチェインジエージェントになる」の原稿を数回にわたってご紹介します。今回は、2回目です。

2.変容する人事部門と教育担当の役割
 リストラの一巡、行き過ぎた成果主義の悪影響の反省、前述のメンタルヘルスの悪化やモチベーションの低下を踏まえて、人事の役割は、変化を迫られている。
 従来の人事の役割は、「管理」という言葉に象徴されるように、要因の適正化、人事コストの低減、自社のコア能力の設定と指導、従業員管理、風紀・規律・勤怠管理、昇進昇格管理等どちらかといえば組織を”守る”役割が期待されていたが、近年では、「能力とパフォーマンスの最大化」といった”攻め”の視点への変化、単なる「保守管理者」から組織活性化に向けての「リーダー」、個人の能力の最大発揮を促すキャリア形成支援の「プロフェッショナル」、21世紀の最重要企業戦略の一つであるコミュニケーションの活性化を通して組織の潜在能力を開発する「コンサルタント」としての役割を発揮する必要性が叫ばれるようになってきた。

 それに伴って、教育担当者の期待される役割も大きく変わっていくと考えられる。筆者は、時代の大きな傾向として、「モデル学習スタイルの教育」から、「キャリア育成支援スタイルの教育」へと重要性や注力する比重が変わっていくだろうと考えている。
 「モデル学習スタイルの教育」とは、すでにモデル化されている正解や見本を反復練習を通して記憶体得していこうとする教育スタイルである。もっともシンプルなモデル学習は、技能教育や資格取得のための教育であり、高度になると、コンピテンシー教育などが上げられよう。
一方「キャリア育成支援スタイルの教育」とは、個人の能力が最大限発揮できるようになるための支援を目的とする教育であり、個々人の個性に対応する必要があったり能力開発に長期の時間を要することからキャリアサポート型の教育スタイルとなる。
 具体的には、メンタルヘルス教育、キャリアカウンセリング、ヒューマンスキルトレーニング、根本的なモチベーションを高めるための教育(自己信頼の回復、キャリアヴィジョン、自己理解、など)、創造性開発訓練、個人の能力を発揮しやすくするためのチームビルディング、メンター制度、組織開発、などが挙げられよう。

 従来の教育は、モデル学習スタイルに偏りがちになっていたが、今まで見本としていた過去のモデルを忠実に実行していた結果として、現状(の悲劇)があることを忘れてはならない。また、今までの権威、見本、モデルは、現状を維持する力にはなっても、必ずしも新しい未来を開く鍵となるわけではない。「能力とパフォーマンスの最大化」を志す”攻め”の風土を作ることを期待されている教育スタッフにとっては、モデル学習スタイルだけでは、十分とは言えないのだ。

 キャリア育成支援スタイルの教育を実践するためには、発想の転換を必要とする。従来の「わが社の従業員は、仕事を効果的に遂行する上でどこかしら能力に欠けており、自ら学ぶ力も足りない。こちらから危機感をあおって行動を促し、正解を示して、教え込まなければならない。仕事上のパフォーマンスを高めるためには、こちらから間違いを指摘し、正し、管理する必要がある」といった発想ではなく、「わが社の従業員には、よい仕事をやり遂げる十分な能力と可能性がある。現状では完璧とはいえないが、自ら学び成長する力がある。仕事上のパフォーマンスをより高めるためには、本人の主体性を尊重し、本来のすばらしい能力を引き出す支援をすることがもっとも効果的である。」といった考え方に転換する必要がある。なぜならば、人間の本来のすばらしい力や可能性を信じることができなければ、それを引き出そうとする試みを真剣に誠実に貫くことができないからだ。

 さらに、「人は断じて無力ではない、その力と可能性は想像を超えて大きい」と言った信念を強く持つ必要がある。なぜならば、キャリア支援スタイルの教育は、えてして従来の発想の立場から、「必要性はわかっているが、現実離れしている」「うちの社員には無理」「経営陣がそんな教育を受け入れるはずがない」などといった反撃を受けることが多いからである。そのような反論、抵抗に怯まずに、人の可能性を引き出す教育を展開することは、並大抵ではない。揺るがない信念が必要なのだ。

 しかし、時代の流れは、確実に、キャリア支援スタイルの教育を必要としている。またそのような教育を実践している企業こそが、現実に飛ぶ鳥を落とす勢いで成長を遂げているのである。新しい時代の教育担当者は、このような時代背景の中、怯むことなく信念を持って、粘り強く新しい時代の教育に挑戦していく必要があるといえよう。

人と組織を進化させるチェインジエージェントとなる①

産労総合研究所「企業と人材」誌に2007年12月号に執筆した記事「人と組織を進化させるチェインジエージェントになる」の原稿を数回にわたってご紹介します。文字数を削除する前のオリジナル文章です。

<人と組織を進化させるチェインジエージェントになる①>
筆者は、ヒューマンスキルトレーニングに特化した教育コンサルタント会社を経営している。筆者の展開するプログラムのテーマは、「元気と勇気と信頼の回復」である。人や組織を活性化し、パフォーマンスを高めるための方法は、技能トレーニング、工夫された問題解決の方法、人事考課等の制度的アプローチなど、さまざまな方法やツールがあるけれども、根底にある”自己信頼”や”メンバーとの信頼関係”が欠如した状態では、どんなにすばらしいテクノロジーも本来の機能を発揮しないだろうし、逆に、信頼関係は、確かに難しいが、もし本当に育成することができるのであれば、すべてが変わっていく可能性があると考えている。
 筆者は、「人は確かに完璧ではないかもしれないが、決して無力ではない。その可能性と潜在性は、想像をはるかに超えて大きい」という哲学を持っており、その可能性を開く鍵となるものが教育であるという信念の元で、研修を展開している。
 筆者が置いているそのような基盤、考え方に基づいて、同士である教育スタッフにメッセージを送りたい。

1.メンタルヘルスの立場が必要不可欠な職場の現状
 リストラ、成果主義、など、近年の社会情勢や労働環境の急激な変化を受けて、働く人たちのストレスと心の問題が深刻化している。
 厚生労働省の労働者健康状況調査によると、「仕事や職業生活に関する強い不安、悩み、ストレスがある」労働者の割合は、近年徐々に増加し、2002年では61.5%に達した。
 社会経済生産性本部が2006年に実施した「メンタルヘルスの取り組み」に関するアンケート調査によると、6割以上の企業でこの3年間に「心の病」が増加傾向にあると回答しており、心の病のため1ヶ月以上休業している従業員のいる企業の割合は、74.8%と、過去2回の調査結果である2002年の58.5%、2004年の66.8%を超えて大幅に増加し、とうとう7割台に突入している。
 自殺者数も9年連続で3万人を超えるという異常事態となっており、日本は、いまやメンタル不全社会へと突入しているといえよう。

 こうした心の健康問題の多発を背景に、日本の勤労者のモチベーションも極度に低下している。米国調査会社ギャラップによる「職場への帰属意識や仕事への熱意」に関する意識調査(2005年3月)によると、日本人の仕事に対する忠誠心や熱意は、「非常にある」9%、「あまりない」67%、「まったくない」24%となった。14カ国の同様な調査との比較によると、「非常にある」の9%は、シンガポールに並んで最低であり、最も高い米国(29%)の3分の1以下だったことが分かった。
 
 さらに、このような背景のもとで、日本のパフォーマンスレベルも低下しており、財団法人 社会経済生産性本部の「労働生産性の国際比較(2006年版)」によると、日本の労働生産性(2004年)は59,651ドル(798万円)で、OECD加盟の30カ国の中で第19位であり、主要先進7カ国間では最下位となった。

 以上のデータから判断すると、日本の職場の現状は、贔屓目にもうまく行っているとは言い難い状況であり、輝きと創造性に満ちているというよりはむしろ痛みと苦悩に満ちた状況にあるといえるだろう。実際のところ、われわれが直面し変えていこうとしている現状は、決して甘くはないのだ。