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教育に関する名言

平凡な教師は言って聞かせる。
よい教師は説明する。
優秀な教師はやってみせる。
しかし最高の教師は子どもの心に火をつける。

ウィリアム・ウォード(教育学者)

人にものを教えることはできない。
みずから気づく手助けができるだけだ。

ガリレオ・ガリレイ

教育は科学であってはならない。
それは芸術でなければならないのだ。

ルドルフ・シュタイナー

教えることのできない子供というものはない。
あるのは子供達にうまく教えられない学校と教師だけである。

M.J.アドラー

自尊心は無条件

自尊心は、その根拠となる条件を要求しない。

人は、生まれながらにして尊い存在であり、

たぐいまれなるユニークな存在であり、

無限の可能性を持った存在であり、

愛し、愛されるべき存在である。

だから、自信を持つために必要な能力もなければ、

愛されるために必要な条件もない。

 

愛されるための条件を要求してくるものは、傲慢さである。

傲慢さは、自分と言う与えられたすばらしいプレゼントに満足せず、あれこれとケチをつけるのだ。

傲慢さは、内面の調和がとれた平和な世界にたくさんの境界線を引き、分離、差別、葛藤をもたらすのだ。

傲慢さは、受け入れ、愛し合う代わりに、距離を置き、遠くから操作するのだ。

傲慢さは、愛し称賛する代わりに、けなし、できもしない要求を押し付けるのだ。

 

自尊心は、信頼に由来するのに対して、

傲慢さは、恐怖に由来する。

自尊心は、喜びに基づくのに対して、

傲慢さは、痛みに基づく。

自尊心は、中心軸に在るのに対して、

傲慢さは、周辺に点在する。

 

だから、自尊心と傲慢さは、似て非なるものである。

さながら、自尊心は蝶であるのに対して、

傲慢さは、蛾のようだ。

あり方の基軸を傲慢さではなく自尊心に置こう。

夜の世界を蛾のようにさまようのではなく、

蝶のように明るく軽やかに自由に飛び回ろう。

もともと人はそういう存在であり、

そうできない理由も、そうあるための条件もないのだから。