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自尊心を回復するための方法 ③誤解を解く

自尊心という言葉を巡って、とても多くの誤解があるように思えます。

さまざまな勘違いや思い込みによって、「自尊心」や「気高く生きる」、「矜持」といった、本来美徳とされるべき価値が傷つけられているように思えます。

「自尊心」と「傲慢さや自惚れ」は違います。

自尊心は、自分を信じ、愛して、自分らしく輝いて生きるということ。傲慢さや自惚れは、自分の本質を信じられないがゆえに、自分を嫌い、うそやはったりでごまかして生きるということ。両者は、まったく異なった意味を持っているにもかかわらず、日本においては、たいていの場合、同じものと信じ込まれており、自尊心の重要な価値にあやをつけられているように思えます。

そうした誤解によって、日本では、「自分を大切にすること」「自分の人生を祝福すること」「自分の大きな可能性を信じること」、そんな当たり前のことができなくなってしまっているのではないでしょうか。自分を愛することが、あたかもタブーであるかのように感じ、自分を大切にすることは罪であるという呪縛にかかって不自由な人生を強いられている人たちが多いのではないでしょうか。

自尊心は、努力をして育むような能力ではありません。自然に生得的に与えられている基盤であって、誰もが根底に持っている美徳です。自尊心がないように感じるのは、生まれつきそれが少ないからではなく、ネガティブな思い込みや有害な信念が阻害しているからです。太陽がないのではなく、厚い雲が光を遮っているから暗く感じるのです。

ここでは、そうした、多くの誤解に光を当てていきたいと思います。

 

1.「自分を愛する」ことと「自己愛」は違う

自己愛性パーソナリティ障害と言う専門用語もあり、自分を愛することは、いけないことなんだという信念を持っている人も多いと思いますが、それは、誤解です。

自己愛性パーソナリティ障害とは、ありのままの自分を愛することができない病です。長所もあれば欠点もあり、おっちょこちょいでカッコ悪いところも有り、人より劣っているところもある、そんな等身大の自分自身に満足できずに、一切の欠点と劣等性を否定し、自分にはそんなものはないと思い込み、優れて特別で力ある無敵の自分という幻想を信じ執着する病であって、決して自己信頼からくるものではありません。

ナルシスが愛したものは、きらきらする水面に映った外面であって、ありのままの全体ではありません。手を差し伸べれば消えてしまう影であって、実体ではありません。

自己愛が愛しているのは幻想であって現実ではないのです。

一方で、自分を愛するということは、ありのままの自分を愛するということ、等身大の人間としての自分を受け入れるということ、発展途上の自分を信じるということです。

ありのままの自分を愛しているので、欠点がばれないように強がる必要もなければ、自分の本当の姿を(醜いと思っていないので)隠してうそをつく必要もありません。
自分を愛することができる人は、無理して背伸びする必要もなければ、人に良く見てもらおうと意気込んで肩に力が入ることもありません。明るく正直でオープンであり、そこには暗さや病が付け入るすきはありません.
「自分を愛する」ということには、まったく病理や陰はありません。むしろ、自分らしく力強く生きていくうえでの重要な基盤の一つ、美徳の一つとなると言えましょう。

 

2.「こだわり」と「頑固さ」は違う

こだわりと頑固さは、違います。

頑固さは、何につけ、背景の動機には恐怖があります。頑固な人は、本音でそうしたいというよりは、そうしないと怖いからそれに執着するのです。

「そうしないと欠乏が満たされない」「そうしないと自分を保てない」「そうしないと苦痛に耐えられない」・・・、焼けつくような渇望や危機意識があるので、良きにつけ悪しきにつけ、たいていの場合その欲求に逆らうことはできません。他人に迷惑がかかろうが、どんなに説得されようが、明らかな問題があろうが、そうせざるを得ないのです。

一方で、こだわりは、そうしないと怖いからするのではなく、シンプルにそうしたいからするのです。自分が愛し、挑戦したいと願っていることだからこそ、情熱的に集中力をもってそれにこだわるのです。

自分のハートの奥から湧き起ってくる情熱であり、たいていの場合、その欲求は気高く、美しく、真理をついており、他人に賛同はされるものではないかもしれませんが、他人を傷つけるものであることは、滅多にありません。

こだわりの人は、決してぶれません。得だからと言ってすべきでないことに手を出すこともなければ、損だからと言ってすべきことから逃げたりはしません。

こだわりの人は、決してあきらめません。自分の魂からの欲求であり、使命感があるので、例え艱難辛苦が立ちはだかっても、簡単にあきらめるわけにはいかないのです。

頑固であってはいけませんが、こだわりを持つべきです。そもそも、自分が大好きで、心から愛するものを、そんなに簡単にあきらめてはいけません。それが正しい道であれば、必ず道は開けてくる。チャンスとピンチは準備が整った人にやってくるもの。だからどんなに高い壁でも、乗り越えられない壁などないのですから。

 

3.「謙虚さ」と「自虐」は違う

謙虚さは、自分が尊く大切だからこそ、相手も尊び、敬う心を言います。

自虐は、一見腰を低くする謙譲さと勘違いされることがありますが、それは卑屈さであって、決して謙虚さではありません。

それは、自分を嫌うこと、自分を卑下することであって、決して自分を尊いとは思っていないからです。

人は、自分にするように人にするものです。自分を尊いとは思えない人は、本当のところ他人を尊いとは思えません。そのふりはできますが、本音では、そうは決して思えないのです。

心理実験で、人の不幸を喜ぶ人にはどんな特徴があるのかを調べた実験がありまが、その結果わかったことは、人の不幸を快感に感じる人は、一様に自尊心が低かったということがわかりました。

自尊感情が高い人たちは、人が苦しみ悲しんでいる姿を痛みと感じ、共感的、同情的でしたが、自尊心が低い人たちは、それを見て、喜んだのです。

自虐や自己卑下は、決して美徳ではありません。むしろ、慎むべき性向であって、その傾向が強まれば強まるほど、依存症、自傷行為、いじめ、虐待、ストーキング、など様々な問題や犯罪につながっていくでしょう。

 

4.自尊心は、自分の非を認めないことではない

自尊心は、「自分は間違えていない」と主張することではありません。自分の非を認められないのは傲慢さです。

傲慢さは、自分の本質が醜く弱いダメ人間だと思い込んでおり、そんな自分が暴露されて攻撃されて矯正されることを恐れています。ですから、自分の間違いや失敗、欠点を認めることができません。

「周囲の配慮がないからこうなった」「自分は弱いんだから失敗して当たり前だ」「弱い自分を責めるなんて不当だ、だから報復しても許される」などと、あらゆる詭弁を弄して言い訳を考え、自分を正当化します。

自分には欠点も変えるべき点もないと主張するので、反省も改善もなく、従って成長がありません。言い訳と詭弁と報復のテクニックは上手になるものの人間としての成長を遂げることが出来ないのです。

自尊心とは、欠点もある不完全な自分を受け入れられる魂の健全さのことです。

自尊心の高い人は、自分は成長の過程にある存在であルことを理解しており、発展途上の自分を信じることができるのです。

ですから、自尊心は、自分の至らなさ、欠点、問題を快く受け入れ、目をそらさずに正面から向き合い、対策を練って改善努力をすることが出来ます。

結果的に健全な自尊心を持つ人は、大きく成長し、時と共に自分らしくより大きく輝かしい存在となり、力強く魅力的にリーダーシップを発揮して生きるようになるのです。

 

 

5.「自分にまける」のは「弱い」からではない

自分に負けるのは、弱いからではありません。

自分に負けるのは、自分と戦うからです。

自分の一部を嫌悪し、矯正する戦いを挑み、勝とうとするから負けるのです。

戦いの当初は、作戦や対策を練り、一生懸命に頑張って、いくつかの勝利を得られるかもしれませんが、永遠に勝ち続けることなんかできません。戦いを続ける限り、いつかは敗北の憂き目を見るでしょう。

「完璧な自分」になれないことが問題なのではなく、「完璧な自分」になろうとすることが問題なのです。

「非の打ちどころがない自分」「無敵な自分」「一切の欠点がない自分」・・・

それは、たいていの場合、無理難題であって、強引であって、優しくありません。

それは、たいていの場合、頭ごなしであって、専制的であって、民主的ではありません。

そんな不自然な目標や理想を信じ込んで、本気でそうあろうと取り組んでも、ハートと体は、その欺瞞に気づいており、永遠に従い続けてはくれません。ハートや体は、正直であり、思考の狂気につきあうつもりなんか無いのです。

失敗は、成功へのステップであって、排除すべき無駄ではありません。

ネガティブな思考は、思いついて当たり前であり、退治すべき敵ではありません。

ネガティブな感情は、人として当たり前の感情であり、けがらわしい罪ではありません。

誘惑に負けるのは、誘惑に勝てない弱い人だからなのではなく、それに勝ち続けようという無謀な戦いに疲れ、絶望し、やけくそになったからであって、むしろ自暴自棄の絶望にはまり込んでしまうほどの強い意志で自己否定の努力を続けた強い人こそが、最も誘惑に負けやすい人なのです。

内面に、強い分離感と葛藤と痛みを抱える限り、決して誘惑には勝てません、誘惑に勝てるのは、我慢強いからではなく、誘惑に魅力を感じない時、その必要を感じない時です。

十分に満足を感じているとき、十分に幸せを感じているとき、内面が平和である時、愛し愛されているときこそ、誘惑の甘い罠を撃退できるのです

自分を不自然な物差しで裁き、窮屈な型枠に押し込めようとするのではなく、ありのままの自分を受け入れ、大切にするべきです。

自分を大切にすることは、自分に甘いことではありません。自分自身のリーダーとして、自分の内面に責任を持つこと、むしろ、時には自分に厳しくあることこそ自分を大切にすることなんだろうといえましょう。

よきリーダーに必要なことは、フォロアーを受け入れ、理解し、愛すること。自分の人生のリーダーとして自分らしく輝いて生きるために必要なことは、まさに、自分をいつくしみ、大切にすることなのです。

 

6.「自分を信じる」ための条件なんかいらない

「○○をやり遂げたから自分を信じられる」「○○ができるから自分を信じられる」「○○ができれば自分を信じられる」など、自分を信じるために条件が必要であるかのうような思い込みがありますが、それは誤解です。

信じられる自分になる必要なんかありません。すでに十分に信頼に値する自分なのですから。

信頼に値しないのは、自分自身なのではなく、自分を裁くものさしです。

人を裁く評価基準にいったい何の権威があるのでしょうか?

いったい何の権威があって、良いだの悪いだのと評価を下せるのでしょうか?

評価基準に従ったならば、本当によき人生を歩めるのでしょうか?

たいていの場合、人を測る物差しは、個人のニーズではなく、社会のニーズ、権力者のニーズであり、人が人らしく力強く生きることを目的としたルールと言うよりは、人を支配、コントロールするためのテクノロジーです。

そんなものに個人の人生を支配されてはいけません。人は、他の権威に従うのではなく、自分のこころざしに従うべきなのです。自分を愛するために、自分を変える必要なんかありません。自分を信じるための条件なんかありません。そのままで十分に尊く、かけがえのない大切な存在なのです。

 

「あなたは、この世に望まれてきた大切な人。あなたがなんであり、

どこの国の人であろうと、金持ちの人であろうと、貧乏であろうと、

それは問題ありません。あなたは、同じ神様がおつくりになった、

同じ神様のこどもです。」   マザーテレサ

 

マザーテレサの言葉通り、人の存在は、尊くかけがえのないものだといえましょう。

そんな存在を大切にすることの、どこがいけないのでしょうか?

私たちは、難しいことを考える前に、まずは肩の力を抜いて、自分自身を信じ、大切にするべきなのではないでしょうか。

冷たく攻撃的な皮肉屋たちの言葉に惑わされてはいけません。毒のある信念をうのみにして勘違いの人生を生きるべきではありません。

堂々と自分を大切にし、愛し、信じ、力強く生きようではありませんか。

Kindle本「自尊心が全てを変える」より抜粋)

 

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自尊心を回復するための方法②自灯明法灯明

自尊心を回復するための方法③誤解を解く

 

<関連書籍>

 

奥さんの誕生日

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 今日は、奥さんの第○○回目の誕生日です。

結婚したのが、奥さんが20歳の時なので、一緒になってから、早くも○○年(危なく書くところでした)です。本当に早いものです。

 共に暮らし始めてから、いろんなことがありまして、いろんな苦労をかけたりかけられたり、けんかをしたり仲良くなったり、

 ほんといろいろありましたが、今は、私にとっては、かけがえのない最高のパートナーです。

 最近は、特に業績が不安定だったり、出費が多かったりなど、経営のかじ取りが大変だったと思います。そんな中、明るく元気に、文句の一つも言わずに楽しそうに仕事をし、生きている姿に勇気づけられています。

 とても感謝です!

 今日は、ささやかな誕生日のお祝いをしようと思います。

 はっぴバースデー!

大学授業折り返し地点

 現在、大学のプレゼンテーション・ディスカッションスキルの授業を担当していますが、半期の授業であり、次回で7回目と、早くも折り返し地点となっています。

 今期も、すばらしい学生たちに恵まれて、充実した穏やかで集中度の高いパワフルな学びの場となっています。

 授業には、4年生も受講してくれており、内定報告ももらっています。上場企業で、トップ当選したと大いに自慢して報告してくれました。私も、とても誇らしい気持ちです。

 担当している学生たちは、本当に優しくて気のいい、しかも真剣で力のある素晴らしい子たちばかり。本当に幸せな人生を歩んでほしいと思いますね。残り半分の授業も、できる限りの応援をしていきたいと思います。

テレビ収録に行ってまいりました

 関西のJcomの番組で、もらえるドットテレビという番組に出演することになり、その収録のために、京都の福知山に行ってまいりました。

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 スタジオは、京都とは言え、京都駅から特急で1時間半くらいかかる福知山です。写真は、京都駅の写真です。今回の収録は、思い出にもなるので、たくさん写真を撮ろうと意気込んでいったのですが、緊張して舞い上がっており、ほとんど何も取れませんでした!

 弊社より5月5日に発表した「家族のコミュニケーション講座『伝説の車を復元せよ』」に関する収録です。

 なんと、番組の中の「ヒットの女神」というコーナーで、本商品を紹介していただく形になります。ヒットの女神とはなんと光栄な名前でしょうか!放送は、6月4日18:30~19:00の間で、放送時間は、5分程度だそうです。

 5分の番組ですが、収録は、2時間にわたりしっかりと収録ということになりました。単にトークと写真だけの紹介ではなく、出演者一同が実際にグループワーク実習を実施して、伝説の車を作り上げるまでのプロセスも収録したのです。

 本番組の司会であるヤマグチ県さん、きのせひかるさん、プロダクションのご担当の方、そして、私の友人のFさんがチームメンバーとなってワークを展開することになりました。

 Fさん、お忙しい中ありがとうございました。演技もさることながら、その存在自体が心強かったです。タレントのヤマグチさんやきのせさんも、快くワークに参加してくださり、本気で、実習と関わってくださいました。魅力的で素敵な方々であり、実習のダイナミズムをみごとに表現してくださいました。心から感謝申し上げます。また、私どもの担当としていろんな面倒を見てくださっただけではなく、ワークへの参加という無茶振りにも快く協力してくださったMさん、本当にありがとうございました。おかげさまで、私どもにとって、意義深い貴重な体験ができました。

  何しろグループワークですので、台本はありません。盛り上がるシーンだけを作り上げるということができませんので、最初から最後まで実際にぶっつけ本番でやってみて、その中のリアルなシーンを番組に使おうという無謀な収録スタイルを提案させていただき、先方のプロダクションが、快諾してくださって実現した収録です。

 まさに、ドキュメンタリーです。

 私も、予想もしていなかったさまざまな事柄が、しかも、楽しいことばかりではない出来事が結構起こってきて、どぎまぎしながら成り行きを見守っておりました。

 こうした収録はよくあることなんでしょうか、現地の番組制作のスタッフのみなさんが、頼もしく、見事に段取りを整えて、収録してくれました。さすがプロの仕事ぶりです。私も研修企画で、時間を構造化していくことの経験は積んできているつもりでも、今回の展開ばかりは事前には想像できなかったことが多く、あせったり喜んだりあわてたりなど、そりゃもう大変でした。

 商品紹介の場面は、司会のお二方と、私と会社の取締役でもある私の奥さんの4人でメイントークを展開しました。撮影までは、何かと不安がる奥さんに説教し、叱咤激励していた私ですが、いざ本番になると、一番トチッてだらしなかったのが私で、奥さんは、みごとにしっかりと肝心なトークをしてくれました。やるときはやるんですね!さすがはわが社のキャプテンです。当初は番組に出ること自体を嫌がっていた奥さんですが、出てくれて、本当に心強く、ありがたかったです。

 撮影当初に、「照明ってこんなに暑いんだ!」と感じてから、実にあっという間の2時間でした。

 100点満点とはいかないまでも、何とか無事に収録を修了することができました。

 きっと、番組は、迫力のある温かい雰囲気のよい作品となって仕上がることと思います。

 放送は、6月4日です、こうご期待!

テレビに出演することになりました

 急なご縁でテレビに出演することになりました。最近発表した「家族のコミュニケーション講座『伝説の車を復元せよ』」に関するテレビ出演です。

 番組は、「もらえるドットテレビ」という番組で、関西のjcomの番組だそうです。関西のケーブルテレビですので、放映は、関西に限られていますが、弊社としては、大変光栄なことと思っております。

 収録は、5月15日、放映は6月4日18:30~19:00です。私どもの放映は、30分の中の5分枠だそうです。

 今、その収録に向けて、いろんな準備でてんやわんやの状況です。

 収録後、また、当ブログでいろいろご報告できることもあるかと思います。

 では、頑張っていってきます!

家族のコミュニケーション講座『伝説の車を復元せよ』を発表しました。

5月5日に、家族のコミュニケーション講座『伝説の車を復元せよ』~夏休みの宿題 工作キット~を発表しました。

 本プログラムは、家族のためのコミュニケーション講座であり、家族みんなで、楽しみながらコミュニケーションを学ぶことをねらいとしています。
プログラムは、古代遺跡から出土した”アトランティックカー”とよばれる伝説の車を、一定のルールのもとに家族で協力し合って作り上げていきます。

アトランティックカーとは、風の力で、吹き付ける風に向かって走る車であり、小学校高学年の夏休みの宿題や、学習課題の発表などには、ぴったりです。

弊社が従来より出版している企業研修プログラム『アトランティックプロジェクト』を家庭向けに応用したプログラムです。弊社としても、家庭向けの市場は、まったくの初めてであり、未知の市場に向けての冒険となります。

商品自体は、間違いなく素晴らしいものです。

願わくば、この商品が、たくさんの家庭で愛され、貢献できることを願っております!