月別アーカイブ: 2011年10月

内定者研修を担当しました(20111031)

 先週末に、内定者研修を担当してまいりました。弊社のアトランティックプロジェクトを中心としたプログラムであり、2日間にわたる研修となりました。概要は以下の通りです。

【K社内定者研修『アトランティックプロジェクト』概要】

<テーマ> 自分らしく輝く魅力的なビジネスパーソンとなるための第一歩を踏み出す。

<ねらい>
  1.企業活動の全体像を理解する。
  2.コミュニケーションとチームスキルを体得する。
  3.プレゼンテーションスキルの向上を図る。
 4.ビジネスパーソンに必要な知識(損益のしくみ、仕事の進め方、組織のしくみ、創造性の大切さ、など)について学ぶ。
 
<スケジュール>

(初日) 

第1部「キックオフ編」

  ・オリエンテーション

  ・コミュニケーションの重要性

  ・実習「ポスターを復元せよ」

  ・効果的なコミュニケーションのために

 

第2部「プロジェクト編」

  ・組織実習「アトランティックプロジェクト」

 

(2日目)

第3部「プレゼンテーション編」

  ・プレゼンテーションの基礎知識

  ・実習「新車発表プレゼンテーション大会」

 

第4部「キャリアヴィジョン編」

 第1ステップ「自己探求」

  ・信頼関係と輝く生き方

  ・実習「風の卵の物語」

  ・長所を伸ばすことの重要性

 第2ステップ「ヴィジョンの設定」

  ・社会人となるための心構え

  ・ヴィジョンの重要性

  ・実習「マイエンブレム」

 

 本講座は、2日間にわたる研修であり、来年の4月の入社に向けて、企業人としての心構えや基礎知識、スキルを体得することを通して、入社に向けた不安や疑問を解消し、自信と勇気を持って入社に立ち向かってもらうことをテーマとしたプログラムとなります。

 内定者の皆さんにとって、こうした長時間の研修は、生まれて初めての体験だろうと思います。いろんな心配を持ちながらの参加だったと思いますが、みなさん、集中をとぎらすことなく、果敢に真剣に講座に向き合ってくれました。素晴らしいメンバーと、温かいスタッフの皆さんのおかげで、充実した力強い学びの場となりました。心から感謝申し上げます。

 プログラムは、グループワークが中心であり、次から次へと、困難な課題が提示されて行く展開となりますが、グループメンバーは、全員で知恵を出し、協力し合い、本気で努力することによって、見事に乗り越えてくれました。一つ一つの課題に対して、着実にしっかりと、確実に結果を出すことによって、勝利し、乗り越えて、成長を遂げていくことができました。

 研修開始当初は、心配そうな固い表情で、少々警戒しながら静かにしていた内定者たちも、研修の最終には、何かをやり遂げることができた喜びと、力強い笑顔と、チームメンバーとの絆と、自信を得ることができたようで、勇気を持って4月の入社に立ち向かっていく覚悟ができたのではないかと思います。

 当社の内定者の皆さんは、基本的に一本筋が通っており、一見穏やかで静かではあるけれども、内面に熱いものを秘めている面々であり、やる時はやるといった覚悟が出来ており、落ち着いた振る舞いの中にも、熱い情熱を感じる、さわやかな若者たちでした。彼ら彼女らならば、厳しい経済環境の中でも、決してうろたえたり怯んだりすることなく、十分に作戦を練って強気で立ち向かっていくことができるのだろうと思います。磨けば大きく光るまさにダイヤの原石なのだろうと実感いたしました。

 これから迎えようとする企業経済社会の現状は、決して甘いものではありませんが、皆さんなら大丈夫。志を胸に、諦めない強い心を胸に、たくましく立ち向かっていくことだろうと思います。共に企業戦士として、共にがんばりましょう!

 最後に、共に良き研修を作ってくださいましたスタッフのみなさん、そして、メンバーの皆さんに感謝を申し上げます。ありがとうございました。

明日から内定者研修

 明日から2日間、内定者研修を担当します。概要は以下の通り。

【K社内定者研修『アトランティックプロジェクト』概要】

<テーマ> 自分らしく輝く魅力的なビジネスパーソンとなるための第一歩を踏み出す。

<ねらい>
  1.企業活動の全体像を理解する。
  2.コミュニケーションとチームスキルを体得する。
  3.プレゼンテーションスキルの向上を図る。
 4.ビジネスパーソンに必要な知識(損益のしくみ、仕事の進め方、組織のしくみ、創造性の大切さ、など)について学ぶ。
 
<スケジュール>

(初日) 

 第1部「キックオフ編」

 第2部「プロジェクト編」

(2日目)

 第3部「プレゼンテーション編」

 第4部「キャリアヴィジョン編」

 

 弊社プログラム『アトランティックプロジェクト』を中心に展開するプログラムとなります。本プログラムを実施するのは、今年で5回目となります。大切な内定者研修を、長期にわたって担当できますこと、大変光栄なことと思っております。

 毎年感じることですが、K社の内定者諸君は、筋が通った穏やかさを持ちながらも、内面に熱いものを持っており、集中力と問題解決力のある少々勝気な、とてもさわやかで気のおけないいい奴ばかりです。今年も、きっと素敵な面々と会えるだろうと思います。今からとっても楽しみです。

 この大切な内定者研修の場を、素敵な学びの場とできるよう、しっかりと頑張ってきたいと思います。

 というわけなので、今週は、当ブログを更新できません。来週またご報告したいと思います。

思考の世界と関係の世界

思考の世界とは、自己対話の世界。

自分の頭の中で、自分以外の世界で起こった出来事を

あれこれと納得できるように分析解説する世界。

自他の分離と対立の中で、自分を守るために作られた世界。

過去の痛みや苦しみの記憶に満ちている。

現実をありのままに理解するのではなく、過去の記憶に照らし合わせて解釈する。

だから、思考の世界は、今ここにいることはできない。

そこでは、今ここの現実の姿は、過去の記憶に照らし合わせなければ認識できない。

だからそこで見ているものは、リアリティではなく過去の亡霊なのだ。

しかも、あらゆる現実は、痛みの色眼鏡を通してゆがんで見える。

 いつも攻め込まれる不安と恐怖に焚きつけられている世界。

だから、この世界を作っている原動力は、恐怖心だ。

それは、他から孤立している世界。

それは、閉ざされた世界。

固く防衛された扉からは、光が差し込むことはできない。

脅威を信じているので、愛と信頼を受け入れることはできない。

孤独で不安で悲しい世界だ。

 

関係の世界とは、ありのままの世界。

今ここで起こっているありのままを知覚する世界。

そこは開かれており、自の呼びかけに他が応え、他の働きかけに自が応える世界。

他がいとおしく思える世界。

他の痛みを体験し、他の喜びを体験する世界。

他を他と感じられない世界。

自他の境界が消えていく世界。

分離感を癒し、自他の関係を取り持つもの。

それは、愛以外にはない。

不安、恐怖、怒り、悲しみは、すべて分離感を前提として分離感を強めるもの。

愛こそが、分断された部分を優しくつなげることができる。

だから、関係の世界の原動力は、愛だ。

それは、開かれている世界。

関われば関わるほど、秘密が開示されていく世界。

汲みつくせないほどの魅力と不思議と奇跡に満ちている世界。

今ここの真実の世界だ。

 

思考の世界と関係の世界は、2者択一だ。

どちらかを選べば、どちらかを犠牲にする。

私は、きっと、ずっと思考の世界を生きてきた。

これからは、関係の世界を生きよう。

勇気を持って真実に一歩踏み出そう。

それがきっと本当の自分らしい人生なのだから。

今日で50歳です

 今日は、私の誕生日です。とうとう50歳の大台に乗ってしまいました。50歳なんて、ずいぶん遠い印象を持っており、私がそうなるなんて思っていませんでしたが、やはり来るべきものは来る。お天道様は、しっかりと着実に毎日昇る。私も毎年しっかりと年をとるのです。

 50代と言えば、心理学的には壮年期と言う位置づけなんでしょうか。その時代の課題は、「社会の中核を担うと共に、次世代の教育をし一線を退く準備をする」と言うこと。私も、経済社会の問題を嘆き、糾弾するではなく、社会をリードし、新しい時代を作る貢献をするのだという気概を持っていろんなことにチャレンジしていきたいと思います。

 私の尊敬する日野原重明さんが、100歳はゴールではなくスタートラインなのだとおっしゃいました。その若々しく元気で明るい見通しを頂いて、私も、50代を生き生きと生きたいと願っております。

 早速今日は、これから、大学の授業です。テーマは、「志の重要性」についてです。若者たちに、大切なことは自信と誇りであること、大切なことは愛すべき仲間であること、大切なことは理想と志であることを説いてきたいと思います。では、行ってまいります。

内定者研修の準備

 今日は、終日、来週に控えた内定者研修の準備となります。プログラムは、弊社のアトランティックプロジェクトを中心として展開してくものとなります。

 アトランティックプロジェクトが、こうした新入社員研修関係の場で活躍できることは、大変光栄なこと。良い研修となるよう、しっかりと教材の準備を整えたいと思います。

足跡

        砂の上の足跡

               メアリースティーブンソン

 

ある夜、私は夢を見た。

夢の中で、私は神とともに浜辺を歩いていた。

空には、私の人生のさまざまな場面がフラッシュのように映し出される。

そのそれぞれの場面で、私は2人分の足跡が砂浜についているのを見た。

ひとつは私のもの、そしてもうひとつは神のものだった。

私の人生の最後の場面が映し出されたとき、私はそれまでの人生の足跡を振り返ってみた。

驚いたことに、何度も私の人生の中で足跡が1人分しかない時があることに気がついた。

そして、それは人生でもっとも暗く悲しい時期ばかりだったのだ。

私は神に尋ねた。

「神様、あなたは仰いました。一度私があなたについていくと決めたなら、あなたはずっと一緒に歩いてくださると…

しかし、私が最も辛い時期に、砂浜には1人分の足跡しかありませんでした。

なぜ私が最もあなたを必要としているときに、私からお離れになっていたのか理解できません。」

神は答えた。

「いとしいわが子よ、

私は、お前が最も苦しい試練の最中にいる時にも決してそばを離れることはなかった。

1人分の足跡しかなかった時は、私がお前を背負って歩いたのだよ。」

徐々に変わる風向き

       朝日新聞 天声人語. 2011年10月10日(月)付

 震災後、ひどい略奪が起きない日本を世界は称賛したが、人影が消えた被災地は出店荒らしや空き巣にやられていた。どさくさこそ稼ぎ時とみるのは、こそ泥ばかりではない▼「人々が精神的なよりどころも物理的な居場所も失って、無防備な状態にあるそのときこそ、彼らにとっては世界改変の作業に着手するチャンスなのである」。近刊『ショック・ドクトリン』(ナオミ・クライン著、幾島幸子・村上由見子訳、岩波書店)の一節だ▼彼らとは、戦争や内乱、災害などの混乱に乗じ、改革と称してひともうけを企(たくら)む勢力を指す。筆者のカナダ人ジャーナリストは、イラク復興に群がるグローバル企業を取材して執筆を決めたという▼茫然(ぼうぜん)自失の人々をよそに、彼らは権力に取り入り、白紙に好きな絵を描く。惨事便乗の商売は途上国に限らない。財政難で強まる官から民へ、市場任せの風潮も好機らしい。俗耳になじんだ「小さな政府」への異議に、ざらりとした読後感が残った▼震災も「彼ら」には商機だろう。そこには生活と街と産業の再建にもがく住民がいて、予算がつけば総額十数兆円の復興計画が動き出す。東北3県は、スーツ姿の火事場泥棒にもご用心である▼「強欲の自由」は、各国で貧富の差を広げ、職なき若者の怒りは本家本元の米国にも広がった。自由競争の功は多々あれど、過ぎた市場信仰は社会に不安定の災いをもたらす。すでに深手を負った被災地ぐらい、部外者の金もうけとは無縁の場所でありたい。 (以上、朝日新聞より引用)

 

 今月10日の朝日新聞天声人語からの引用です。文中、ショックドクトリンについての言及がありますね。ショックドクトリンとは、『「惨事便乗型資本主義=大惨事につけこんで実施される過激な市場原理主義改革」のことであり、戦争、津波やハリケーンなどの自然災害、政変などの危機につけこんで、あるいはそれを意識的に招いて、人びとがショックと茫然自失から覚める前に、およそ不可能と思われた過激な経済改革を強行する(『』内amazon商品案内より引用)』政治手法を言うそうです。ナオミクラインさんとおっしゃる方が、岩波書店より新刊を出版しており、その中では、アメリカとグローバル企業などが進めてきた手法とのこと。

 戦争や自然災害、政変などの危機に付け込んで、あるいはそれを意図的に招いて、自分の都合の良い施策を強引に押し通そうとする。まさに悪魔的な手法です。本によるとこのような手法をアメリカやグローバル企業等が多用してきており、現代社会の混乱の元凶ともなっているとのこと。

 以前ならば、こうした話は、陰謀論などのレッテルを貼られて、異端扱いされており、大マスコミで取り上げられることなど全くなかったのですが、今回は、新聞の天声人語に引用されるようになっている。時代は変わってきたのですね。

 こうした、今までは闇に隠されていた悪意や強欲さが明るみに出てきて、広く知れ渡ることは、本当に素晴らしいことだと思います。こうした話は、以前から数多くの名著があり、勇気ある少数の先駆者が告発してきたのですが、背景に必ず利権や権力の問題があり、マスコミは、それに楯突くことを恐れて、関与していなかったように思えます。しかし、次第次第に風向きが変わってきたのでしょう、勇気あるプロが発言するようになってきたように思えます。

 こうした流れは、若者たちが立ち上がり世界に広がっている格差問題のデモ、中東の政権交代、原発の闇の告発、などなど、すべてにかかわっているように私には思えます。一見、混乱の様相を深めている世界情勢ですが、意外に本当の民主主義の未来は近くにあるのかもしれません。願わくば、平和的に、ジェントルに真実がオープンになっていくこと、変化が進行していくことを願いたいと思います。

大学第3講目

 今日は、大学の第3講目の授業です。テーマは、自己探求。ファイブファンクションと言う弊社オリジナルの自己分析ツールを使って、自分の強みと弱み、人間関係のとり方、今後の方向性などについて、探求をしていく内容です。

 ファイブファンクションは、10数年前に作り上げた診断ツールであり、人の基本的な特徴、能力や傾向とそれが人間関係の中でどう生かされているのかについての分析をすることができるものです。

 カウンセリングや研修の場で良く使っており、もうすでに、数千人以上の方々に使ってもらっていると思います。集計表自体は、単なる数値の一覧表なのですが、それを読み解くと、その人の人生における喜怒哀楽、さまざまな要素が紐解かれていくので、個人的には、大切にしている分析法です。

 今日は、これを使って、講座を展開していくことになります。学生たちにとって、自分らしく力強い人生を生きる上での有意義な学びとなるように頑張りたいと思います。

アトランティックプロジェクトのフォローに行ってきます

 今日は、弊社の新入社員研修プログラム、アトランティックプロジェクトをご利用いただいたお客様のアフターフォローに行ってまいります。

 当該企業様では、自社内講師でプログラムを実施されており、完全に内製化されています。アトランティックプロジェクトは、体験型の経営シミュレーションプログラムであり、運営には、準備と勉強が必要ですが、当企業様では、それを見事に乗り越えられて、自社講師で完全内製化をして実施されているのです。

 内製化には、多くのメリットがあります。まずは、大きな経費の節減となること。研修の講師派遣の料金は、それなりに高くついてしまいますが、それを自社内講師で賄えるのですから、劇的にコストが低減します。

 次に、社内のノウハウの蓄積となること。見るのとやってみるのとでは、大きな違いがあり、実際に自分で講座を担当するようになると、確かに、いろんな勉強と準備が必要となります。しかし、そのような困難を乗り越えて、研修をやり遂げてみると、やってやれないことは無いことに気づくと同時に、その体験を通して得た知識とノウハウの膨大であることに気づくはずです。また、自分自身の手で本当に伝えたい大切なことを伝えられる喜びとやりがいは大きく、スタッフの方々の大きなモチベーションとキャリアアップにつながっていくはずです。そのような体験智や成長は、会社にとっても大きな宝となっていくでしょう。

 最後に、プログラムをカスタマイズしやすいということ。パッケージのプログラムをそのまま実施することももちろん効果はありますが、それを、自社の目的と状況に合わせて、本当にそうしたい形の教育プログラムにカスタマイズすることは、研修効果の飛躍的な向上をもたらすでしょう。また、そうした創意工夫は、会社のノウハウとして、どんどん蓄積し、改善していくことができる。きっと、一番会社にとって必要な研修プログラムを組むことができる人は、その会社の担当者なのだろうと思います。その意味でも、外部講師ではなく、社内スタッフが頑張ってみることは、とても価値があることだと思います。

 弊社では、こうした内製化を、基本的に応援し、バックアップさせていただいております。もちろん、売り上げ的には、講師派遣で担当させていただくことがありがたいのですが、お客様のニーズによって、喜んでいただける方法を考える必要があるだろうし、長期にわたってお付き合いしたいと願っているので、本音でかかわれる関係を育んでいきたいとも願っているからです。

 今日は、まさに、内製化に成功されたお客様の実施後のフォローに行ってまいります。アトランティックプロジェクトの研修自体は、大成功だったとお聞きしております。どんなエピソードが起こったのか、お聞きすることが楽しみです。

 では、行ってまいります。

飢餓問題の原因

(以下、単行本「To be yourself」ヴィーナスアソシエイション出版 より引用)

 

 国連食糧農業機関(FAO)によると、2001~2003年の飢餓(栄養不良)人口を年間平均8億5400万人と推定されています。日本の人口がおよそ1憶2700万人ですので、世界では、日本の全人口の7倍弱の人々が、栄養不良や飢えで苦しんでいることになります。

 うち8億2千万人がアフリカや東南アジアなどの開発途上国、2500万人が旧ソ連地域など過渡期にある国々、そして900万人が先進国の人々です。

 また、そのうち3億5千万人以上が子どもたちです。飢えを原因として毎日、2万5千人が命を落としており、そのうち5歳未満の子どもの割合が72%、なんと1万8千人にものぼる子供たちが飢餓で毎日なくなっています。今こうしている4.8秒のうちに一人の子供が、飢餓でなくなっていることになるのです。

 同じ地球で生きる人たち、これだけ多くの私たちの仲間たちや子供たちが、空腹で苦しみ、絶望のうちで亡くなっていくことを、いつまでも見過ごすわけにはいきません。私たちは、何とかこの飢餓問題に立ち向かっていかなければならないのです。

 では、いったいどうして、こうした悲劇が起こってしまうのでしょうか?皆さんは、どんなことが理由で、このような飢餓問題が起こっていると思いますか?真っ先に考えられることが食糧不足。世界の人口が多すぎて、地球上で作り出す食料の量が足りないという理由が思いつくのではないでしょうか。

 実は、この考えは、単なる勘違い、思い込みなのです。地球の生産性は、私たちの想像をはるかに超えて大きく、世界の総食糧供給は、現在でも、地球の全人口を養うに十分な量を確保できています。世界の総食料生産量を世界人口で割ると、一人当たり、毎日2kg程度の食糧を供給することができるので、もし本当に余すことなくみんなが口にしたならば、痩せるどころかメタボリック症候群を心配しなければならないほどの量で、世界は、むしろ多すぎる食糧が生産されているのです。

 それでは、なぜこのような悲惨な飢餓問題が起こってしまうのでしょうか?紛争などの人為的災害、地震や津波、洪水、干ばつなどの自然災害、貧困など、さまざまな理由が取りざたされていますが、本質的には、地球の豊かさを分かち合うことができていないということにつながると考えられます。

 私たちが日々暮らしているシステムは、完璧ではなく、あり余る食糧がありながらも、それを分かち合うことができずに、飢餓で死亡する人々に手を差し伸べることができないでいるのです。

 アフリカでは、サハラ地方の国々で、2億1,300万もの人々が飢えに苦しんでいる一方で、盛んに食糧が輸出されています。1960年代末から70年代初頭にかけて、西アフリカ諸国で史上最悪の干ばつに襲われたときも、12.5億ドルもの食糧が輸出され続けました。

 また、先進国のアメリカは、世界の富の25%を所有する大国であり、食糧においても豊かで、毎年穀類の過剰生産に頭を痛め、輸出に力を入れているほどの食料供給力を持っています。しかし一方で、TheFreePress2003年12月19日の記事によると、米国民の8人に1人、約3,460万人が貧困状態で、しかも、約3,100万人のアメリカ国民が、次の食事を入手する手段を持たない「飢餓状態」にあると伝えています。

 日本では、経済的に豊かであり、食料の多くを輸入に依存しています。その輸入量は、全国民が必要としている量をはるかに超えて多く、世界1の食物輸入大国です。ただし、食糧が豊かで飽食の恩恵を受けている一方で、食べ切ることができずに多大な食料を捨てています。農水省によると、2002年度の食品産業全体の廃棄食品は約1,131万トンで、家庭で出される廃棄食料と合わせて2,300万トンもの食品が残飯として捨てられていると報告されています。その量は、世界の食料援助の総量を上回り、この量をカロリーに直すと、途上国の5,000万人分の年間食料に匹敵するのです。

 これは、一体どういうことなのでしょうか?

 餓えて亡くなる人たちは、なぜ、そこまで貧しいのでしょうか?

 現在飢えで苦しんでいる人たちの70%程度が農村地帯に住んでいると言われています。ですから、十分自給自足が可能なはずですが、翌年の種子・肥料・農薬の購入(絶対に買わなければならないシステムになっている)や借金の返済などのために、現金収入を得る必要があり、作物の大半は、輸出に回さざるを得ません。その結果、彼らの作物は、その大半が先進国に輸出されて、家畜の飼料やバイオ燃料として使われます。彼らは、一生懸命に働いても、自分達が食べることもできないくらいのごくわずかな収入しか得られないのです。

 貧しい人たちに最低限の生活も保証できないほどの生活を強いている企業や世界経済システムは、現状のような飢餓を生じさせてしまう仕組みは問題であると指摘されつつも、自由競争の名のもとに、このような悪循環を止めることをしないで、利潤追求を貫いてしまっているのです。

 そして、最終消費者である先進国の人たちは、そのような過程を経て輸入した食材をもとにして生産した安くておいしい食べ物を自由に購入し、食べきれなければ廃棄してしまうのです。もちろん、もともとの農産物生産者たちが、そこまでの困難にさらされているとは知らずにそのようなライフスタイルを作り上げてしまっているのです。

 私たちは、そのつもりはなくとも、現実的に4.8秒に一人の子供を飢餓で死なせてしまうような犠牲を途上国に強いておきながら、一方で、その子供たちを十分に救えるだけの大量の食糧を捨ててしまう社会システムを作り上げてしまっています。決して悪意で作っているわけではありませんが、そのシステムは、古く、欠点が多く、機能不全に陥っていると言えましょう。

 飢餓問題は、多くの人たちが問題を認識し、対策の必要性を叫ぶ声が草の根で広まってきています。募金や国際支援など、具体的な行動も起こってきました。しかし、開発途上国の飢餓人口は減るどころか、1年に400万人のペースで増えています。問題は、深刻で、根深くとっても手強いのです。しかし、今後に向けて、このシステムは、変えていく必要が間違いなくあります。このような悲劇を私たちは許すべきではないし、今後に向けて、飢餓問題を、国際社会、我々みんなが協力し合って解決していく必要があるのです。